第5章:完璧なる魔王の帰還
魔王城の朝は、かつてないほどの騒音と共に始まった。
ガガガガガッ……!
キュイィィィン……!
重機が唸るような轟音と、魔導ドリルが岩盤を砕く高周波音。
それが、私の安眠を妨げるモーニングコールだった。
「……うるさい……」
私は枕を頭に押し付け、ベッドの上で芋虫のように身をよじった。
時刻は午前七時。
本来なら二度寝、三度寝を貪る至福の時間帯だ。しかし、ここ数日、私の城は「魔改造」の真っ最中だった。
先日の「黒の教団」襲撃事件以来、リリス(ENTP)とセレスティア(ESTJ)が結託し、『魔王城要塞化計画』を推し進めているのだ。
城壁には自動追尾式の魔導砲台が設置され、廊下には侵入者を感知してスライムを噴射するトラップが仕掛けられた。
中庭の美しい花壇の地下には、イグニス(ISFJ)の炎を動力源とする床暖房システム兼迎撃グリッドが埋設されているらしい。
「魔王様! 起きてください!」
ドンドンドン!
ドアが無遠慮に叩かれる。リリスだ。
「本日は『対空迎撃システム』の試運転を行います! イグニス様を標的にした実弾演習ですので、魔王様も観測席へ!」
……地獄か。
イグニスを標的にするなよ。彼、泣いちゃうよ。
私は重い身体を引きずってベッドから降りた。
◇
一時間後。
私は中庭のテラス席で、虚ろな目をして紅茶を啜っていた。
目の前では、信じがたい光景が広がっていた。
上空を旋回するイグニス。
彼に向けて、城壁から無数の光弾が発射されている。
イグニスは悲鳴を上げながら(テレパシーで『ひぃぃぃ! 熱い! 怖い!』と叫びながら)、必死に回避運動をとっている。
「いいわ! その調子よ! 角度修正、右へ三度!」
セレスティアが指揮棒を振るい、防衛班のスケルトンたちに指示を出している。
彼女の顔は生き生きとしていた。
完璧な規律。完璧な統制。
彼女のESTJとしての才能が、この防衛戦で遺憾なく発揮されている。
「ふふふ、面白いデータが取れました。ドラゴンの鱗は、特定の波長の魔力に対して共振する性質があるようですね」
リリスが水晶板を見ながらニヤニヤしている。
彼女はマッドサイエンティストだ。イグニスの悲鳴をBGMに、新たな兵器開発のアイデアを練っているに違いない。
「……もうやめてあげてよぉ」
私は力なく呟いた。
私の声など、爆音にかき消されて誰にも届かない。
これが私の求めた「静かな暮らし」なのか?
いや、違う。絶対に違う。
これでは、引きこもるための要塞を作るために、引きこもり生活を犠牲にしているようなものだ。本末転倒だ。
その時だった。
ウゥゥゥゥン……。
城の正門の方から、重厚な音が響いた。
それは敵襲を告げるサイレンではない。
正門の巨大な鉄扉が、ギギギ……と音を立てて開き始めた音だ。
「ん? 誰か来たのかしら?」
セレスティアが指揮を止め、怪訝そうに振り返る。
リリスも顔を上げた。
イグニスは「助かった……」と言わんばかりに、城壁の影に着地して隠れた。
私はテラスの手すりから身を乗り出した。
正門から入ってきたのは、軍勢ではない。
たった一人の男だった。
黒い軍服に身を包み、深紅のマントをなびかせている。
背が高く、肩幅が広い。
その歩き方は堂々としており、周囲の空気を支配するような圧倒的な「王者の風格」を漂わせている。
「……誰?」
私が呟くと、その男はテラスにいる私に気づいたようで、足を止めた。
そして、ニヤリと笑った。
その顔を見て、私の心臓が凍りついた。
知っている。
あの顔を。あの威圧感を。
私の記憶の底に封印していた、最大のトラウマ。
「……久しぶりだな、愚弟」
男の声は、距離が離れているにも関わらず、私の耳元で囁かれたかのようにクリアに響いた。
「相変わらず、シケた面をしているな。ヴォルクス」
「……あ……あぁ……」
私の膝が震え始めた。
ガタガタと音を立てて、ティーカップが手から滑り落ちる。
パリンッ!
砕ける音と共に、私の平穏な日常も完全に砕け散った。
「誰なの? ヴォルクス」
セレスティアが私に駆け寄ってくる。
私は彼女の問いに答えることもできず、ただその男の名を呟くことしかできなかった。
「……兄さん……」
**ゼノン**。
私の兄であり、かつて魔王の座を争い、そして失踪したはずの男。
**ENTJ(指揮官型)**の権化。
私とは正反対の、「完璧な魔王」になるはずだった男が、そこに立っていた。
「さあ、開けてもらおうか。……弟の城の品定めにな」
ゼノンが指を鳴らすと、リリスが自慢げに設置したばかりの最新鋭防衛システムが、一瞬にして爆発四散した。
「……ひっ」
私は腰を抜かしてへたり込んだ。
終わった。
私の引きこもり生活は、今日ここで終了する。
最強の管理者が、帰ってきてしまったのだから。




