初めての文化祭
文化祭当日の朝、陽向学園は祭りのような賑わいに包まれていた。
美月は早めに学校に着き、文化祭の運営確認を行っていた。各クラスの出し物のタイムスケジュールをチェックし、来賓の受付準備、そして有志発表の機材確認など、生徒会長として今日は特に忙しい一日になりそうだった。
「美月、お疲れさま」
振り返ると、陽斗が現れた。いつもより少し緊張した表情をしている。
「照井君、お疲れさまです。緊張してます?」
「うん、ちょっと」陽斗は苦笑いした。「人前で演奏するなんて、久しぶりだから」
「大丈夫ですよ。練習であんなに上手だったんですから」
「ありがとう。美月がそう言ってくれると、心強いよ」
二人がそんな話をしていると、生徒会室のドアが開いて颯太が入ってきた。
「よお、二人とも」
颯太が現れた。ギターケースを背負っている。
「颯太君、おはよう」美月が挨拶する。
「準備はどうだ?」颯太は陽斗に尋ねた。
「ドラムセットの設営は済んでるよ」陽斗が答える。
「そうか」颯太は少し安堵したような表情を見せた。「実は、俺も緊張してるんだ」
美月は意外だった。颯太が緊張するなんて想像していなかった。
「颯太君でも緊張するんですね」
「当たり前だろ」颯太は照れながら頭を掻いた。「特に、美月の前で格好悪いところは見せられないからな」
美月の頬が赤くなった。
その時、廊下から明るい声が聞こえてきた。
「おはようございます!」
現れたのは明だった。ベースケースを持っている。
「春日さん、おはよう」美月が笑顔で迎えた。
「今日は楽しみです」明の目が輝いていた。「照井先輩と一緒に演奏できるなんて、夢みたい」
「明ちゃんも上手だから、きっと大丈夫だよ」陽斗が励ました。
「みんな、準備はいいか?」
航も現れた。ハーモニカを手に持っている。
「航、お前も緊張してるのか?」颯太が尋ねる。
「まあ、少しはな」航は笑った。「でも、みんなと一緒なら怖くない」
午前中は各クラスの出し物や展示を見て回る時間だった。美月は生徒会の仕事で忙しかったが、合間を縫ってバンドメンバーと一緒に学校を回った。
2年A組の美月のクラスは、演劇をやっていた。『シンデレラ』の現代版アレンジで、美月はナレーション役、陽斗は王子役、麗奈がシンデレラ役を担当していた。
演劇が終わった後、控え室で着替えながら。
「美月のナレーション、とても良かったよ」陽斗が言った。
「ありがとうございます。照井君の王子様も格好良かったです」美月は少し恥ずかしそうに微笑んだ。
そこに颯太がやってきた。
「見に行ったぞ。美月のナレーション、落ち着いててよかったな」颯太が言った。
「ありがとうございます」美月が答える。
「それに厳島のお嬢様役も、なかなか様になってたじゃないか」
「麗奈さん、とても美しかったですね」美月が同意した。
2年B組の颯太と航のクラスは、お化け屋敷をやっていた。
「すごい迫力ですね」美月が感心する。
「颯太が脚本を書いたんだ」航が自慢げに言った。
「颯太君が?」美月は驚いた。
「まあな」颯太は照れながら答えた。「昔から、そういうの得意だったんだ」
美月は颯太の意外な一面を見た気がした。
午後からは、体育館でのイベントが始まった。有志によるパフォーマンスの時間で、バンドの出番もここにあった。
楽屋として使われている教室で、五人は最後の打ち合わせをしていた。
「曲順は決まったね」美月が確認する。「最初に『青春』、次に『友情』、最後に『陽向の空』」
「よし」颯太がギターを調弦した。「今日は楽しもう」
その時、教室のドアが開いた。
「みなさん、お疲れさまです」
麗奈が現れた。今日は特別に美しく着飾っている。
「厳島さん、きれいですね」美月が褒めた。
「ありがとうございます」麗奈は微笑んだ。「照井君、頑張ってくださいね」
「はい、ありがとうございます」陽斗が答える。
「美月さんも、きっと素敵な演奏をされるでしょうね」麗奈は美月を見た。「照井君と息がぴったりで、羨ましいです」
美月は麗奈の言葉に込められた意味を感じ取った。やはり彼女は陽斗に特別な気持ちを抱いているようだった。
「みんな、出番だぞ」
海斗先輩が呼びに来た。
「頑張って」豊も応援に来ていた。「美月、君らしく堂々とやって」
「ありがとう、豊君」
体育館は満員だった。生徒や保護者、来賓で溢れている。
「緊張するなあ」明が小さく呟いた。
「大丈夫」陽斗が励ました。「みんなで一緒だから」
「そうだな」颯太も頷いた。「今までで一番いい演奏をしよう」
司会の生徒がマイクを取った。
「次は、有志バンド『陽向サウンズ』の皆さんです」
バンド名は、陽斗の提案で決まったものだった。学校の名前を取って、みんなで考えた名前だ。
五人は舞台に上がった。美月はピアノの前に座り、深呼吸した。
