第5話:「予期せぬ戦果と、コミュ障魔王の防衛会議」
その日の午後、魔王城の私の私室は、異様な熱気と沈黙に包まれていた。
普段であれば、ここは私、魔王ヴォルクスが一人で恋愛小説を読み耽り、空想の世界に浸るための絶対不可侵領域である。
しかし今、私の目の前には、この城の主要メンバーが勢揃いしていた。
まず、私の正面にある長椅子には、まだ少し顔の赤い聖女セレスティア(ESTJ)が、居住まいを正して座っている。彼女の手には手帳とペンが握られ、戦闘モードの眼光を放っている。
その隣には、メイド長のリリス(ENTP)が優雅に紅茶を注いでいる。彼女の表情は涼しげだが、瞳の奥には「面白いことになってきた」という期待の色が隠せていない。
そして、窓の外――テラスには、巨大な深紅の頭部がヌッと突き出されている。古の炎竜イグニス(ISFJ)だ。彼は身体が大きすぎて部屋に入れないため、顔だけを無理やり突っ込んでいるのだ。その瞳は潤み、申し訳なさそうに瞬きを繰り返している。
「……あの、狭くないですか?」
私は居心地の悪さに耐えかねて、イグニスに声をかけた。
彼はビクリと反応し、鼻先を窓枠にぶつけた。ドン、と鈍い音がして、窓ガラスが微かに振動する。
『も、申し訳ありませんヴォルクス様……。私が不甲斐ないばかりに、皆様にご迷惑を……』
イグニスの脳内テレパシーが、私の頭の中で悲痛な響きとなって木霊する。
彼は先ほどの戦闘で、あっさりと「対竜結界」に捕縛されてしまったことを深く恥じているらしい。
「いいんだよイグニス。あれは相手が悪かっただけだし……」
「甘やかさないでちょうだい」
セレスティアがピシャリと言った。
彼女は手帳をペン先で叩きながら、厳しい口調で続ける。
「イグニスは魔王軍の最大戦力の一つなのよ。それが初動で無力化されるなんて、セキュリティホールにも程があるわ。後で対魔術防御の特訓メニューを組むから、覚悟しておきなさい」
『は、はいぃ……。精進いたしますぅ……』
イグニスがシュンとして、首をすくめる。巨大なドラゴンがいじける姿は、なんとも言えない哀愁を漂わせていた。
私は可哀想で見ていられない。INFPの共感能力が「彼の心の痛み」をダイレクトに受信してしまい、私まで胃が痛くなってくる。
「さて、反省会も重要ですが」
リリスがカップを置き、話題を切り替えた。
彼女は懐から、一枚のボロボロになった黒い布切れを取り出し、テーブルの上に広げた。
それは先ほどの襲撃者たちが身につけていたローブの一部だ。
「まずは敵の分析から始めましょうか。彼らが名乗った『黒の教団』……。私の情報網にも、該当する組織はありません」
リリスの言葉に、部屋の空気が一気に張り詰めた。
あの優秀な(そして性格の悪い)リリスですら知らない組織。それは、この魔界において異常事態だ。
「でも、彼らは『シナリオ』と言っていたわ」
セレスティアが顎に手を当てて思案する。
「『世界の均衡を崩す異分子を排除する』とも。……つまり、彼らは私たちが仲良くしていることが気に入らないのよ」
「仲良く……?」
私が首を傾げると、セレスティアは顔を赤らめて咳払いをした。
「ご、語弊があったわね! 『馴れ合い』よ! 魔王と聖女と竜が、温泉でマシュマロを焼いているなんて異常事態を、彼らは修正しようとしたのよ!」
なるほど。
確かに、ファンタジー小説の読者視点で見れば、私たちの現状は「解釈違い」もいいところだろう。
「魔王は悪逆非道であれ」「聖女は清廉潔白であれ」。
そんな固定観念を押し付けてくる厄介なファンみたいなものか。
「……面倒くさいなぁ」
私は本音を漏らした。
私はただ、静かに暮らしたいだけなのに。
どうして世界は、私に「役割」を演じさせようとするのだろう。
「面倒くさいで済む問題ではありません」
リリスが冷徹に指摘する。
「彼らは高度な空間魔法と、対竜結界を使いこなしていました。バックに強大な組織、あるいは国家がついている可能性があります。放置すれば、次はより大規模な戦力で、この城を潰しに来るでしょう」
潰す。
その単語を聞いた瞬間、私の脳裏に最悪のシミュレーションが走った。
崩れ落ちる城壁。
踏み荒らされる花壇。
傷つくイグニス。
そして、冷たい石床に倒れるセレスティアの姿。
――嫌だ。
恐怖が背筋を駆け上がる。
私のささやかな楽園が、理不尽な暴力によって奪われる未来。
それだけは、絶対に回避しなければならない。
「……どうすればいいの?」
私は震える声で尋ねた。
魔王としてではなく、ただの怯える青年として。
すると、セレスティアが立ち上がった。
彼女は私の目の前まで歩いてくると、私の両肩をガシッと掴んだ。
「戦うのよ、ヴォルクス」
彼女の碧眼が、揺るぎない意志の光を宿して私を射抜く。
「逃げるのではなく、守るために戦うの。貴方にはその力がある。……そして、私たちがついている」
彼女の手の温もりが、服越しに伝わってくる。
リリスも微笑みながら頷いた。
イグニスも、窓の外で力強く鼻息を吹き出した(ガラスが曇った)。
「……私に、できるかな」
「できるわ。貴方はさっき、私のシャンプーのために本気で怒ったじゃない」
セレスティアが少し恥ずかしそうに笑った。
「自分の大切なもののために怒れる人は、強い人よ。……方向性はちょっと変だけど」
私は俯いた。
自信はない。
勇気もない。
でも、この空間を失いたくないという「執着」だけは、誰にも負けない気がした。
「……わかった。やってみる」
私が小さな声で答えると、リリスがパンッ! と手を叩いた。
「交渉成立ですね! では、早速『魔王城防衛強化計画』を始動しましょう! まずは城の周囲に感知結界を張り巡らせ、迎撃システムを構築します!」
リリスが嬉々として提案を始める。
彼女のENTP脳がフル回転しているのがわかる。きっと、とんでもない罠やギミック満載の要塞にするつもりだ。
「私も協力するわ。聖なる力でアンデッド系の敵をシャットアウトする結界を張るわね」
セレスティアも乗り気だ。
彼女のESTJ気質が、「完璧な防衛ライン」の構築に燃えている。
『私は……空からの監視を担当します! 二度と不意打ちはさせません!』
イグニスもやる気満々だ。
……あれ?
なんか、話が大きくなってない?
私はただ、部屋の鍵を二重にするとか、そういうレベルの話を想定していたのに。
いつの間にか「要塞化プロジェクト」の総責任者に祭り上げられている。
「あの……私は何をすれば……?」
私が恐る恐る尋ねると、三人は同時に私を見て言った。
「「『魔王らしく』座っていてください!」」
……はい。
結局、私の仕事は「置物」か。
でも、それが一番楽でいいかもしれない。
こうして、魔王城は「最強の引きこもり要塞」へと変貌を遂げることになった。
しかし、私たちはまだ知らなかった。
この「黒の教団」の背後に、魔王という存在の根幹に関わる、恐るべき真実が隠されていることを。
そして、次に現れる敵が、私の「過去」を知る人物であることを。




