第2話:「移動要塞の快適性と、検問突破の非暴力アプローチ」
『全天候型引きこもり移動ポッド・改』の乗り心地は、異常なほどに快適だった。
内部は、私の城の自室が完全に再現されている。
愛用の長椅子、読みかけの本が置かれたサイドテーブル、そして壁に掛けられた絵画まで、ミリ単位で同じ位置にある。
唯一の違いは、窓の外の景色が流れていくことだけだ。
ズシン、ズシン、ズシン。
ポッドの下部にある十六本の多脚が、荒れ地を力強く踏破していく振動は、高性能なサスペンション(スライム製ダンパー)によって吸収され、室内には心地よいゆりかごのような揺れしか伝わらない。
空調は常に摂氏二十四度。湿度は五十%。
ここは完璧な箱庭だ。
「……信じられないわ」
対面のソファで紅茶を飲んでいるセレスティア(ESTJ)が、呆れ果てた顔で窓の外を見ていた。
「外は砂嵐が吹き荒れる荒野よ? なのに、ここは優雅なティーサロンそのもの。……リリスの技術力には脱帽するけれど、使い道が間違っている気がしてならないわ」
「間違ってないよ。これは人類の夢の結晶だよ」
私はクッションに顔を埋めながら反論した。
移動しながら引きこもる。
これこそが、内向的性格が世界を旅するための唯一の解なのだ。
操縦席(部屋の隅にあるDJブースのような場所)では、リリス(ENTP)がノリノリでレバーを操作している。
「魔王様、イグニス様の牽引速度が上昇しています。現在時速六十キロ。……おや? 前方に障害物反応あり」
リリスがモニターを指差した。
外部カメラの映像が、室内の空中にホログラムとして投影される。
荒野の一本道。
そこを塞ぐようにして、巨大なバリケードが築かれていた。
黒い石材を積み上げた壁。その前には、十体ほどの武装ゴーレムと、黒いローブを着た男たちが立ちはだかっている。
『黒の教団』の検問所だ。
バリケードの手前には、足止めを食らった人間の商隊や、魔族の行商人たちの馬車が長蛇の列を作っていた。
「……あれが、物流を止めている元凶ね」
セレスティアの目が鋭くなる。
彼女はカップを置き、立ち上がった。
「ヴォルクス、行くわよ。蹴散らして通るわ」
「えっ? 降りるの?」
私は嫌な顔をした。
せっかくの快適空間から、砂埃舞う外に出るなんて。
「リリス、このまま突っ切れない?」
「可能です。このポッドの装甲なら、あの程度のバリケードは豆腐のように粉砕できます。……ただし、周囲の商人たちを巻き込むリスクがありますね」
リリスが冷静に分析する。
確かに、乱暴な突破は美学に反する。それに、私の愛するコーヒー牛乳を運んでくれる商人さんたちを危険に晒すわけにはいかない。
「……わかった。私がやるよ」
私はため息をつき、ソファから起き上がった。
ただし、ドアには向かわない。
「リリス、外部スピーカーをオンにして」
「了解しました。『神の声』モードでよろしいですか?」
「うん。あと、威嚇用のエフェクトもお願い」
私はマイク(魔導集音器)を手に取った。
外に出るのは怖い。対面で話すのはもっと怖い。
だから、安全なポッドの中から、圧倒的な「演出」で解決する。
◇
検問所の兵士たちは、地平線の彼方から近づいてくる異様な物体に気づき、ざわめき始めていた。
巨大なスライムのようなドームが、多脚でカサカサと高速移動してくるのだ。恐怖映像以外の何物でもない。
「な、なんだあれは!?」
「魔獣か!? 迎撃態勢をとれ!」
教団のリーダー格が叫ぶ。ゴーレムたちが砲門を開く。
その時。
キィィィィィィン……。
大気を震わせるようなハウリング音が響き渡った。
そして、空が急に暗転した(リリスが展開した闇魔法のフィルター効果だ)。
ポッドの周囲に、禍々しい赤黒い稲妻が走り、地面から重低音が響いてくる。
『……道ヲ……空ケロ……』
スピーカーから放たれた私の声は、何重にも加工され、地獄の底から響くような悪魔的バリトンボイスに変貌していた。
「ひぃっ!? な、なんだこの声は!」
「鼓膜が……内臓が震える……!」
兵士たちが耳を塞いでうずくまる。
商隊の人々も恐怖で顔を青くしている。ごめんね、あとでプリンをご馳走するから許して。
『我ハ……糖分ヲ求メル……亡者ナリ……』
『我ガ……プリンノ道ヲ……塞グ者ニハ……永遠ノ虫歯ヲ与エン……』
言っていることは最低だ。
でも、演出が過剰すぎて、誰も内容の馬鹿馬鹿しさに気づかない。
「くっ、怯むな! 攻撃開始!」
リーダーが叫び、魔法弾を発射した。
ドォォォン!
