検診に行く奴
授業と帰りのホームルームが終わる。放課後。学生達のパラダイスタイムだ。
「おし!静奈!ゲーセン行くぞ!」
「………うん。………少し、待って。」
のぞみと静奈は鞄に教材を詰めて、早速ゲームセンターへ行くようだ。そんな様子を眺めていたのか、後ろにいた美奈さんが2人の間に入る。
「その、私も行って良いかしら…。興味、あるのよね。あぁ、だめだったら全然構わないの。」
「…………ううん。美奈ちゃんも、行こう。………きっと、楽しい。」
「!ありがとう。」
喜ぶ美奈さんとは変わって、のぞみは小さな声で、げっ、と喉を鳴らした。近くにいた俺にははっきりと聞こえた。よっぽど美奈さんが苦手なのだろう。
助けを求めるように、唇を震わせて此方に話を振ってきた。
「お、おい柳。あんたもゲーセン行くだろ?興味あるよな?な?」
「あー、悪いけどこれから用事あるから行けねぇよ。……グッドラック!」
「マジかよ…。くそっ。」
「さぁ、のんたんも行きましょう?ほら。」
笑顔な美奈さんに引っ張られるまま、のぞみは教室を出ていった。最後の彼女の表情は絶望一色。ついて行けないことに申し訳なさを覚えてしまったが、静奈もいるのでなんとかなるだろう。多分。
***
「……………うん。特に異常はないね。」
診察室で白衣に包まれた担当医の先生が言う。ふっくらとした腹がトレードマークの優しい老人だ。
俺は定期検診に来ていた。幼い頃からどうしても、身体が弱いために病院へ通っていたのだ。通っていた、というか、今の今までをほとんど病院で過ごしていたというか。
「ありがとうございました。」
「そういえば留唯くん。学校の方はどうだい?発作や喘息なんかは?」
「今のところ起きてません。……このまま3年間、過ごせば良いんですが…。」
「大丈夫さ。君なら日頃の行いも良いだろうしね。………そうだね?」
「え!?えーっと、はい。…多分。」
頬をかいて煮え切らない回答をする。正直なところ、日ごろの行いがよいかと言われれば、素直にうんとは言えない。
行いがよい、というのは一体どんな状態を指すのだろう。ある一定の規範を守ることか。それとも道徳的行動を率先して行うことか。社会の中で正しい人間が良いとされるならば、きっと俺は六法全書や憲法でも読み込むべきなのだろう。
最も、そんな気概もない人間だが。
「あぁ、そうです。最近、不登校のクラスメイトを学校に来させる手伝いをしているんです。……だから、日頃の行いは良いかもしれません。」
「ふぅむ。そうかい…。」
自信満々に答えたのだが、担当医の先生の反応は煮え切らない。
「確かにそれは立派なことだが……忘れてはいけないよ。」
「え?何をですか?」
「その不登校の生徒は人間だということをね。相手が人間ということは意志があり、それまで歩んできた道のりがある。だから、君の主張だけがまかり通ることばかりじゃない。」
「…………それは、相手のことを思い遣って過ごせってことですか。」
だとすれば、担当医の先生が言う良い日頃の行いとは道徳的な人間のことなのだろう。
「まぁ、そうだね。でも、これは相手の為でもあり君自身の為でもあるんだ。相手はあくまで他人。そう思うことも、時に必要だからね。境界線は引いておくべきだよ。」
「……………そう、なんですね。」
なんだか、俺には冷たい物言いに聞こえた。勿論、理解は出来る。自分は自分だし、他人は他人だ。相手の心のうちなんて読めないのだから、自ずと境界線で分かたれることはある。
それでも。そんな境界線さえ越えた関係を築くのは、少し憧れでもあるのだ。もしかすると、友人とはそういう関係であるのかもしれない。
高校に入るまで、入院生活を送っていた俺にはマトモな関係性など分からない。俺の中には家族、担当医の先生しか存在しなかったから。
「まぁ、これはあくまで僕の考えさ。そうだね…何か困ったら担任の先生に聞くことも考えて良いと思うよ。」
「え?先生に、ですか…。でも、先生はカウンセラーってわけじゃないですし…。」
「あははっ。良いんだよ。困ったことがあったら担任の先生に頼っても。…僕も若い頃はよく話を聞いてもらったからね。」
担当医の先生が言う若い頃がいつなのかは定かではないが、きっと随分前なのだろう。そう思わせるほど、彼の目尻には時が刻まれた皺が残っている。
「そうなんですね…。そうしてみます。」
「うんうん。それじゃあ、また次の検診で。」
「はい。今日は、ありがとうございました。」
礼をして診察室を出る。
廊下は白く、所々観葉植物の緑がアクセントとなっている。そして、ほんのりアルコールの匂いがした。




