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文化祭準備

颯太の有志バンド企画は、意外にもあっさりと生徒会の承認を得た。海斗先輩の「新しい試みは歓迎したい」という一言が決め手となった。


「やったな、美月」颯太は承認書を手に嬉しそうに言った。「これでお前とバンドを組める」


美月はまだ迷っていた。「でも、私なんかで大丈夫でしょうか...」


「大丈夫だよ」陽斗が励ました。「美月のピアノ、僕も聞いたけどとてもきれいだった」


颯太は陽斗を見た。「お前も参加するのか?」


「えっ?」陽斗は驚いた。


「バンドなんだから、メンバーは多い方がいいだろ」颯太は意外にも誘ってきた。「陽斗、何か楽器できるか?」


「一応、ドラムが少し...」


「決まりだな」颯太はにやりと笑った。「美月がピアノ、俺がギター、陽斗がドラム。いいじゃないか」


美月は困惑した。この二人が一緒にバンドをやって、大丈夫なのだろうか?


「でも...」美月が言いかけた時、生徒会室のドアが開いた。


「失礼します」


現れたのは1年生の春日明(かすがあきら)だった。弓道部の制服を着た、ショートカットの女の子である。


「春日さん?」美月が振り返る。


「生徒会長、お疲れさまです」明は丁寧にお辞儀した。「バンドの件でご相談が...」


「バンドの件?」


「僕、実はベースが弾けるんです」明の目が輝いていた。「もしメンバーが足りなければ、お手伝いさせていただきたくて」


颯太が興味深そうに明を見た。「1年生か。やる気があるじゃないか」


「はい!」明は嬉しそうに答えた。「特に、照井先輩と一緒に演奏できるなら...」


陽斗は照れながら手を振った。「先輩なんて、そんな大げさな」


「でも春日さん、弓道部の活動は大丈夫?」美月が心配する。


「文化祭の期間だけなので、部長に了解をもらいました」


颯太は満足そうに頷いた。「よし、これでバンドメンバーが揃ったな」


こうして、思いがけず四人組のバンドが結成された。


数日後、放課後の音楽室は賑やかだった。


「じゃあ、まずは簡単な曲から合わせてみよう」颯太がギターを構えた。


美月はピアノの前に座り、陽斗はドラムセット、明はベースを手にしている。


「何の曲にしますか?」明が尋ねた。


「とりあえず、みんなが知ってる曲がいいな」颯太が考える。「『津軽海峡冬景色』とか?」


「それは渋すぎませんか?」美月が苦笑いした。


「じゃあ、『上を向いて歩こう』は?」陽斗が提案する。


「それもちょっと...」


結局、最近の人気曲で練習することになった。


最初はバラバラだった演奏も、だんだんと息が合ってきた。特に美月のピアノは、バンド全体に美しいメロディーを添えていた。


「美月、すごいじゃないか」颯太が感心した。「こんなに上手いなんて知らなかった」


「ありがとうございます」美月は頬を赤らめた。


「照井先輩のドラムも、とてもリズム感がいいです」明が陽斗を見上げる。


「明ちゃんのベースも安定してるよ」陽斗が笑顔で答えた。


颯太は複雑な表情でその様子を見ていた。昔の自分と陽斗の関係を思い出していたのかもしれない。


練習が終わった後、四人は音楽室で休憩していた。


「本番まで、あと二週間ですね」美月がスケジュール表を確認した。


「緊張するなあ」明が呟く。


「大丈夫だよ」陽斗が励ました。「練習すれば、きっとうまくいく」


「相変わらず楽観的だな」颯太がギターケースを閉めながら言った。


その時、音楽室のドアが開いた。


「お疲れさまです」


現れたのは麗奈だった。美術道具を持っている。


「厳島さん?」美月が振り返る。


「バンドの練習風景をスケッチさせていただこうと思って」麗奈は微笑んだ。「文化祭の記録として。実は、少し前から外で拝見していたんです」


「スケッチ?」颯太が興味を示した。


「はい。特に照井君の真剣な表情が素敵で...」麗奈は陽斗を見つめた。「とても集中されてて、絵になるなって思って」


陽斗は気づいていない様子だったが、美月は麗奈の視線に気づいた。やはり彼女は陽斗に好意を抱いているようだった。


「それなら、僕たちも記録を残そう」明が提案した。「バンドの成長記録として」


「いいアイデアだね」陽斗が頷く。


こうして、麗奈も練習に参加することになった。彼女は絵を描きながら、時々アドバイスもしてくれる。


「照井君、もう少し背筋を伸ばした方が格好いいですよ」


「颯太君のギターの構え方、とても様になってます」


「美月さんのピアノ姿、とても上品ですね」


麗奈の褒め言葉は巧妙で、特に陽斗への関心を隠そうとしなかった。


一週間後、バンドの練習はかなり上達していた。しかし、新たな問題が発生していた。


「美月、ちょっと」颯太が練習後に美月を呼び止めた。


「はい?」


「陽斗のこと、どう思ってる?」颯太の質問は唐突だった。


「どうって...」美月は困惑した。


「あいつ、お前のことが好きなのは明らかだ」颯太は真剣な表情で言った。「でもお前は?」


美月は答えに詰まった。確かに陽斗といると安心するし、彼の優しさに心を動かされることもある。でも、それが恋愛感情なのかどうか...


