150年の時を超えた年賀状
年賀状なんて時代遅れ。新年の挨拶もスマホですませられるのに、年賀状買って送るとかありえない。郵便局員の私が言うのもなんだけど、年賀状はオワコンでしょ。
そう思っていたけどあることがきっかけでちょっと考え方が変わった。
1年の終わりが近づいてきた頃、20代後半の女性客が、茶色に変色した古めかしい年賀状を持ってやってきた。
女性客は図書館の司書で、寄贈された町の歴史書を点検している時に、ページの間にこの年賀状が挟まっていたというのだ。
普段は接客なんて全くしない局長が、女性客が持っている年賀状に顔を近づけてしげしげと眺め回した。目を見開くと感嘆の声を上げて、女性客を凝視した。どうやら明治時代に郵政制度が始まってすぐに発行された時の年賀状のようで、大変価値あるものだと大興奮。
改めて女性客に話を聞くと、寄贈したのは廃校になった小学校で、学校関係者に聞いても差出人も宛名にも心当たりがないどころか、年賀状が挟まっていたことすら知らなかったらしい。餅は餅屋ということで、郵便局に持ってきたという女性客は私の名札をじっと見て、期待に満ちた顔で年賀状を手渡してきた。
私も見た瞬間、ドキッとしたんだよね。だって宛名の名字が自分と同じ、全国でも数える程しかいない「神宿社」だったから。
女性客は年賀状の宛名を調べている時に、神宿社という郵便局員がいることを知ってここに来たらしい。つまり、最初から私目当てだったのだ。
とりあえず家に持ち帰って、祖母に見せてみると、目を丸くして、慌てた様子で家系図を取り出してきた。父の名前が一番下にあり、祖母が指を上に滑らせていくと、年賀状の宛名と送り主の名前が隣り合わせに並んでいた。
どうやらあの年賀状は、祖母から見て高祖母が高祖父に宛てた物だったらしい。戦火で焼けてしまったとばかり思っていたのに150年の時を経てこの家に戻ってきたのだ。
字が薄れて見づらいが「あなたの妻になる日が待ち遠しい」という一文が読める。当時にしては珍しく恋愛結婚だったのか。この年賀状はラブレター代わりだったのかもしれない。
あっさり判明しちゃったけど、年賀状が未だに続いていたからこそ長い時を越えて巡り合えたと思うと、この先年賀状が消えちゃうのはなんだか勿体ない気もする。
また150年後に今度は私の年賀状が子孫に見つけてもらえるかもしれない。
愛する人への想いをしたためた色あせた年賀状って、なんだかエモいかも。




