第4話:「真夜中の反逆者たちと、非効率的な作戦会議」
その夜、魔王城は死んだように静まり返っていた。
ゼノンの定めた「完全消灯令」により、すべての灯りが落とされ、廊下には監視用の自律ゴーレムだけが巡回している。
私は自室(といっても独房に近い狭い部屋)を抜け出し、中庭へと向かっていた。
心臓が早鐘を打っている。
見つかれば、ただでは済まない。減給処分どころか、物理的に首が飛ぶかもしれない。
それでも、足は止まらなかった。
中庭の中央。
そこには、巨大な鎖で地面に繋がれ、ボイラー装置の一部として組み込まれたイグニスの姿があった。
彼の輝いていた深紅の鱗は煤け、瞳からは光が消えている。
ただ機械的に、一定のリズムで小さな炎を吐き続けているだけだ。
「……イグニス」
私が小声で呼ぶと、イグニスの耳がピクリと動いた。
彼がゆっくりと顔を上げる。
『……ヴォルクス……様……?』
弱々しいテレパシー。
私は駆け寄り、彼の冷たくなった鼻先を撫でた。
「ごめんね……。こんな目に遭わせて……」
『いえ……私は……役に立てているのですから……。これも……社会貢献……』
イグニスが無理をして笑おうとする。
その健気さが、私の心をえぐった。
ISFJの彼にとって、「誰かの役に立つこと」は喜びのはずだ。だが、今の扱いは搾取でしかない。感謝も共感もない、ただの機能としての消費。
「違うよ。こんなの、君じゃない」
私は鎖を掴んだ。
冷たくて、重い。私の力ではビクともしない。
「……あら、先客がいたようね」
背後から声がした。
振り返ると、闇の中に二つの人影があった。
聖女セレスティアと、リリスだ。
「セレスティアさん……リリス……」
「貴方も考えることは同じだったようね」
セレスティアが杖を握りしめて近づいてくる。
彼女の表情は硬いが、迷いはなかった。
「私も、もう我慢の限界よ。効率と規律は大切だけど……愛のない規律は、ただの暴力だわ」
「私も同感です」
リリスが肩をすくめた。
彼女の手には、何やら怪しげな図面が握られている。
「ENTPとして言わせていただければ、ゼノン様の統治は『つまらない』の一言に尽きます。予測可能で、意外性がなく、遊びがない。……あんな職場では、私のクリエイティビティが死んでしまいます」
三人と一匹。
かつての「湯けむり会議」のメンバーが、再び揃った。
場所は温泉ではなく、冷たい夜風の吹く中庭だが、心の距離はあの時よりも近かった。
「……明日、妖精の森が焼かれる」
私が切り出した。
「私は、それを止めたい。……兄さんに逆らってでも」
口に出すと、震えが止まらなかった。
兄さんは怖い。絶対的なトラウマだ。
勝てるわけがない。論理的にも、戦力的にも。
「でも……あそこの妖精さんたち、美味しいハーブティーの葉っぱをくれるんだ。……あそこの木漏れ日は、すごく綺麗なんだ……」
私の戦う理由は、いつも個人的で、感情的だ。
「世界平和」なんて大層なものじゃない。「私の好きな場所」を守りたいだけ。
でも、それこそがINFPの原動力だ。
「十分な動機よ」
セレスティアが私の背中を叩いた。
「やりましょう、ヴォルクス。打倒ゼノン。……魔王城奪還作戦よ」
「でも、どうやって? 正面から戦っても勝てませんよ?」
リリスが現実的な問題を指摘する。
ゼノンの戦闘力は未知数だが、彼に従う「機械化部隊」だけでも厄介だ。
「正面からじゃなくていい」
私は顔を上げた。
私の脳内で、一つの作戦(妄想)が組み立てられていく。
「兄さんは『完璧』だ。論理的で、効率的で、無駄がない。……だからこそ、弱点がある」
私は三人を見回した。
「彼は、『無駄なもの』の動きを予測できない」
「……無駄なもの?」
「そう。……セレスティアさんの『お節介』。リリスの『悪ふざけ』。イグニスの『気弱さ』。そして私の『現実逃避』」
私はニヤリと笑った(つもりだが、引きつっていたかもしれない)。
「兄さんの計算式には、僕たちの『ダメな部分』はノイズとして処理されているはずだ。だから、そこを突く。……全力で『ダメなこと』をして、彼の完璧なシナリオをバグらせるんだ」
リリスの目が輝いた。
「なるほど……! 論理の極致に対し、カオスで対抗するわけですね! それなら私の得意分野です!」
『あ、あの……私の気弱さは、役に立つのでしょうか……?』
イグニスが不安そうに尋ねる。
「立つよ。イグニスは『戦わないドラゴン』だ。兄さんは君を『兵器』としてしか見ていない。だからこそ、君が『兵器としてありえない行動』をとれば、兄さんは混乱する」
私はイグニスの鎖に手を置いた。
「セレスティアさん。……この鎖、壊せますか?」
「聖なる力は、呪いを解くのが専門よ。……任せて」
セレスティアが詠唱を始める。
杖の先端が光り輝き、鎖に刻まれた封印術式を侵食していく。
パキーンッ!!
澄んだ音と共に、イグニスを縛っていた鎖が砕け散った。
自由を取り戻したイグニスが、翼を大きく広げる。
その瞳に、かつての光が戻っていた。
『……ヴォルクス様……!』
「よし。作戦開始は明日の正午。森の焼き討ち命令が出る瞬間だ」
私はみんなに向かって宣言した。
「目標:兄さんをギャフンと言わせて、私たちの『ダラダラした日常』を取り戻す!」
「「おーっ!!」」
小声での勝鬨。
しかし、その士気は高かった。
私たちは知っている。
効率だけが正義じゃない。
無駄の中にこそ、愛おしい時間が詰まっていることを。
それを守るためなら、私たちはどこまでも強くなれる――多分。
こうして、ポンコツ連合軍による、史上最も非効率で、最も熱い反逆劇の幕が上がった。




