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夏祭りの夜

文化祭から一週間が過ぎた。


美月は相変わらず、陽斗と颯太からの告白への答えを出せずにいた。学校では普通に接しているが、二人の視線を感じるたびに胸がドキドキしてしまう。


「美月、最近顔色が悪いよ?」


昼休み、豊が心配そうに声をかけてきた。


「そうかな...」美月は曖昧に答えた。


「もしかして、例の件で悩んでる?」豊は眼鏡をクイッと上げた。「照井君と嵐山君からの告白の件」


美月は少し困ったような表情をした。「豊君...」


「投資的観点から言うと、優柔不断は機会損失を招きますよ」豊は続けた。「でも、僕の気持ちも伝えた以上、美月が納得できる答えが見つかるまで、僕は待ってるから」


「豊君、ごめんなさい」美月は申し訳なさそうに言った。「あなたの気持ちは嬉しいけれど...」


「分かってるよ」豊は優しく微笑んだ。「幼馴染の僕を急に恋愛対象として見るのは難しいでしょ?でも、気持ちだけは伝えておきたかったんだ」


「豊君...」


「美月の幸せが一番大切だから」豊は真剣な表情になった。「だから、自分の気持ちに正直になって」


その日の放課後、生徒会室で書類整理をしていると、陽斗がやってきた。


「美月、お疲れさま」


「照井君、お疲れさまです」


「あの...今度の日曜日、駅前で夏祭りがあるんだ」陽斗が切り出した。「もしよかったら、一緒に行かない?」


美月は迷った。二人きりで出かけるのは、今の状況では...


「あ、でも無理しなくてもいいよ」陽斗は慌てて手を振った。「ただ、美月にも楽しんでもらいたくて」


「私...」美月が答えを迷っていると、生徒会室のドアが開いた。


「よお、お疲れさん」


颯太が現れた。


「颯太君」美月が振り返る。


「なんだ陽斗、美月を誘ってるのか?」颯太は陽斗を見た。


「夏祭りに一緒に行かないかって話してたんだ」


「なるほど」颯太はニヤリと笑った。「それなら俺も行くぜ」


「えっ?」陽斗が驚く。


「同じ祭りなんだろ?偶然会うかもしれないじゃないか」颯太は肩をすくめた。


美月は困惑した。これでは三人で行くようなものではないか。


「あの...」美月が口を開きかけた時、また生徒会室のドアが開いた。


「失礼します」


今度は明が現れた。弓道部の練習着を着ている。


「春日さん?」


「生徒会長、お疲れさまです」明は丁寧にお辞儀した。「実は、お祭りの件でご相談が...」


「お祭り?」


「今度の日曜日の夏祭りで、弓道部が的当てゲームの手伝いをすることになったんです」明が説明した。「でも人手が足りなくて...もしお時間があれば、お手伝いいただけませんか?」


