体育祭の熱戦
九月に入り、陽向学園では体育祭の準備が始まっていた。
美月は生徒会として、各種目の運営や進行の準備に追われていた。今年は例年以上に盛り上がりそうで、特に注目されているのは男子リレーだった。
「今年は2年A組と2年B組の対決が面白そうですね」海斗先輩が資料を見ながら言った。
「どうしてですか?」美月が尋ねる。
「照井君と嵐山君が、それぞれのクラスのアンカーになったんですよ」
美月は驚いた。陽斗と颯太が直接対決することになるとは。
「これは見ものですね」海斗先輩は楽しそうに笑った。
その日の放課後、美月はクラスの体育祭準備を手伝っていた。2年A組では、応援団の練習が行われている。
「美月、応援団長お疲れさま」陽斗が声をかけてきた。
「照井君もお疲れさま。リレーのアンカーなんですって?」
「うん」陽斗は少し緊張した表情を見せた。「颯太と直接対決になっちゃった」
「大丈夫?」美月が心配そうに尋ねる。
「正直、緊張してる」陽斗は苦笑いした。「颯太は昔から足が速かったから」
「でも照井君だって、バスケで鍛えてるじゃない」
「ありがとう。美月がそう言ってくれると心強いよ」
その時、教室に颯太が現れた。
「よお、陽斗。練習はどうだ?」
「颯太...」陽斗が振り返る。
「体育祭のリレー、楽しみにしてるぜ」颯太はニヤリと笑った。「久しぶりに、お前と本気で勝負できる」
「僕だって負けるつもりはないよ」陽斗も負けじと答えた。
美月は二人の間に流れる緊張感を感じていた。これは単なるスポーツの勝負以上の何かがありそうだった。
体育祭当日の朝、空は快晴だった。
美月は生徒会として早めに学校に来て、最終準備を行っていた。競技用具の確認、放送設備のチェック、来賓席の準備など、やることは山積みだった。
「美月、お疲れさま」
振り返ると、豊が差し入れのお茶を持ってきてくれていた。
「豊君、ありがとう」美月は嬉しそうに受け取った。
「今日は忙しくなりそうだね」
「そうですね。でも、みんなが楽しめる体育祭にしたいです」
「美月らしいな」豊は微笑んだ。「ところで、リレーの件、知ってる?」
「照井君と颯太君の対決?」
「そう。投資的観点から言うと、これは大きな転換点になりそうだ」
美月は豊の言葉の意味を考えた。確かに、今日の結果が何かを変えるような気がしていた。
午前中は個人競技が中心だった。美月は放送席で進行を担当していたが、時々グラウンドに目をやると、陽斗や颯太の姿が見えた。
陽斗は100メートル走で3位、颯太は200メートル走で1位だった。颯太の方が足は速いようだった。
昼休み、美月は一人で校舎の屋上にいた。午後からの進行について最終確認をするためだったが、実際は少し一人になりたかったのだ。
「美月」
振り返ると、陽斗が立っていた。体操服姿で、少し汗をかいている。
「照井君、どうしたの?」
「君を探してた」陽斗は美月の隣に立った。「午後のリレー、見ててくれる?」
「もちろん。でも、私は放送席にいるから...」
「それでもいい。美月が見ててくれると思うと、頑張れる」
美月の胸がドキドキした。陽斗のそんな言葉を聞くと、なぜか嬉しくなってしまう。
「必ず見てます」美月は笑顔で答えた。
「ありがとう」陽斗も笑顔になった。「僕、今日は絶対に勝つ」
その決意に満ちた表情を見て、美月は胸が熱くなった。
午後一番は、いよいよ男子リレーだった。
各クラスの代表4名が、400メートルトラックを100メートルずつ走る。2年A組は陽斗がアンカー、2年B組は颯太がアンカーだった。
「それでは、2年生男子リレーを開始します」美月がマイクで実況を始めた。
スタートの合図で、各クラスの1走が飛び出した。最初は2年C組がリードしていたが、2走で2年A組が追い上げ、3走で2年B組がトップに立った。
そして、ついにアンカーへのバトンタッチ。
2年B組の颯太が少しリードしている状態で、陽斗がバトンを受け取った。
「アンカー勝負です!」美月が興奮して実況する。
颯太は最初から全力で飛び出していた。長い脚で力強く走る姿は、まさに風のようだった。