爆炎がポッドを包む。
しかし、煙が晴れると、ポッドは無傷だった。表面の魔力シールドが、攻撃を完全に吸収していたのだ。
「無傷だと……!?」
私はマイクを握り直し、次のアクションに移った。
「リリス、アーム展開」
「はい、魔王様。『マジック・ハンド・デラックス』起動」
ポッドの側面から、巨大な透明な腕が二本、ニョキッと伸びた。
その腕は驚くべき速さで伸長し、バリケードを守るゴーレムたちを掴み上げた。
『……邪魔ダ……ドケ……』
私はコントローラー(ゲームパッド)を操作し、掴んだゴーレムを優しく、しかし強制的に道の端へと移動させた。
投げるのではない。「整頓」するのだ。
次々とゴーレムを積み上げ、綺麗に片付けていく。
「な、なんだその動きは!?」
「ゴーレムを積み木のように……!」
教団員たちはパニックだ。
彼らの想定する「戦闘」ではない。ただの「お片付け」によって無力化されているのだから。
最後に、私はリーダーの男をつまみ上げた。
彼は空中で手足をバタつかせている。
『……通シテ……クレルネ?』
巨大なハンド越しに、ドスの効いた声で問う。
男は涙目で何度も頷いた。
「と、通します! 好きなだけ通ってくださいぃぃ!」
私は彼を地面に下ろし、ついでにポケットから金貨(通行料)を取り出して、彼の胸ポケットにねじ込んだ。
タダで通るのはルール違反だからね。
バリケードが撤去され、道が開いた。
ポッドが悠然と通過していく。
その後ろを、商隊たちが「ありがたや……魔王様ありがたや……」と拝みながらついてくる。
ポッドの中。
私はマイクを置き、深く息を吐いた。
「……ふぅ。緊張した……」
「お疲れ様です、魔王様。素晴らしい演技力でした」
リリスが拍手を送ってくる。
セレスティアは頭を抱えていた。
「……結果オーライだけど……。魔王の威厳が、変な方向に進化してない?」
「いいの。誰も傷つけなかったし」
私は再びクッションに顔を埋めた。
まだ先は長い。
でも、この調子なら、教団の本拠地まで「部屋着のまま」行けるかもしれない。
しかし、私の楽観は長くは続かなかった。
ポッドの前方に、新たな影が現れる。
それは教団の兵士ではない。
もっと個人的で、もっと厄介な因縁を持つ人物たちだった。
「……おい、あれを見ろ」
セレスティアが窓の外を指差した。
荒野の先に立っていたのは、見覚えのある筋肉の塊たち。
「……勇者アルバン……!」
彼らはポッドの行く手を阻むように仁王立ちし、プロテインシェイカーを掲げていた。
まさかの共闘か? それとも三つ巴か?
私の胃痛の旅は、まだ始まったばかりだ。




