楽しんだ奴
お昼、そして午後の授業を終えた俺達。帰りのホームルームも無事に過ぎていく。
「先生は職員会議があるので、今日はここまでです…。それではみなさん、さようなら…。」
「「さ、さようなら。」」
早めにホームルームを切り上げた先生はやけに気落ちしていた。それほど職員会議とやらが気重なのだろう。学生である俺には予想もつかないが、少し同情する。まぁ、今できることはないので取り敢えず帰ることにしよう。
隣の席に立てかけてあるタブレットを抱える。
「よし。帰ろうぜ静奈。」
「……柳くんは、ぶ、部活とかないの…?」
「おう。つうか、この学校、部活ないらしいぞ。」
「そ、そうなんだ…もしかして摩訶高ってちょっと変な学校…?」
「あぁ。もしかしなくとも変な学校だな。」
入学してから、俺も静奈のように驚いてばかりだ。まぁ、楽しくないのかと聞かれればノーだが。
兎にも角にも、俺はタブレットを持って教室を出て昇降口へ向かう。靴を履き替え、タブレット越しに静奈へ話しかける。
「そういや、俺の家、お前の家の隣なんだぜ。」
「…お隣さんだったんだ…。気付かなかった…。」
「俺も俺も。それでよ、隣ってことは登校も一緒に出きるから、してみねぇか?もちろん、カメラを付けなくてもいいからよ。」
「…………………うん。……そうしようかな。」
「よっし!そんじゃ、タブレットの充電はちゃんとしとけよ!朝から電源切れちまったらテンション下がるからな!」
「…………分かった。……明日、楽しみにしとくね。」
通学路には小学生が列をなして帰宅していた。先頭の男子生徒が急に走り出す。それを追いかけるため、後続の生徒がやいのやいの言いながらも走っていく。元気なことだ。
なんというか、普通の帰宅風景といった感じである。まさしく、俺の理想に近い。
「……………元気だね。……あの小学生…。」
「ははっ、だな。でもまぁ、小学生はあんなもんじゃねぇか。」
「確かに…普通はみんな元気だよね…。」
「………?静奈…?」
静奈の様子がおかしい。先までと違い、急に声の調子が落ちたのだ。もしや、小学生に思うところがあったのだろうか。たとえば小学生の時に何かトラウマになるような出来事でもあったとか。
俺が質問をする前に、タブレットから声がする。
「……………ごめん。柳くん。……やっぱり、私、学校には行けそうもないよ…。」
「え!?……学校の雰囲気、合わなかったか?」
「………ううん。……むしろ、楽しかったよ。……でも、だからこそ……私は行けない。……………私ね……出来て当たり前のことが出来ないの…。」
ぽつぽつとノイズ混じりの音声が、彼女の心のうちが暴かれていく。
「………別に、虐められたわけでもないのに……たった一回、学校を休んじゃってから………家から出るのに足が、止まるようになっちゃったんだ………変だよね…………私、おっきな理由もないのに…………なのに、学校に行けないの……。でも……柳くんは……違うから…。だから、もう…。私に時間を使わないで…大丈夫…。」
涙交じりで拙いながらも、それは静奈の本音であるように思えた。だが、本音を打ち明けられたから、彼女の言う通りもう関わらないなんてことは論外だ。
「悪ぃけど、俺はこれからもお前と過ごすぜ。」
「……………なんで。……もったいないよ、
そんなの。」
「俺はもったいないなんて思わねぇな。そもそも、クラスメイトと過ごす時間が勿体ないなら、学校に行くのが勿体ねぇと思うぞ。」
静奈の気持ちに寸分狂わず共感できるわけではない。俺は、彼女のような経験はない。毎朝、学校が楽しみで、心弾ませながら玄関を通る。しかし、静奈はそうではないのだ。
ならば、共感は出来なくとも寄り添うことはしたい。折角クラスメイトになったのだから、関わらないだなんて寂しいだろう。
「静奈。俺は1ヶ月だって、3年だって、10年だって、タブレット抱えて過ごすぜ。お前はクラスメイトなんだ。なら、一緒に楽しく過ごしてぇよ。」
「……………………10年は、もう卒業してるよ。」
「分からねぇぞ?留年しちまうかもしれねぇ。」
「柳くんは分からないけど、私は成績の心配はないし、留年しないかな…。」
「お、俺も大丈夫だよ!……多分!」
「…………ふふっ。そっか。」
暗い声とは打って変わって、声音が柔らかくなる。少しは落ち着けたのだろうか。
「あのね…柳くん…。明日の朝、私の家の前で待っててくれる…?」
「おう!待ってるぜ!じゃあ、また明日な!」
俺の家に辿り着いたので挨拶をしてタブレットの電源を切る。静奈は考え直してくれたようだし、また明日から学校で会えるはず。たとえタブレット越しでも、誰ひとりいない教室なんかよりもよっぽど楽しいだろう。




