第4話:「雪解けの別れと、帰るべき場所」
どれくらいの時間が経っただろうか。
私が目を覚ますと、修道院の広間は柔らかなオレンジ色の光に包まれていた。
夕方ではない。ヴォルクスの魔力が作り出した「夕暮れの演出」だ。
コタツの魔力は解除されていたが、その余韻はまだ室内に残っている。
兵士たちは武装解除し、三々五々に床に座り込んで談笑している。かつての無機質なクローン兵団とは思えないほど、人間らしい表情を取り戻していた。
「……起きた?」
隣から声がした。
ヴォルクスが、まだ眠そうな目をこすりながら私を見ていた。
彼は私の肩に掛けてあった毛布を丁寧に畳み始めた。
「……あぁ」
私は短く答えた。
身体が軽い。数千年の疲労が、たった数時間の昼寝で霧散したかのようだ。
敗北感はある。しかし、不思議と悔しさはなかった。
「お前の勝ちだ、ヴォルクス」
私は認めた。
管理社会の頂点に立つ私が、引きこもりの魔王に屈服した。これは歴史的な汚点だが、同時に新しい時代の幕開けかもしれない。
「物流の封鎖は解除する。……お前の好きなコーヒー牛乳も、プリンも、明日には城に届くだろう」
「本当!? やったぁ!」
ヴォルクスが無邪気に万歳をする。
その姿を見て、私はふと、かつて彼を「失敗作」と断じた自分を恥じた。
彼は失敗作ではない。
既存の枠組み(魔王像)に収まらなかっただけの、新しい可能性だったのだ。
「教母様」
セレスティアが歩み寄ってきた。
彼女は複雑な表情で私を見つめ、そして深く頭を下げた。
「……今まで、ありがとうございました。貴女の教えがあったから、私は聖女になれました。……でも」
彼女は顔を上げ、ヴォルクスの隣に立った。
「今の私には、守りたい『ルール以外のもの』があります。だから、もう貴女のシナリオ通りには生きられません」
成長したな、セレスティア。
かつては私の顔色ばかり窺っていた優等生が、今では立派な反逆者だ。
私は杖を突き、立ち上がった。
「好きにしなさい。……ただし、その男(魔王)の手綱はしっかり握っておくことだ。放っておくと、世界中をコタツで埋め尽くしかねないからね」
「肝に銘じます」
セレスティアが苦笑する。
◇
別れの時が来た。
修道院のゲート前には、修理を終えた(リリスがいつの間にか直していた)移動ポッドが待機している。
イグニスも元気そうだ。アルバンたちは……なぜかクローン兵士たちに筋トレ指導をしている。
「さらばだ! 筋肉の友よ!」
「また会おう! プロテインに乾杯!」
何やら熱い友情が芽生えたらしい。カオスだ。
「じゃあね、お婆ちゃん」
ヴォルクスが手を振った。
「また遊びに来ていい?」
「……断る。お前が来ると、兵士たちの士気が下がる」
私はそっけなく返した。
だが、ポケットの中には、彼がこっそり押し込んできた「マシュマロの袋」が入っていることを知っていた。
……甘いものは苦手なのだが。まあ、たまにはいいだろう。
ポッドが動き出す。
夕焼けの中、巨大なスライムのような物体が、カサカサと地平線へ向かって去っていく。
その後ろ姿を見送りながら、私は独りごちた。
「……行け、ヴォルクス。お前の作る『優しい世界』とやらが、どこまで通用するか……見届けてやろう」
◇
帰りのポッドの中は、行きよりもずっと騒がしかった。
「いやー、一時はどうなるかと思いましたよ! まさかコタツで世界を救うとは!」
「リリス、あれは最終手段だよ。使いすぎると僕自身がダメ人間になる諸刃の剣なんだ」
「すでに十分ダメ人間だと思いますが?」
リリスと軽口を叩き合う。
セレスティアは呆れつつも、どこか楽しそうだ。
「ねえ、ヴォルクス」
「ん?」
「帰ったら、何をするの?」
彼女の問いに、私は迷わず答えた。
「お風呂に入って、コーヒー牛乳を飲んで、寝る!」
「……ブレないわね」
セレスティアが笑った。
私も笑った。
窓の外には、見慣れた荒野が広がっている。
その先には、私の大切な「引きこもり要塞」が待っているはずだ。
兄のゼノンはどこへ行ったのか。教団の残党はどうなるのか。
問題は山積みだ。
でも、今の私には怖くない。
だって、私には「帰る場所」と「仲間」がいる。
INFPの魔王は、最強ではないかもしれない。
でも、誰よりも「幸せな空間」を作る天才なのだから。
旅は終わった。
そして、また新しい日常が始まる。
少しだけ賑やかで、少しだけ温かい、私の愛すべき世界で。




