第4話:「古の炎竜、涙の飛来と共鳴する陰キャ魂」
その日、魔王城は未曾有のパニックに陥っていた。
ウゥゥゥゥ――ッ!!
城壁に設置された敵襲を告げるサイレン(これはセレスティアが設置させた防災設備だ)が、けたたましく鳴り響いている。
空が暗くなった。
雲を切り裂き、巨大な影が地上を覆い尽くす。
「魔王様ーッ!! 大変です! ドラゴンです! ドラゴンが攻めてきましたーッ!!」
ガインが謁見の間に飛び込んできた。
私は玉座の上で、またしても胃を痛めながら縮こまっていた。
セレスティアも杖を構えて臨戦態勢に入っている。
「やっぱり手紙じゃダメだったのよ! 逆に怒らせちゃったんじゃないの!?」
「ひぃぃ……だからそっとしておこうって言ったのに……!」
私が泣き言を言っている間に、ズシーン! という地響きと共に、城の中庭に何かが着地した。
熱波が吹き荒れる。
窓ガラスがガタガタと揺れ、室温が一気に五度くらい上がった気がする。
私たちは恐る恐るテラスへと出た。
そこには、体長五十メートルはあろうかという、深紅の鱗を持つ巨大なドラゴンがうずくまっていた。
古の炎竜イグニス。
その口から漏れる息だけで、岩をも溶かす最強の生物。
しかし。
「……ううっ……うぐっ……」
ドラゴンは泣いていた。
溶岩のような涙をボロボロと流し、前足で顔を覆って嗚咽している。
「……え?」
私とセレスティアは顔を見合わせた。
攻撃してこない。むしろ、すごく情けない声で泣いている。
「お、おい……イグニス……?」
私が恐る恐る声をかけると、ドラゴンはビクリと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。
その巨大な瞳は真っ赤に充血し、涙で潤んでいる。
『……ヴォルクス……様……ですか……?』
重低音のテレパシーが脳内に響く。
私はコクコクと頷いた。
『……読みました……お手紙……』
イグニスは、大切そうに握りしめていた(爪の先で器用に摘んでいた)羊皮紙を差し出した。
私の書いた、あの「傷の舐め合いポエム」だ。
『……わかって……くれるんですね……私の気持ち……』
イグニスの声が震えた。
『怖いんです……外が……。人間たちは、私の鱗を見て「素材だ!」とか言うし……勇者は「経験値だ!」って剣を突き立ててくるし……。私はただ、暖かいマグマの中で、昔集めた金貨を数えていたいだけなのに……』
「……わかる……!」
私は思わず身を乗り出した。
INFPの共感能力が限界突破した。
このドラゴン、完全に私と同じ種族だ。
「怖いよね! みんな無神経だよね! 自分の都合だけで『討伐』とか言ってくるし!」
『そうなんです! しかも、私の吐く炎が熱すぎるとか文句を言うんです! 生理現象なのに!』
「酷い! 私だって、魔力が強すぎて声が響いちゃうの気にしてるのに!」
私とイグニスは、種族の垣根を超えて共鳴し合った。
セレスティアとガインたちは、ポカンと口を開けてその光景を見ている。
『ヴォルクス様……。貴方の言葉に救われました……。「無理に出てこなくていい」……その一言が、どれほど私の心を軽くしたか……』
イグニスは涙を拭った。ジュッ、と涙が蒸発する音がする。
『私、決めたんです。ここに来ようって。……だって、ここには「わかってくれる人」がいるから……』
「イグニス……」
私は感動した。初めての友達ができた気分だ。
しかし、セレスティアが我に返って叫んだ。
「ちょっと待ちなさい! ここに住むつもり!? そんな巨体で!?」
イグニスがビクッとして縮こまる。
『……や、やっぱり……迷惑……ですよね……。私なんて……どこに行っても邪魔者で……』
彼(彼女?)の自己肯定感が地の底まで低下していく。
私は慌てて叫んだ。
「迷惑じゃないよ! いていいよ! ずっといていいよ!」
『本当……ですか……?』
「うん! むしろ一緒に引きこもろう! 私の部屋は狭いけど、中庭なら広いし!」
セレスティアが頭を抱えた。
「ヴォルクス! ただでさえ管理が大変なのに、ペットまで増やす気!?」
「ペットじゃない! 友達だ!」
私はキッパリと言い返した。
初めてセレスティアに反抗した瞬間だったかもしれない。
こうして、魔王城に新たな住人が加わった。
引きこもりの炎竜イグニス(ISFJ-T / 擁護者型・慎重)。
彼は中庭の噴水を自らの炎で沸騰させ、そこを「専用温泉」として占拠することになった。
そして夜な夜な、私とイグニスは中庭で、焚き火(ドラゴンの息)でマシュマロを焼きながら、「世の中の辛さ」について語り合うのだった。
「……いいよね、イグニスは。鱗が硬くて」
『いえいえ、ヴォルクス様こそ。そのモコモコのガウン、防御力高そうですね(精神的な意味で)』
そんな私たちの様子を、塔の上から見下ろすセレスティアとリリス。
「……どうなってるの、この魔王軍」
「ふふ、最強の布陣ではありませんか。ネガティブ思考で結束した魔王と竜。ある意味、誰も手出しできませんよ」
リリスの言葉に、セレスティアは深いため息をついた。
彼女の苦労は、まだ始まったばかりだ。




