プロローグ(3):「真夜中の訪問者と、コミュ障の限界突破」
勇者からの手紙を燃やしてしまおうかと思ったが、火傷しそうなのでやめた。
代わりに、机の引き出しの一番奥、誰にも見られない場所に封印した。
時刻は深夜二時。
草木も眠る丑三つ時だが、私の目は冴え渡っていた。
不安で眠れないのだ。
勇者が筋トレをしている姿を想像すると、動悸が止まらない。
「ワンツー! ワンツー!」というガインの掛け声が、幻聴として聞こえてくる気がする。
「……ハーブティー、もう一杯飲もうかな」
私はベッドから這い出した。
寝間着のガウンを引きずりながら、部屋の隅にある小さなキッチンワゴンへ向かう。
お湯を沸かす音だけが、静寂な夜に響く。
コポコポ……という音に少しだけ癒やされる。
その時だった。
ドォォォォォン……ッ!!
城全体が揺れた。
地震ではない。爆発音だ。しかも、かなり近い。
私の部屋の窓ガラスがビリビリと振動し、棚の上の花瓶がカタカタと踊った。
「ひぃぃっ!?」
私は悲鳴を上げて、テーブルの下に潜り込んだ。
何? 襲撃? 勇者が来たの? 筋肉で壁を破壊したの?
心拍数が急上昇する。手足が冷たくなる。
直後、廊下の方から騒がしい足音と声が聞こえてきた。
「魔王様ーッ!! ご無事ですかーッ!!」
「侵入者だ! 正面ゲートが突破されたぞ!」
「くそっ、速い! 影が見えない!」
リリスや警備兵たちの叫び声。
侵入者。本当に来たんだ。
私は震えながら、テーブルの下で膝を抱えた。
どうしよう。戦えない。魔法なんて「お花畑」くらいしか使えない。そんなので戦ったら、敵がメルヘンな気持ちになって戦意喪失……するわけないじゃん! 殺される!
バンッ!!
私の部屋のドアが、ノックもなく乱暴に開かれた。
「魔王ヴォルクス!!」
凛とした、しかし怒気を孕んだ女性の声。
テーブルクロスの隙間から、侵入者の足が見えた。
白いブーツ。
その上には、純白のローブ。
(……え? 白?)
魔族は黒や赤を好む。白を着るのは……人間?
しかも、この清潔感あふれる白さは……聖職者?
「隠れていないで出てきなさい! 気配はそこにあるわよ!」
バレてる。
Sランクの魔力を持っているせいで、隠れても気配がダダ漏れなのだ。
私は観念して、テーブルの下から這い出した。
「……は、はい……」
両手を挙げて降参のポーズ。
情けない。魔王の威厳ゼロだ。
目の前に立っていたのは、一人の少女だった。
プラチナブロンドの長い髪。
宝石のような碧眼。
手には身長ほどもある巨大な杖を持っている。
その杖の先端からは、まだパチパチと聖なる雷の余韻が燻っていた。
「……貴方が、魔王ヴォルクス?」
少女は私を見て、怪訝そうに眉をひそめた。
無理もない。
今の私は、モコモコの部屋着姿で、髪はボサボサ、涙目で震えている。
どう見ても「世界の支配者」には見えない。ただの「引きこもりの不審者」だ。
「……そ、そうですけど……なにか……?」
私は消え入りそうな声で答えた。
少女はジッと私を観察し、ふん、と鼻を鳴らした。
「拍子抜けね。もっと恐ろしい化け物かと思ったけれど、意外と……可愛い顔をしているじゃない」
(……えっ?)
可愛い?
罵倒されると思っていたので、反応に困る。
いや、これは油断させる罠かもしれない。
「私は**聖女セレスティア**。神の啓示を受け、貴方の邪悪な計画を阻止しに来ました」
聖女。
勇者のパートナー的な存在だ。やっぱり討伐に来たんだ。
「け、計画って……なんのことですか……?」
「とぼけないで! 『絶望のティーパーティー』のことよ!」
セレスティアが杖を突きつけた。
「我が国の諜報員が掴んだ情報によれば、貴方は世界中の最高級茶葉を独占し、さらに『ハッピー・エンド』なる猛毒を開発させたそうね! 全人類を薬漬けにして、甘美な夢の中で安楽死させる……なんと恐ろしい計画!」
(……情報が歪曲されすぎている)
ガインの暴走と、魔女の猛毒が、最悪の形でミックスされて伝わっている。
誤解だ。
私はただ、美味しいお茶が飲みたかっただけで、薬は自分のためで……。
「ち、ちが……それは……」
「言い訳は無用! 神に代わって、私が貴方を浄化します!」
セレスティアが杖を振り上げた。
先端に光が集まる。
やばい。死ぬ。浄化(物理)される。
私は反射的に、身を守ろうとした。
攻撃魔法は使えない。防御魔法も自信がない。
とっさに思いついたのは、私の脳内お花畑を具現化する、唯一の得意魔法。
「……『フラワー・ガーデン』!!」
私が叫んだ瞬間、部屋中に爆発的な魔力が広がった。
しかし、それは破壊の力ではない。
ポンッ! ポンポンポンッ!
部屋の床から、天井から、壁から、無数の花が一斉に咲き乱れた。
薔薇、百合、ガーベラ、向日葵。
季節も植生も無視した、極彩色の花園が、数秒で部屋を埋め尽くした。
甘い花の香りが充満する。
「……えっ?」
セレスティアが呆気にとられて動きを止めた。
彼女の足元には、真っ赤な薔薇が絡みついている。棘はない。品種改良済み(私の妄想内で)だから。
振り上げた杖の先端には、小鳥が止まっていた。
「な、なによこれ……幻術? 毒花?」
セレスティアが警戒して周囲を見回す。
しかし、毒はない。ただただ、平和で美しい花畑だ。
「……たた、戦いたくないんです……」
私は花に埋もれながら、必死に訴えた。
「私は……ただ、静かに暮らしたいだけで……お茶会も、本当にお茶を飲みたかっただけで……」
涙がポロポロとこぼれる。
嘘じゃない。本心だ。
私の涙が床に落ちると、そこからさらに小さなスズランの花が咲いた。
セレスティアは、呆然と私を見ていた。
そして、杖を下ろした。
「……貴方、本気で言ってるの?」
「ほ、本気です……。信じてください……」
沈黙が流れる。
リリスたちが部屋の外まで来ている気配がするが、花でドアが塞がれて入ってこられないようだ。
セレスティアはため息をつき、足元の薔薇を手折った。
匂いを嗅ぐ。
「……いい香りね。魔力で作られた花なのに、生命力を感じるわ」
彼女は私を見た。その瞳から、先ほどの殺気は消えていた。
代わりに浮かんでいるのは、興味と……困惑。
「わかったわ。一旦、攻撃は待ってあげる」
「ほ、本当ですか?」
「ええ。でも、貴方を監視させてもらうわ。これだけの魔力を持ちながら、こんなふざけた魔法しか使わない魔王なんて……前代未聞よ」
セレスティアは私の隣、長椅子の空いているスペースにドカッと座り込んだ。
「紅茶はあるかしら? 『絶望』じゃない、普通のアールグレイ」
「あ、あります……。淹れます……」
私は慌ててキッチンワゴンへ向かった。
花をかき分けて。
どうやら、死刑執行は免れたらしい。
でも、代わりに「聖女による24時間監視生活」が始まってしまったようだ。
私の部屋に、魔王と聖女。
外には筋肉ムキムキの捕虜と勇者。
私の「静かな暮らし」は、今日も遠のくばかりだった。




