台風なのに兄が出かけると言って聞かない
『台風15号は現在和歌山県に上陸し、日本全土に影響を与える模様です。不要不急の外出は控え、自宅で待機してください』
テレビのニュースではずっと台風情報が流れている。学校も休みになって暇な私は、ただそのニュースを見る以外やることが無かった。
休みになったらなったで暇だなー。友達とも遊べないし、家にあったおせんべいはもう食べちゃった。でも外は危ないから、こうやって家でのんびりするのも悪くないよね。
お皿に残ったおせんべいのカスを指にくっつけて舐めていると、階段を下りる足音が聞こえてくる。勢い良くドアを開けたのは、お兄ちゃんだ。
「じゃあ行ってくる!」
「ええええ!? いやいやちょっと待ってお兄ちゃん、どこ行くの!? 外台風だよ!?」
「どこって決まってるじゃないか。川に鮭を取りに」
「お兄ちゃんクマだったっけ!? なんでこのタイミングで川に!?」
「川が俺を呼んでいるのが聞こえるからさ!」
「聞き間違いだよ! 今呼んでるとしたらそれは三途の川だよ!」
お兄ちゃんはポンと私の肩に手を置き、優しい表情で語りかけてきた。
「妹よ。男には死ぬと分かっていても向かわなければならない時がある。今がそれだ」
「ああダメだ! 台風でテンション上がるタイプだこの人!」
「待ってろよニジマス! 俺がこの手で掴み取ってやるぜ!」
「鮭って聞いてたんだけど!?」
半袖短パンで外に出ようとするのを必死で止めて、お兄ちゃんを椅子に座らせた。
「あのねお兄ちゃん。今危ないから外に出るなって言われてるの! この大雨じゃ川だって流れが早くなってるでしょ? ほんとに死んじゃうよ?」
「覚悟の上だ」
「なんで潔いの!? もっと人生大事にしなよ!」
「だが今我が家には食糧が少ない。今俺が魚を取って来なければ、どうなってしまうか分からないぞ?」
「徒歩1分にコンビニあるよね!?」
「いやコンビニの食べ物はあまり体に良くないから」
「今川に行く方が良くないでしょ!? コンビニに謝った方がいいよ!?」
「SORRY BOY……」
「ジョー・ギ〇ソンの謝り方! コンビニのことボーイだと思ってたの!?」
さてはお兄ちゃん、ふざけてるよね? いつもふざけてる感じはあるけど、今日は台風でテンションが上がって、よりふざけてる気がするよ。ほんとバカなんだからうちのお兄ちゃんは!
「時に妹よ。洗濯物が溜まっていたな?」
「ああそうだね。溜まってるけど今日は天気がこれだから、洗濯はできないかなあ」
「甘ったれたことを言うんじゃないッ!!」
「ええ!?」
「妹よ、お前がどう思っていようとも、俺は必ず洗濯を成し遂げる! 絶対にな」
「キャラどうしちゃったの!?」
「じゃあ川で洗濯してくるから、洗濯カゴ持って来てもらえる?」
「桃太郎じゃないんだから! どうすんのさ大きな桃が流れて来たら!」
「ドローンブランコ、ドローンブランコってな」
「どんぶらこどんぶらこだよ! 何その近未来の遊具は!?」
「しかし本当に流れて来たら持って帰らないとな。ちゃんとマスカット太郎って名付けないと」
「流れて来るのマスカットだと思ってたの!? 仮に流れて来てもスルーだよそんなの!」
ずっと何言ってるのかなお兄ちゃんは? とりあえず台風の中出かけようとしてるのだけは止めないとね! こんなお兄ちゃんでも、死んじゃったら悲しいもんね。
「ていうかさ、なんでお兄ちゃんはそんなに外に出たいの? こんな日ぐらい家でゆっくりしたらいいじゃん」
「特に理由は無いさ……。ただ、少し風に当たりたくなってな」
「そんなノリで外出たら吹き飛ばされるよ!? 今風めちゃくちゃ吹いてるよ!?」
「風に吹かれて飛ばされる……。そんな儚い男を目指してるのさ」
「目指さなくていいから家にいてね!? あとキャラどうしちゃったの!?」
「とにかく俺は外に出る! 嵐の中を進んでこその無謀だ!」
「もう無謀って言っちゃってるじゃん! そんなルビ見たこと無いけど!?」
私たちがギャーギャー言い合っていると、キッチンにいたお母さんがエプロンを外しながら入って来た。
「あんたたち、お昼ができたよ。アホなこと言ってないでさっさと食べな」
「母よ。今日のメニューは何だ?」
「今日は珍しいメニューにしたよ。パッタイっていう焼きそばみたいな料理なんだけどね」
……ん? パッタイ? パッタイって確か……。
「そう! 外が台風だから、今日はタイ風にしてみました! どうだいお母さんのこのセンス! 芸人になれるかな?」
「なれないよしょうもないな! なんでダジャレでメニュー決めちゃったの!?」
「母よ。素晴らしいセンスだ。俺とコンビを組まないか?」
「なんで母親と兄がコンビ組んでるの見なきゃいけないの! 無理だよあんたらじゃ!」
何故かテンションの高いお母さんとお兄ちゃんは、そそくさと席についてパッタイに手をつける。
私も倣ってパッタイを食べようとすると、お兄ちゃんが勢い良く立ち上がった。
「ふぁふふぇふぇふぃふぁ! ひょうはへんへふふぁふぁるんふぁ!」
「飲み込んでから喋ってくれる!?」
「忘れていた! 今日は面接があるんだ!」
「面接……? ああ、バイトの面接ね? どんなお店受けるんだっけ?」
「オーダーネクタイの店だ! その人に合ったネクタイを作る、画期的な店だぞ! 働くのが憧れだったんだ」
「へえー。そんなお店あったっけ? なんて名前のお店?」
「妹よ、察しが悪いぞ。このタイミングでこの話をすると言うことは、店の名前は決まっているだろう」
「……いや、意味が分かんないけど」
「店の名前は、『Tie Who』だ!」
「ああこれがオチだったのね!? ずっとしょうもないな!」
店の名前を言えて満足したお兄ちゃんは、パッタイを平らげて部屋に戻って行った。
……いや出かけないんかい!