第4話:「風呂上がりの牛乳と、聖女の葛藤」
嵐のような騒動が去り、魔王城には再び静寂が戻っていた。
私は自室に戻り、ガウンに着替えていた。
髪からはまだ雫が垂れている。
タオルでゴシゴシと頭を拭きながら、私は冷蔵庫(氷魔法で冷やした箱)から瓶入りのコーヒー牛乳を取り出した。
腰に手を当て、一気に飲み干す。
ゴク、ゴク、ゴク……プハァッ!
「……最高だ」
やはり風呂上がりの一杯は格別だ。
これのために生きていると言っても過言ではない。
先ほどの戦闘(一方的な排除)の疲れが、甘い液体と共に溶けていくようだ。
コン、コン。
控えめなノックの音がした。
「……どうぞ」
ドアが開くと、そこにはセレスティアが立っていた。
彼女もすでに法衣に着替えており、髪はまだ少し湿っている。
その顔は少し赤く、視線が泳いでいる。
「……入るわよ」
「もう入ってるよ」
彼女は私の部屋に入ると、いつもの定位置(花に囲まれた長椅子)ではなく、少し離れた椅子に座った。
気まずい沈黙が流れる。
まあ、あんなもの(私の全裸)を見せてしまった後だ。無理もない。
「……さっきは、ありがとう」
セレスティアが、消え入りそうな声で言った。
彼女が素直に礼を言うなんて珍しい。明日は槍でも降るんじゃないか。
「……でも! 勘違いしないでよね!」
彼女がいきなり声を張り上げた。
「貴方の裸なんて、ちっとも魅力的じゃなかったし! 筋肉もないし、白いし、ヒョロヒョロだし! あんなの見せられても嬉しくないんだから!」
「……誰も嬉しいなんて言ってないけど……」
私は傷ついた。
ヒョロヒョロなのは気にしているんだ。インドア派だから仕方ないじゃないか。
「それに、あの魔法……」
セレスティアの表情が真剣なものに変わる。
「『強制退去』……。あれは、空間魔法の応用よね? しかも、詠唱破棄で、対象を特定せずに概念的に排除するなんて……。貴方、自分がどれだけ出鱈目なことをしているか自覚ある?」
「……ないです」
「はぁ……。本当に、貴方って生きる災害ね」
彼女はため息をついたが、その目にはいつものような恐怖の色はなかった。
代わりに、何かを探るような、複雑な色が浮かんでいる。
「ねえ、ヴォルクス。……貴方は、本当に世界をどうしたいの?」
またその質問か。
私は空になった牛乳瓶をテーブルに置いた。
「……前にも言ったでしょ。静かに暮らしたいだけだって」
「それだけのために、あんな力を振るうの?」
「それだけが、私にとって一番大事だからだよ」
私は彼女を真っ直ぐに見た。
「私は、私の世界を守りたい。この部屋も、イグニスも、美味しいコーヒー牛乳も。……セレスティアさんも含めて」
「えっ……」
彼女が目を見開いた。
「私の世界の中に、セレスティアさんが入ってきちゃったから。……だから、貴方が傷つけられるのは嫌なんだ。私の世界が壊れる気がして」
これは愛の告白ではない。
INFP特有の「内なる世界」への執着だ。
一度「自分のもの」と認識した存在には、異常なほどの愛着と保護本能を発揮する。それがたとえ、監視役の聖女であっても。
セレスティアは口をパクパクさせ、顔を真っ赤にした。
「な、なによそれ……! 私を所有物みたいに……!」
「所有物じゃないよ。構成要素だよ」
「余計に悪化してるわよ!」
彼女は立ち上がり、背を向けた。
耳まで赤い。
「……もういいわ。貴方の歪んだ価値観は、私が矯正してあげる。これからも厳しくいくから覚悟しなさい!」
そう言って、彼女は部屋を出て行った。
バタン! とドアが閉まる音が響く。
私は首を傾げた。
なんで怒ってるんだろう。
大切だって言ったのに。
まあいいか。
私は二本目のコーヒー牛乳に手を伸ばした。
今日はもう、何も考えずに眠ろう。
あの黒の教団のことは、明日リリスにでも調べさせればいい。