美月は運命的なものを感じた。


「分かりました。お手伝いします」


「本当ですか?ありがとうございます!」明の顔が輝いた。


陽斗と颯太は複雑な表情をしていた。


当日の夕方、美月は浴衣を着て夏祭りの会場に向かった。薄紫色の浴衣に白い帯、髪には小さな花飾りをつけている。


祭りの会場は既に多くの人で賑わっていた。屋台が立ち並び、提灯の明かりが美しく輝いている。


弓道部のブースを見つけて向かうと、明が浴衣姿で待っていた。濃紺の浴衣がよく似合っている。


「美月さん!」明が手を振った。「ありがとうございます」


「こちらこそ。春日さんも浴衣、とてもお似合いですね」


「ありがとうございます」明は少し照れながら答えた。


的当てゲームの手伝いは思ったより簡単だった。子供たちに矢を渡したり、的を直したり、景品を手渡したりする。


「美月さん、優しいですね」明が作業をしながら言った。


「そんなことないですよ」


「照井先輩も嵐山先輩も、美月さんのことが好きなのがよく分かります」明は真剣な表情になった。「でも、美月さんはどちらがお好きなんですか?」


美月は手を止めた。「それは...」


「すみません、変なことを聞いて」明は慌てた。「でも、僕は美月さんに幸せになってほしいんです」


その時、ブースの前に人影が現れた。


「美月!」


振り返ると、豊が浴衣姿で立っていた。紺色の浴衣に黒い帯、普段とは違った大人っぽい雰囲気だった。


「豊君?」


「偶然だね。僕も家族と一緒に来てたんだ」豊は的当てを指差した。「やってもいい?」


「もちろんです」明が矢を渡した。


豊は見事に的の中心を射抜いた。


「すごいじゃないか」見慣れた声が聞こえた。


今度は陽斗が現れた。白地に青い模様の浴衣を着ている。


「照井君も」美月が驚く。


「僕も家族と来てたんだ」陽斗は照れながら言った。「美月の浴衣、とてもきれいだね」


美月の頬が赤くなった。


「俺も混ぜろよ」


また新しい声がした。颯太だった。黒い浴衣に赤い帯という、彼らしい格好だった。


「颯太君まで...」


「偶然だな」颯太はニヤリと笑った。「でも美月、その浴衣似合ってるぜ」


美月は困惑した。なぜかみんな同じ祭りに来ている。


「あ、そうだ」明が提案した。「みんなでお祭りを回りませんか?僕の手伝いも、もうすぐ終わりますし」


「いいね」豊が賛成した。


「僕も賛成」陽斗も頷いた。


「面白そうじゃないか」颯太も同意した。


こうして、五人で夏祭りを回ることになった。


最初に向かったのは、たこ焼きの屋台だった。


「美月、何味がいい?」陽斗が尋ねた。


「え、でも自分で買いますよ」


「いいから、遠慮しないで」


「だったら、ソース味をお願いします」


陽斗がたこ焼きを買ってくれている間、颯太が隣に来た。


「美月、後で一緒に金魚すくいやらないか?」


「金魚すくい?」


「俺、意外と上手いんだぜ」颯太は自慢げに言った。


一方で、豊は明と話していた。


「春日さん、弓道部なんですね」


「はい、そうです」明が答える。「...あの、稲荷井先輩」


「はい?」


「照井先輩のこと、どう思われますか?」明は急に話題を変えた。


豊は少し驚いた。「照井君?いい人だと思いますよ」


「僕、照井先輩をとても尊敬しているんです」明は続けた。「でも...照井先輩は美月さんがお好きなんですよね」


「そうですね...」豊は複雑な表情をした。


「見てれば分かります」明は微笑んだ。「でも、美月さんの気持ちは別のところにあるような気がします」と少し希望を込めて続けた。


その後、五人は射的、輪投げ、かき氷など、様々な屋台を回った。みんな浴衣姿で楽しんでいる様子は、まるで仲の良い友達グループのようだった。


でも、美月には微妙な緊張感があった。陽斗と颯太が、さりげなく自分への気遣いを見せてくれるのが嬉しい反面、どちらにも同じように接することに罪悪感を感じていた。


祭りも終盤になった頃、五人は花火を見るために河原に向かった。


「きれいですね」美月が夜空を見上げた。


花火が次々と打ち上げられ、色とりどりの光が空を彩っている。


「本当にきれいだ」陽斗も同じように空を見上げた。


「祭りの花火は格別だな」颯太も感心している。


明は静かに花火を見つめていたが、時々陽斗の横顔を見ていた。


豊は美月の表情を見ていた。花火の光に照らされた美月の顔は、とても美しかった。


「あ」美月が小さく声を上げた。


浴衣の帯が少し緩んでしまったのだ。


「大丈夫?」陽斗が心配そうに近づく。


「少し緩んでしまって...」


「僕が直そうか?」


「いえ、大丈夫です」美月は慌てて手を振った。


その時、明が前に出た。


「美月さん、僕が直します」


「でも...」


「大丈夫です。着付けは得意なんです」明は手慣れた様子で美月の帯を直してくれた。


「ありがとう、春日さん」


「どういたしまして」明は微笑んだ。


陽斗と颯太は、明の手際の良さに感心していた。


花火が最高潮に達した時、美月は不思議な感覚に包まれた。まるで時が止まったような、特別な瞬間だった。


隣には陽斗がいて、少し離れたところに颯太がいる。豊と明も一緒にいる。みんなそれぞれ違う想いを抱えているけれど、今この瞬間は平和で美しかった。


「美月」陽斗が小さく呟いた。


「はい?」


「今日は楽しかった。ありがとう」


「私こそ、ありがとうございました」


その時、颯太も振り返った。


「美月、今度は俺と二人で出かけないか?」


美月は困った。みんなの前でそんなことを言われても...


「颯太君...」


「あ、今すぐ答えなくてもいい」颯太は手を上げた。「でも、考えておいてくれ」


豊は黙ってその様子を見ていた。明は内心で(頑張って、颯太先輩...)と思いながら、複雑な表情をしていた。


花火が終わり、五人は駅まで一緒に歩いた。


「今日は楽しかったですね」明が言った。


「うん、みんなでいると楽しいね」陽斗が同意した。


「また今度、みんなで出かけないか?」颯太が提案した。


「いいですね」豊も賛成した。


美月は微笑んだ。確かに今日は楽しかった。でも、この複雑な関係をいつまで続けられるのだろうか。


駅で別れる時、陽斗が美月に近づいた。


「美月、今日は本当にありがとう」


「こちらこそ」


「その...僕の気持ちは変わらないから」陽斗は小さく言った。「でも、急かすつもりはないよ」


颯太も最後に言った。


「美月、俺も陽斗と同じ気持ちだ。でも、お前が決めることだからな」


豊は何も言わずに、ただ「お疲れさま」とだけ言って去って行った。


明は最後に美月に言った。


「美月さん、今日はありがとうございました。とても楽しかったです」


「私も楽しかったです、春日さん」


家に帰る電車の中で、美月は今日のことを振り返っていた。


陽斗の優しさ、颯太の情熱、豊の支え、明の気遣い。みんなそれぞれ素敵だった。


でも、自分の心は誰に向いているのだろう。


窓の外を見ると、まだ遠くで花火が上がっているのが見えた。美しい光が夜空を彩っている。


(もう少し、時間をください...)


美月は心の中でそう呟いた。答えは、まだ見つからなかった。

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