恐怖する奴
無事に美奈さんの説得を終えた俺達は彼女のお見送りを受けて、アパートを去ろうとする。
赤錆の匂いが充満する階段を降りて、美奈さんへ手を振った。
「それじゃあ、また明日。」
「ふふっ。また明日。」
と、別れを告げている最中に、ひときわ大きな声が響く。
「み、みな姉…!?」
この声は俺が発したものではない。勿論、隣にいる先生でもない。即ち、先程までいなかった第三者ということになる。
それを確認するため振り向く。やけに聞き覚えのある声のような、そうでないような。
「あっ、のぞみ!お前か!」
「な、なんであんたらがみな姉といんだよ。」
金髪に鋭い目つきが特徴のたちばな のぞみ。彼女こそが大声を出した張本人である。
「ふふっ。どうしてって、クラスメイトだからよ?」
「クラスメイト!?みな姉、摩訶高に通うのかよ!?」
「えぇ、そうよ。…………駄目だったかしら?」
「い、いやいや、そんなことはねぇよ。むしろ、嬉しいさ!ホント!ホント!」
滝のように汗を流しながらも、のぞみはしどろもどろに弁明をしていた。随分、美奈さんに怯えているようだ。
そんな彼女の様子とは違い、美奈さん自身は何の変哲もなく笑顔のまま。
「それじゃあ、また明日ね。」
「あ、あぁ。じゃあな、みな姉。」
ぎこちなくも、取り敢えず美奈さんと別れる。
オンボロアパートを離れて少しした後。のぞみに気になっていたことを聞く。
「なぁのぞみ。お前、なんであんなにビビってたんだ?」
「なんでってなぁ。………いいか柳。忠告してやる。みな姉を絶対怒らすなよ。………痛い目みるからな。」
「つぅことは、痛い目みたからビビってるってわけか。」
「そ、そうだよ!わりぃか!?」
「悪くはねぇよ。ただ意外だっただけだ。」
考えてみれば、のぞみは静奈にもすぐに懐いていたわけだし、誰かに怯えるのも想像に容易いかもしれない。
それにしても、あのおっとりとした美奈さんがどのように変貌するのか、少し興味がある。わざと怒らせるというのは気が進まないが、見たいと思ってしまう。
「おい、変なこと考えんなよ。みな姉を怒らせたら3日は飯が喉を通んねぇからな。」
「い、一体、何されんだよ…。」
「そりゃあ絞められるに決まってんだろ。……みな姉のチョークスリーパーはかなり痛ぇからな…。」
どこか遠い目をするのぞみ。恐らく、実際にチョークスリーパーとやらを食らったのだろう。
やはり、なるべく美奈さんを怒らせないようにしよう。ひっそりと決心をして、帰路につくのだった。




