入学した奴
新学期。それは胸躍る時期。高校一年、柳留唯。朝から鏡を前に格闘中。なんと言っても新学期。気合を入れに入れて登校しなければ。慣れないワックスに手をベタベタにしながら、自分の髪とにらめっこをしている。かれこれ1時間だ。
「留唯ー!遅刻するわよー!」
「はーい!」
母親の声がする。俺は急ぎ洗面台から離れて玄関へ向かった。正直、あと三十分は格闘したかったのだが、時間がそれを許してはくれない。
「気をつけていきなさいね。くれぐれも無理はだめよ。」
「勿論!そんじゃ、いってきまーす!」
新品のローファーが太陽の光で煌めく。なんて眩しいんだ。待ちに待った学校。楽しみで仕方がない。
俺が通うことになった摩訶高等学校は家からかなり近い。時間にして徒歩5分。近い。近すぎる。もはや学校のためにこれからの3年間は生きるのかもしれない。なんて思っていると、これまた長く黒い車が直ぐ側を通る。随分高そうだなぁ、だとか、ホストやキャバ嬢が乗ってるのかなぁとか、思っているとその後ろもまた長黒い車が続くことに気付いた。
「多すぎじゃね…?」
電車の如く横を通過している高級車。なんというか、俯瞰しているとおかしな光景だ。車が蛇のように繋がっていると錯覚してしまうほど近くで走っているのだ。いったい車間距離はどうしたんだというんだ。
とはいっても、こんなおかしな光景は摩訶町ではよく見る。引っ越して数年。どうやらこの町は少しズレているらしい。
と、そんなこんなで俺の晴れ舞台である摩訶高に辿り着いた。教室はチェック済みだ。入学前に、こっそり学校に忍び込んでマッピングをしたのだ。下調べには余念がない。
浮足立ちながら、ご自慢のマップを片手に教室へ向かう。俺のクラスは1年鹿組だ。そう、鹿だ。何故鹿なのか。理由はよく分からないが、まぁこの際どうだっていい。大切なのは、何よりもクラスメイト及び教師だ。彼らの存在こそ、学校生活の要なのだから。
新たに出会うであろう人々へ思いを馳せて、教室の扉を開く。まずは、変に目立たないこと。着実に、そして誠実に友人を作ろう。なんて心づもりをしていた俺の姿は、数秒後には消し去られていた。
何故か。それは、単純。肝心の人間が教室に居ないのだ。誰ひとりも。
「…………お、おかしいな。他のクラスには生徒いるもんな…?なんでだ?」
姿が見えなくなるという新手の幻覚かもしれない。そう思い、教室のドアを5,6回開けしめする。ガラガラと音が鳴る。それだけ。教室の中は変わらず閑散としていた。
「まぁまぁ。俺のクラスメイトはねぼすけなんだな…。よぉし、一番乗りってことで。」
ここはポジティブにいこう。俺は早速自席へ座る。さて、次に来る生徒は誰かな。爽やかな笑顔輝かせるサッカーボーイ?儚さ滲み出る文学少女?
期待を膨らませて、そして、足をぶらぶらと動かし待つ。
が、待てども待てども待望の生徒はやって来ない。どうして。
まさかデスゲームにでも巻き込まれたのか。だとすれば教室が開くか確認しなければ。席を立ち、入り口に近付く。すると、
がらり。変哲のない扉は特徴のない音で開く。
「あ、すんません。」
「いえ。こちらこそごめんなさいね。」
眼鏡をかけ、スーツを着た女性が謝罪する。ウェーブの短い髪が僅かに揺れた。
随分若く見えるが服装からして教師だろう。俺は取り敢えず大人しく席に戻った。それを見た教師は手を叩き、笑顔で言う。
「さて。揃ったことですしホームルームを始めますね。」
「…………………え?」
「?」
この女性は今、なんと言ったのだろう。揃った?揃ったって、何がだ?まさか、クラスメイトが、生徒が揃っただなんて言わないだろうな。いやまさか、そんなはずはない。だって、机も椅子もまだまだ余っているんだ。
だから、まだまだクラスメイトは増えるだろう。普通に考えればそうだろう。しかし、俺のそんな普通は先生のひとことに打ち砕かれた。
「揃いましたよ。貴方で鹿組は全員です。」
「はぁ!?ほ、本気ですか!?」
「はい。あ、いえ、正確に言うと全員ではありませんね…。」
「どんぶり勘定でも全員じゃないと思いますよ!?」
「そうですか…?随分小さなどんぶりですね…。」
先生はさらりと俺の言葉を流す。なんだかマイペースな先生だ。兎に角、彼女のさっきの発言を聞き返そう。
「そ、それで、正確に言うと全員じゃないってのは…?」
「えっと…。記録上はあと15人在籍しているということなので、全員来てはいないということです。」
「15人も来てないんですか…。遅刻とか…?」
「いえ。登校拒否です。」
「15人全員!?」
「はい。15人全員。」
律儀に復唱をしてくれたところ悪いが、とても信じられる状況じゃない。なんだって、俺以外のクラスメイト全員が登校拒否なんだ。
これから先の学校生活に不安を覚えながらも、朝のホームルームに突入する。