「よろしくお願いします」陽斗がマイクに向かって挨拶した。
会場から温かい拍手が響いた。
最初の曲『青春』が始まった。
颯太のギターの音色が会場に響き、それに続いて明のベースが入る。陽斗のドラムがリズムを刻み、航のハーモニカが美しいメロディーを奏でる。そして美月のピアノが、全体を包み込むように響いた。
練習の成果が出ていた。五人の音が完璧に調和している。
美月は演奏しながら、不思議な感覚を覚えていた。陽斗のドラムと颯太のギター、どちらの音も心地よく感じられる。でも、その中でも特に心に響く音があった。
二曲目の『友情』では、颯太がボーカルを担当した。力強く、情熱的な歌声だった。
颯太の歌は嵐のように激しく、でも心の奥底まで響いてくる。美月は颯太の真っ直ぐな想いを感じて、胸がドキドキした。
最後の曲『陽向の空』では、明と陽斗がボーカルを担当した。彼らの優しい歌声が会場を包み込む。
美月は陽斗の歌声を聞きながら、胸が温かくなるのを感じた。彼の歌は、まるで太陽のように明るく、人の心を照らすようだった。
演奏が終わると、会場は大きな拍手に包まれた。
「よかったー!」明が嬉しそうに跳び上がった。
「お疲れさま、みんな」陽斗が笑顔で言った。
「最高だったぜ」颯太も満足そうだった。
「みんな、ありがとう」美月は心から感謝していた。
楽屋に戻ると、たくさんの人が祝福に来てくれた。
「美月、素晴らしかったよ」豊が嬉しそうに言った。
「ありがとう」
「照井君の歌声、とても素敵でした」麗奈が陽斗に近づいた。
「ありがとうございます」陽斗は照れながら答えた。
海斗先輩も褒めてくれた。「来年もぜひやってほしいな」
夕方、文化祭の後片付けが終わった後、バンドメンバーは音楽室に集まっていた。
「今日は本当にお疲れさまでした」美月がみんなにお礼を言った。
「こちらこそ、楽しかったよ」陽斗が答える。
「また機会があったら、やりたいね」明が提案した。
「いいアイデアだ」航も賛成した。
颯太は少し考えてから言った。「みんな、今日はありがとう。特に陽斗...」
「颯太...」陽斗が振り返る。
「お前と一緒に演奏できて、よかった」颯太は素直に言った。「昔のことは...すまなかった」
「颯太...」陽斗が驚く。
「俺が悪かったんだ。お前の彼女を取るようなことして」颯太は続けた。「でも今日、お前と音楽をやって思ったんだ。やっぱり俺たちは友達だったんだって」
「僕こそ、ありがとう」陽斗も笑顔で答えた。「颯太と音楽ができて、楽しかった。昔のことは、もう気にしてないよ」
二人の間の壁が、少し溶けたような気がした。
その後、みんなは学校を後にした。美月は一人、校舎の前で立ち止まっていた。
今日一日を振り返っていると、陽斗が戻ってきた。
「美月、どうしたの?」
「照井君...忘れ物ですか?」
「いや、美月が一人でいるのが気になって」陽斗は美月の隣に立った。
「今日は楽しかったですね」美月が呟く。
「うん。美月のピアノ、本当にきれいだった」
「ありがとうございます。照井君の歌声も、とても素敵でした」
二人は夕日を見つめながら、しばらく無言でいた。
「美月」陽斗が口を開いた。
「はい?」
「僕は...」陽斗が何かを言いかけた時、颯太が現れた。
「おっと、お邪魔したかな」
「颯太君...」美月が振り返る。
「陽斗、お前も律儀だな」颯太は苦笑いした。「美月を一人にしておけないのか」
「それは...」陽斗が困惑する。
「まあいい」颯太は美月に向き直った。「美月、今日はありがとう。お前のおかげで、最高の演奏ができた」
「そんな...みんなのおかげです」
「謙遜するな」颯太は真剣な表情になった。「美月、俺は本気だ。お前のことが好きだ」
美月は息を呑んだ。陽斗も驚いている。
「颯太君...」
「答えは急がない」颯太は手を上げた。「でも、俺の気持ちは伝えておきたかった」
颯太は去って行った。
美月と陽斗は、再び二人きりになった。
「美月...」陽斗が小さく呟いた。
「照井君?」
「僕も、颯太と同じ気持ちだ」陽斗は勇気を振り絞って言った。「美月のことが好きです」
美月の心臓が大きく跳ねた。ついに、二人から告白されてしまった。
「私...」美月は答えに詰まった。
「今すぐ答えを求めるつもりはないよ」陽斗は優しく言った。「でも、僕の気持ちも知っておいてほしくて」
美月は頷くことしかできなかった。
その夜、美月は自分の部屋で一人考えていた。今日の出来事が頭の中をぐるぐると回っている。
陽斗の優しい歌声、颯太の情熱的な演奏、そして二人からの告白。
窓の外を見ると、満月が輝いていた。まるで自分の心を照らしているかのように。
(私の気持ちは...どちらなんだろう)
美月はまだ答えを見つけられずにいた。でも、今日という日が、自分にとって特別な一日になったことは確かだった。