嫌いじゃない奴
美奈さんと話し合った後、俺は彼女の計らいで昼食を屋上で取ることにした。考える時間が必要だろうということで、1人にしてくれたので近くでは風の音だけが響く。
彼女に持ってきてもらったお弁当を広げて黙々と食べる。こうして静かな昼食は久々だった。
早速、自分と向き合おうと思う。美奈さんは言っていた。どんな時に、俺は静奈から離れたいと思うのか。実験的にでも、とにかくその時その瞬間の状況を把握する。
今日は早速、お昼を誘われた時に静奈から離れたいと思った。それは何故か。静奈以外から誘われれば、明るく応じていたのだろうか。微妙だ。ならば、他にどんな状況で静奈から離れようとした。
確か、静奈が他のクラスメイトとゲームの話をしている時。静奈が俺の手伝いをしようとした時。どれも似たような状況ではない。類似性は見られない。と思う。
美奈さんは軽々しく言ってくれたが、中々難しい。思い返してみても、何故静奈を避けたいと思うのか分からない。
と、無我夢中で弁当をかきこんでいるところに声がかかる。
「ねぇ。手伝ってあげようか?」
顔を上げると、色素の薄い髪を耳にかけている不和がいた。
「て、手伝うって、何を。」
「きみはどうして静奈ちゃんを避けたいか、理由を知りたいんでしょ。それを、手伝ってあげようかなって思ったんだ。」
三日月を横にしたように変わる彼女の瞳。俺は不和のことが分からなかった。彼女は気分屋でマイペースで、意味があるのかないのか分からない嘘をつく。自ずと警戒をする。
「………なにが狙いなんだ。」
「やだなぁ。親切心だよ。わたし、学校も友達も大好きだから。お手伝いしてあげたいなぁって。」
「嘘だ。この間、学校は大嫌いって言ってたじゃねぇか。」
「あれ。そうだったっけ。うーん、でも、きみのことは嫌いじゃないよ。勿論、大嫌いでもないよ。」
「じゃあなんだ。大大嫌いとか?」
「あははっ。違うってば。」
不和は隣に座る。そして、小首を傾げて俺を見上げた。可愛らしい印象とは裏腹に、彼女が次に何を言うのか針に穴を通すように神経質になる。
「嫌いじゃないよ。まぁ、好きでもないけど。……………わたしね、きみが可哀想だって思ったんだ。」
「可哀想?俺と会ってそんな経ってねぇだろ。なんでそう思うんだよ。」
「なんでって…きみの様子から?そうだね…。たとえばきみはわたしに言ったよね。寂しいから学校に来てほしいって。でもさ、友達がいて寂しいなんて普通思わないでしょ。それで寂しいなんて思うのは、きみとその友達は違うから。」
俺と静奈達は違う。それは当たり前だ。以前聞いた担当医の話を思い出す。自身と他人の境界線を引け。彼のアドバイスは理解自体は出来た。すんなりと納得はしたくないが。
だから、俺と静奈達が違うことなんて理解している。言われるまでもない。
「友達と自分が違うから寂しいってのは変だろ。それじゃあ、ドッペルゲンガーとでも友達にならなきゃ一生寂しいじゃねぇか。」
「あははっ。確かにそうかも。でも、そうじゃないよ。違うってのは1から100までってことじゃないの。むしろ、1が違うんだよ。きみとお友達は。」
「1…?根っこが違うって言いてぇのか。」
「うん。そうそう。話が早くて助かるよ。」
根っこが違う。つまりは本質が違うということか。であれば、悔しいが、納得できる。確かに俺と静奈達では本質は似ても似つかないだろう。だが、具体的に何処が違う。思い浮かばない。あるいは、浮かぶものを必死に、無意識的に押さえつけている。
臭いものに蓋をするように、俺は違いを認めたくないのかもしれない。
「それで、話を戻すとね。きみとお友達は根っこが違うから、きみが静奈ちゃんを避けたいんだとおもうよ。」
「は…?」
「わたし、静奈ちゃんと話したの。あの子すごいねぇ。わたしと仲良くなりたいから話しかけたって真正面から言ってきたの。随分、真っすぐな子なんだねぇ。だから、あの子はクラスメイトと仲良しってわけなんだねぇ。」
俺はきっと喜ばなければならなかった。登校拒否していた静奈が自分から積極的に行動しているのだから、友人としては歓迎すべきことだった。
しかし、出来ない。
「………………………。」
「それに、頭も悪くない。運動神経も悪くない。欠点らしい欠点はなさそうだねぇ。」
「…………………。」
不和を睨む。彼女の言葉が、無遠慮に入り込む前に、止めるため。
「だからこそ、嫌なんでしょ。静奈ちゃんのことが。うんうん。分かるよ。わたしも、あの子のこと大嫌いだもん。だから一緒だよ。わたしは、きみと。可哀想なきみとね。」
「…………………悪いけど、俺は静奈のこと嫌いじゃねぇ。」
「へぇ。それじゃあ大嫌い?」
「いや。友達として、大好きだ。」
「……………ふぅん。」
言葉にしてみれば簡単だった。それを気付かせてくれたのは、他でもない不和だ。
彼女は言った。俺は静奈が嫌いだと。だが、そんなことはないと言える。嫌いではないと、むしろ好きだと言える。学校に馴染もうと励む彼女を嫌いになるわけはない。
「じゃあどうして避けたいって感じるの?あぁ、もしかして好きだから照れくさくて…とか?」
「そういうんじゃねぇ。……避けたい理由は正直、分からねぇけど。…でも、あいつが嫌いだなんてのはありえねぇ。それだけは言える。」
「へぇ。そうなんだ。……残念。」
残念だなんて語る彼女が本当にそう思っているのかは分からない。しかし、俺は俺の本心に従って言葉を吐き出す。
「お前が誰を嫌いかは勝手だけどな。でも、陰口ってんならほかを当たってくれ。」
「…………………あっそう。つまんないなぁ。結局、きみもそういうタイプなんだ。」
「?そういうって、どういう…。」
「別に。何でもないよ。それじゃあわたしはこれで。ばいばい〜。」
ひとりでに納得して、不和は屋上から出ていく。
彼女の後ろ姿は不思議と寂しげに見えた。




