第3話:「筋肉勇者の検問と、利害の一致による最凶同盟」
荒野の真ん中で、私たちは立ち往生していた。
『全天候型引きこもり移動ポッド・改』の進行方向に、三つの岩山のような影が立ちはだかっていたからだ。
いや、岩山ではない。人間だ。
先頭に立つ男、勇者アルバン。
彼の肉体は、前回の襲撃時よりもさらに一回り大きくなっていた。
太陽の光を浴びてテラテラと輝く大胸筋。丸太のような太腿。そして、なぜか装着しているサングラス。
後ろに控える戦士と魔法使いも、同様にパンプアップされた肉体を誇示している。
「……止まれェェェッ!!」
アルバンが叫ぶと同時に、空気圧だけで砂埃が舞った。
イグニス(ISFJ)がビビって急ブレーキをかける。
ポッドがガクンと揺れ、私の飲みかけの紅茶が少しこぼれた。
「……なんなの、あの筋肉だるまは」
セレスティア(ESTJ)が不機嫌そうに呟く。
彼女はナプキンでテーブルを拭きながら、窓の外の勇者を冷ややかに見下ろしている。
「リリス、マイク繋いで」
「了解です。『塩対応モード』でよろしいですか?」
「ええ。手短に済ませましょう」
リリス(ENTP)がスイッチを入れる。
外部スピーカーから、セレスティアの冷徹な声が響いた。
『――アルバン。邪魔よ。退きなさい』
アルバンがピクリと反応し、サングラスをずらした。
「おお! その麗しき美声はセレスティアか! 無事だったか! 俺はてっきり、魔王の卑劣な罠に囚われているのかと心配していたぞ!」
『囚われてないわ。私が魔王を連行しているの。公務執行妨害で逮捕するわよ』
「連行!? さすが聖女! ならば俺たちも手伝おう! ……だがその前に!」
アルバンがポーズをとった。ダブルバイセップス。
「この得体の知れないスライム要塞……。魔王の新たな兵器とお見受けした! 我が筋肉で、その装甲強度をテストさせてもらおう!」
話を聞いていない。
筋肉脳特有の、「目の前の硬そうなものはとりあえず壊してみる」という習性が発動している。
「行くぞオオオッ!!」
アルバンが地面を蹴った。
速い。巨体に似合わぬ弾丸のような加速。
彼はポッドの正面装甲に向かって、渾身のタックルを敢行した。
ドゴォォォォン!!
凄まじい衝撃音が響き、ポッド全体が激しく振動した。
室内の花瓶が倒れ、私が長椅子から転げ落ちる。
「痛っ! ……ちょ、ちょっと!」
「魔力シールド残存率、九十八%。……硬いですね、彼の肩」
リリスが冷静にモニターを見ている。
外を見ると、アルバンがポッドにめり込む勢いで押し合いをしていた。
イグニスが悲鳴を上げている。
『お、重いですぅぅ! 押さないでくださいぃぃ!』
「ぬん! ぬん! なかなかやるな、このゼリー装甲! だが、俺の大腿四頭筋はまだ唸りを上げ始めたばかりだ!」
このままではイグニスが腰を痛めてしまう。
私はマイクを奪い取った。
『……やめて! イグニスがいじめないで!』
私の声を聞いたアルバンが動きを止めた。
「む? 貴様か魔王! ……ふん、相変わらず情けない声だ。そこから出てきて俺とスクワット勝負をしろ!」
『しないよ! ……それより、どうしてこんな所にいるの? 君たちは魔王を倒しに来たんじゃないの?』
アルバンがふっと表情を曇らせた。
彼はタックルを解き、腕を組んだ。
「……実はな、魔王。俺たちも困っているのだ」
『困ってる?』
「うむ。……プロテインが届かないのだ」
……またか。
また物流問題か。
「俺たちが愛飲している『北の大地産・極上ホエイプロテイン(チョコ味)』の輸送ルートが、謎の武装集団によって封鎖されてしまった! おかげで俺たちの筋肉は、カタボリック(筋肉分解)の危機に瀕している!」
アルバンが悲痛な叫びを上げる。
後ろの戦士たちも涙を流しながら頷いている。
「俺たちは調査に乗り出した。そして突き止めたのだ。元凶は『黒の教団』なる組織であることを!」
『……!』
「奴らは言った。『過剰な筋肉は世界の美学に反する』とな! ……許せぬ! 筋肉こそが美! 筋肉こそが宇宙の真理! それを否定する輩は、魔王よりも悪質だ!」
ひどい言われようだ(私が)。
でも、状況は理解できた。
彼らもまた、教団の被害者であり、奪われた「大切なもの(プロテイン)」を取り戻すために立ち上がった同志なのだ。
私はセレスティアと顔を見合わせた。
彼女は深くため息をつき、こめかみを揉んでいる。
「……ヴォルクス。どうする?」
「……敵の敵は味方、っていうよね」
私は決断した。
この暑苦しい筋肉集団を仲間に引き入れるのは、私の「静かな旅」にとってはマイナスかもしれない。
でも、教団の戦力は未知数だ。肉の壁(タンク役)は一枚でも多い方がいい。
私はマイクに向かって言った。
『……アルバン。取引しよう』
「取引だと?」
『私たちも、教団を潰しに行くところなんだ。……私のおやつを取り戻すために』
「なんと! 貴様も被害者だったのか!」
『そうだよ。だから……一緒に行かない? 君たちの筋肉で、教団のバリケードを粉砕してほしいんだ』
アルバンは数秒考え込み、ニカっと笑った。
白い歯がキラーンと光る。
「いいだろう! 魔王との共闘……歴史に残る展開だ! 俺たちの筋肉を、貴様の盾として貸してやる!」
交渉成立。
こうして、魔王、聖女、竜、そして勇者一行による、史上最凶(そして最もカオス)な混成部隊が誕生した。
ポッドのドアが開く。
アルバンたちが乗り込んでくる……かと思いきや。
「狭い! 俺たちの筋肉密度では、この空間は酸素不足になる!」
「俺たちは外で走る! トレーニングついでにな!」
彼らはポッドの周囲を並走し始めた。
時速六十キロで。笑顔で。
ポッドの中。
私は窓の外を流れるマッチョな景色を見ながら、遠い目をした。
「……なんか、すごい絵面になっちゃったね」
「見ないようにしましょう。目が腐るわ」
セレスティアがカーテンを閉めた。
しかし、外からは「マッスル! マッスル!」という掛け声が聞こえ続けている。
教団の本拠地まで、あと二百キロ。
私たちの旅は、騒がしさを増しながら続いていく。