一方、陽斗も負けじと全力で走っている。颯太を必死に追いかけていく。
中間点を過ぎても、颯太がリードを保っている。観客席からは「颯太!」「陽斗!」と両方に声援が飛んでいた。
しかし、最後のカーブで変化が起きた。
陽斗が一気にスパートをかけたのだ。バスケで鍛えた瞬発力と、持ち前の集中力で、颯太との差を縮めていく。
「照井選手、猛追です!」美月は思わず興奮して叫んだ。
ホームストレートに入ると、二人はほぼ並んだ。颯太も必死に足を動かしているが、陽斗の追い上げは止まらない。
そして、ゴール直前。
陽斗が颯太を抜いた。
「2年A組の勝利です!」美月がマイクで発表すると、会場は大きな歓声に包まれた。
陽斗はゴール後、その場に座り込んでしまった。全力を出し切った証拠だった。
颯太も息を切らしながら、陽斗のところに歩いてきた。
「お疲れ、陽斗」颯太は手を差し出した。
「颯太...」陽斗は颯太の手を取って立ち上がった。
「いいレースだった」颯太は笑顔で言った。「お前の勝ちだ」
「ありがとう」陽斗も笑顔で答えた。
二人は固く握手を交わした。その姿を見て、観客席からさらに大きな拍手が起こった。
美月は放送席からその光景を見ていて、胸が熱くなった。陽斗の頑張りも、颯太の潔さも、どちらも素晴らしかった。
体育祭が終わった後、美月は後片付けをしていた。
「美月、お疲れさま」
振り返ると、陽斗が立っていた。まだ体操服のままだが、さっきよりも落ち着いて見える。
「照井君、優勝おめでとう」美月が祝福した。
「ありがとう。美月が見ててくれたから、頑張れた」
「本当にかっこよかったです」美月は心から言った。
陽斗の頬が少し赤くなった。「そう言ってもらえると嬉しいよ」
その時、颯太もやってきた。
「陽斗、改めてお疲れ」
「颯太もお疲れさま。いいレースだった」
「ああ。久しぶりに本気で走れて楽しかった」颯太は清々しい表情をしていた。
美月は二人を見比べた。どちらも魅力的だった。陽斗の最後まで諦めない強さ、颯太の負けを認める潔さ。
「二人とも、素晴らしいレースでした」美月が言った。
「ありがとう、美月」陽斗が答える。
「美月に褒められると、負けた甲斐があるな」颯太も笑った。
その後、三人は一緒に後片付けを手伝った。いつの間にか、三人の間の気まずさが少し和らいでいるような気がした。
夕方、美月は一人で帰路についていた。今日の体育祭を振り返りながら歩いている。
陽斗の走る姿が印象的だった。最後まで諦めずに、颯太を抜き去った瞬間は本当にかっこよかった。
でも、颯太の潔い態度も素敵だった。負けを素直に認めて、陽斗を祝福する姿は大人っぽくて魅力的だった。
(私の気持ちは、どちらに向いているんだろう...)
美月はまだ答えを見つけられずにいた。でも、今日のことで、二人への印象が少し変わったような気がした。
家に着いて、美月は窓から夜空を見上げた。今夜は三日月が出ている。
(もう少し、時間をください...)
美月は心の中でそう呟いた。答えは、まだ見つからなかった。しかし、今日という日が、また一つ大切な思い出になったことは確かだった。
「お疲れさま、美月」
後ろから声をかけられて振り返ると、豊が立っていた。
「豊君?どうしてここに?」
「通りかかったんだ。体育祭、お疲れさま」
「ありがとう。豊君も応援してくれてたよね」
「うん。いいレースだった」豊は少し考えてから続けた。「美月、今日のレースを見てどう思った?」
「どうって...」
「照井君と嵐山君、どっちが印象に残った?」
美月は答えに詰まった。どちらも印象的だった。
「両方とも、素晴らしかったです」
「そうだね」豊は微笑んだ。「でも、美月の表情を見てると、答えは出てるような気がするよ」
「え?」
「投資的観点から言うと、今日は大きな判断材料になったんじゃないかな」
豊はそう言って去って行った。美月は一人残されて、豊の言葉を考えていた。
(私の表情?私は、どんな表情をしていたんだろう...)
美月は自分でも気づかないうちに、心が動いていたのかもしれなかった。