第8章:日常への帰還と、新たな同居人
「家に帰るまでが遠足」とはよく言ったものだが、私の場合、「家に帰って布団に入るまでが生存競争」である。
一週間の大冒険(という名の強制連行)を終え、私たち一行は懐かしき魔王城へと帰還した。
移動ポッドから降り立った瞬間、私は地面にキスをしたいくらいの感動を覚えた。
城の冷たい石畳。淀んだ空気。そして何より、Wi-Fi(魔力通信網)の強さ。
こここそが、私のテリトリーだ。
「……ただいま」
私は玄関ホールで呟いた。
出迎えはない。ガインなどの主要メンバー以外は、基本放置主義なのが我が軍のいいところだ。
「さあ、早く荷解きをして、お風呂に入りましょう。移動の砂埃で髪がキシキシするわ」
セレスティア(ESTJ)が早速、仕切り始める。
彼女は旅の間も、ポッド内の掃除やスケジュールの管理を完璧にこなしていた。タフすぎる。
「そうですね。イグニス様も温泉が恋しいでしょうし」
リリス(ENTP)がポッドの片付けを指示する。
イグニス(ISFJ)は、嬉しそうに尻尾を振っている。
『あぁ……我が家の匂いがします……。早くあの噴水に浸かりたいです……』
平和だ。
何もかもが元通りだ。
私はスキップ(に近い小走り)で、自室へと向かった。
早くあのフカフカの長椅子にダイブしたい。読みかけの本の続きを読みたい。
しかし。
自室のドアを開けた瞬間、私の思考はフリーズした。
「……え?」
部屋の中に、誰かいた。
いや、一人ではない。
三人だ。
上半身裸の、筋肉隆々の男たちが、私の部屋を占拠していた。
「おう、お帰り! 遅かったな魔王!」
勇者アルバンだ。
彼は私の愛用する長椅子にドカッと座り(体重で軋んでいる!)、片手にはプロテインシェイカー、もう片手には私の蔵書『公爵令嬢と……』を持っていた。
「な、な、な……」
私は言葉が出ない。
なぜここにいる? 確か教団の本拠地で別れたはずだ。
「さらばだ!」とか言ってたじゃないか。
「驚いたか? 実は俺たち、先回りして帰ってきてたんだよ。お前たちのポッド、遅いからな」
アルバンが悪びれもせずに言う。
「で、待ってる間暇だったから、勝手に上がらせてもらったぞ。……いやあ、この部屋はいいな! 適度な湿度が筋肉の乾燥を防いでくれる!」
戦士と魔法使いも、床で腕立て伏せをしている。
私の聖域が。
花の香りと静寂に包まれた私の部屋が、汗とプロテインの匂い(チョコ味)に侵食されている。
「……出ていけェェェッ!!」
私は絶叫した。
INFPの堪忍袋の緒が、帰宅早々ブチ切れた。
「不法侵入だ! 住居侵入罪だ! 今すぐ出ていけ筋肉ダルマ!」
「なんだ水臭い。俺たちは共に戦った戦友だろう?」
アルバンがニカっと笑う。
白い歯が眩しい。うざい。
「戦友でも、プライベートは別だよ! ここは私の部屋なの! 汗臭いのは禁止なの!」
「安心しろ。消臭魔法は完璧にかけてある」
魔法使いが親指を立てる。
そういう問題じゃない。
「あらあら、賑やかですね」
騒ぎを聞きつけたリリスとセレスティアがやってきた。
セレスティアは部屋の惨状(筋肉汚染)を見て、眉をひそめた。
「アルバン。……貴方たち、まさかここに住み着くつもり?」
「うむ! 教団との戦いで気づいたのだ。この城の設備(特に温泉と食堂)は、筋肉を育てるのに最適だと!」
アルバンが立ち上がり、ポーズをとる。
「よって、我々勇者パーティーは、魔王城への『長期滞在(合宿)』を決定した! 家賃の代わりに、城の警備(用心棒)をしてやるから感謝しろ!」
勝手な決定だ。
しかし、セレスティアは顎に手を当てて考え込んだ。
「……悪くない提案ね」
「えっ!? セレスティアさん!?」
私が驚くと、彼女は冷静に分析を始めた。
「ゼノンが去ったとはいえ、教団の残党や、他の敵対勢力がいつ攻めてくるかわからないわ。戦力は多い方がいい。それに……」
彼女はチラリと私を見た。
「貴方の『管理』には、物理的な抑止力も必要よ。私が目を離した隙に、また部屋に引きこもらないように、彼らに見張らせるのは効率的だわ」
裏切られた。
まさか、聖女と勇者が手を組んで、私を管理しようなんて。
「決定ですね」
リリスも乗っかった。
「勇者様の滞在費は、ガイン将軍の予算から捻出しましょう。彼も筋肉仲間が増えて喜ぶでしょうし」
外堀が埋まっていく。
私の意見は? 城主の権限は?
「……わかりましたよ」
私は諦めて肩を落とした。
どうせ追い出そうとしても、今の私(旅の疲れでヘロヘロ)では、この筋肉の壁を動かすことはできない。
「その代わり、条件があります」
私はアルバンを指差した。
「1.私の部屋には入らないこと。
2.廊下でマッスルポーズをとらないこと。
3.プロテインの粉をこぼしたら自分で掃除すること!」
「承知した! 規律ある筋肉生活を約束しよう!」
アルバンが敬礼する。
こうして、魔王城に新たな(そして暑苦しい)同居人が増えた。
聖女、サキュバス、ドラゴン、そして勇者一行。
私の「静かな一人暮らし」は、もはや夢のまた夢となりつつあった。
でも、まあいいか。
アルバンが持っていた『公爵令嬢と……』の続きが気になっていたところだし、後で感想戦でもしよう。
私はため息をつきながらも、どこかホッとしていた。
騒がしいけれど、誰も私を否定しないこの場所が、やっぱり好きだからだ。




