第5話:「幾何学の要塞と、強制された外出」
旅の終着点は、あまりにも異質だった。
荒野を抜け、山岳地帯に入った頃から、周囲の風景がおかしくなり始めていた。
自然の岩山が、まるでナイフで切り取ったかのように鋭角的な断面を晒している。
木々は定規で測ったように等間隔で並び、枝葉の角度さえも統一されている。
風の音すら、一定のリズム(BPM60)で吹いている気がする。
「……気持ち悪い」
私はポッドの窓から外を見て、身震いした。
INFPの感性が拒絶反応を起こしている。
自然界にあるはずの「ゆらぎ」や「混沌」が完全に排除された世界。それは美しさというより、狂気を感じさせる「整列」だった。
「ここが、『沈黙の修道院』の領域ね」
セレスティアが厳しい表情で言った。
彼女もまた、この異常な秩序には違和感を覚えているようだ。
ESTJは規律を好むが、それはあくまで「社会を円滑にするためのルール」であって、自然法則をねじ曲げるような強制力ではないからだ。
「魔王様、前方をご覧ください」
リリスがモニターを指差す。
山の頂に、その建物はあった。
『沈黙の修道院』。
黒と白のモノトーンで構成された、巨大な立方体の集合体。
装飾は一切ない。窓もない。入り口らしきものも見当たらない。
ただ、圧倒的な威圧感を放つ無機質な箱が、そこに鎮座していた。
『……あそこから……嫌な気配がします……』
イグニスが足を止め、怯えたように唸り声を上げる。
勇者アルバンたちも、いつもの軽口を叩くのをやめ、油断なく周囲を警戒している。
「よし、突入だ!」
アルバンが叫び、ポッドの前に出る。
しかし、その時だった。
ブツンッ。
唐突に、ポッドの照明が落ちた。
空調の音が止まる。
浮遊感が消え、ドスンという衝撃と共にポッドが地面に座礁した。
「えっ!? 停電!?」
「魔力供給カット……! いえ、外部からの強制干渉です!」
リリスが操作盤を叩くが、反応はない。
ポッドの全機能が停止した。
私の生命維持装置(快適空間)が死んだ。
『……ようこそ、混沌の申し子たちよ』
どこからともなく、冷徹な声が響き渡った。
頭の中に直接語りかけてくるような、抑揚のない声。
『ここは「完全なる秩序」の聖地。不純物の侵入は許されない。……その不格好な殻を捨て、身一つで来るがいい』
ギギギギ……。
ポッドの扉が、勝手に開いた。
外の冷たい空気が流れ込んでくる。
「……降りろってこと?」
私は絶望した。
ここから先は、自分の足で歩けと言うのか。
しかも、あんな不気味な場所へ。
「行くしかないわね」
セレスティアが立ち上がった。
彼女は私の手を引く。
「大丈夫よ、ヴォルクス。私たちがついてるわ。……それに、早くしないとコーヒー牛乳が賞味期限切れになるわよ」
「……うぅ」
その言葉に背中を押され、私は渋々とポッドを降りた。
地面の感触。土ではない。硬質な金属のような床だ。
私たちが降り立つと、前方の空間が歪み、巨大なゲートが出現した。
その奥から、整列した兵士たちが現れる。
黒いローブの教団員たち。
しかし、彼らの顔には仮面がなく、全員が同じ顔をしていた。
無表情で、虚ろな目をした、量産型の顔。
「……クローンか?」
アルバンが低く唸る。
「整列。敬礼。……案内します」
兵士たちが一糸乱れぬ動作で敬礼し、道を開けた。
罠の気配はない。
ただ、圧倒的な「管理」の圧力が、私たちを押し潰そうとしている。
私たちは無言で歩き出した。
修道院の内部は、外観以上に異様だった。
無限に続く白い廊下。
すれ違う人々は一言も発さず、機械的に作業をこなしている。
ここには「生活」がない。「機能」しかない。
最深部にある広間。
そこには、ひとつの巨大な玉座があった。
私の城にあるガタついた玉座とは違う、完璧な幾何学模様で構成された玉座。
そこに座っていたのは、兄、ゼノン……ではなかった。
それは、一人の老婆だった。
顔は皺くちゃだが、背筋は針金のように伸びている。
その目は白濁しているが、全てを見透かすような鋭さを秘めていた。
「……よく来たね、ヴォルクス」
老婆が口を開いた。
「私は『教母』。この世界のシナリオを管理する者。……そして、お前の『教育係』だった者だよ」
「……教育係?」
記憶にない。
私は生まれてからずっと、誰にも教育されずに(放置されて)育ったはずだ。
「お前は忘れているだけさ。……辛い記憶を、都合よく『妄想』で塗りつぶしてね」
教母が杖を振ると、空間に映像が浮かび上がった。
そこには、幼い頃の私が映っていた。
暗い部屋で、一人泣きながら、必死に積み木を積んでいる私。
その横で、冷たい目で見下ろしている教育者たち。
『ダメだ、この子は』
『規格外だ』
『失敗作だ』
「……あ」
頭が痛い。
封印していた記憶の扉が、こじ開けられそうになる。
「お前は失敗作だった。魔王としての『冷徹さ』も『支配欲』も持たず、ただ自分の殻に閉じこもるだけの欠陥品。だから私たちは、お前を廃棄する予定だった」
教母は淡々と告げた。
「だが、兄のゼノンがそれを止めた。『私が管理する』と言ってね。……皮肉なものだ。その兄ですら、お前の『混沌』に敗れて去った」
「……だから、何?」
私は震える声で言った。
過去なんてどうでもいい。私は今、コーヒー牛乳を取り返しに来ただけだ。
「だから、修正するのさ」
教母の目が怪しく光った。
「お前のその『無駄な心』を削除し、完全なる魔王として再起動させる。……それが、この世界の平和のためだ」
教母の背後から、無数の黒い触手が伸びた。
それは物理的な攻撃ではない。
精神干渉の触手だ。
「ヴォルクス! 逃げろ!」
アルバンが叫び、飛びかかろうとする。
しかし、床から出現した檻が、彼ら全員を分断した。
私と教母だけが、結界の中に隔離される。
「さあ、おやすみ。……目覚めた時には、お前は『立派な魔王』になっているよ」
触手が私の額に伸びる。
逃げ場はない。
意識が遠のく。
INFPの私が、最も恐れる「自分自身の喪失」が迫っていた。