「分からないんです」美月は正直に答えた。


「そうか」颯太は少し安堵したような表情を見せた。「なら、俺にもチャンスがあるってことだな」


「颯太君...」


「無理はしない」颯太は手を上げた。「でも、諦めるつもりもない」


その時、音楽室のドアが開いた。


「美月、まだいたの?」


豊が現れた。生徒会の書類を持っている。


「豊君?どうして?」


「美月が忘れた書類を届けに来たんだ」豊は書類を渡しながら、颯太を見た。「お疲れさま、嵐山君」


「おう、幼馴染君」颯太は軽く手を振った。


豊は颯太と美月の雰囲気を察したようだった。


「邪魔したかな?」


「そんなことないよ」美月が慌てて否定した。


「そうですか」豊は眼鏡をクイッと上げた。「でも気をつけて、美月。投資には常にリスクが伴うからね」


颯太は豊の言葉の意味を理解したようで、苦笑いした。


「心配すんな、幼馴染君。俺は美月を大切にする」


「それを信じましょう」豊は真剣な表情で答えた。「美月を傷つけたら、許しませんから」


意外にも、豊の強い言葉に颯太は感心したようだった。


「いい友達を持ってるじゃないか、美月」


翌日の練習で、また新たな変化があった。


「みんな、お疲れさま!」


音楽室に明るい声が響いた。現れたのは金刀比羅航(ことひらわたる)だった。颯太と同じ2年B組の、日焼けした健康的な男子生徒である。


「航?」颯太が驚く。


「よお、颯太。バンドやってるって聞いたぞ」航は元気よく手を振った。「俺も混ぜてくれよ」


「あなたは楽器できるの?」美月が尋ねた。


「ハーモニカなら!」航は得意げにハーモニカを取り出した。「船乗りの必需品だからな」


陽斗が吹き出した。「ハーモニカって...」


「バカにするなよ。けっこういい音するんだぞ」航は実際に吹いてみせた。


確かに、海を思わせるような美しい音色だった。


「素敵ですね」美月が拍手した。


「だろ?」航は嬉しそうに笑った。


「でも航、うちのクラスの準備は大丈夫なのか?」颯太が心配する。


「問題ない。うちのクラス、もう準備終わってるんだ」航は親指を立てた。「だから有志活動も参加できる」


こうして、バンドはさらに賑やかになった。


しかし、人数が増えるにつれて、練習の難しさも増していた。特に、美月を巡る微妙な空気が時々生まれる。


陽斗と颯太の間には、まだぎこちなさが残っていた。明は陽斗を慕っているし、麗奈は陽斗に好意を寄せている。航は颯太の友達として参加しているが、時々美月に優しい視線を向ける。


「なんか、複雑な関係だな」航が練習後に颯太に言った。


「どういう意味だ?」


「美月ちゃんのこと、みんな好きなんじゃないか?」航はにやりと笑った。


颯太は苦笑いした。「バレバレか」


「まあ、青春だよな」航は肩を叩いた。「でも颯太、お前はどうなんだ?本気なのか?」


颯太は真剣な表情になった。「ああ、本気だ」


「そうか」航は頷いた。「なら応援するよ。でも、陽斗のことも考えてやれよ」


「分かってる」颯太は複雑な表情を見せた。「だからこそ、難しいんだ」


文化祭まで一週間となった頃、バンドの練習は最終段階に入っていた。演奏技術は格段に向上し、チームワークも良くなっていた。


でも、美月の心の中は相変わらず混乱していた。


練習の合間、美月は一人で考え事をしていた。


(私、どうしたらいいんだろう...)


陽斗の優しさに心を動かされることもあれば、颯太の真っ直ぐな想いに胸が高鳴ることもある。そして、豊の変わらない支えにも感謝している。


「美月さん」


声をかけられて振り返ると、明が立っていた。


「春日さん?」


「あの...僕、思うんです」明は真剣な表情で言った。「美月さんは、もっと自分の気持ちに素直になっていいと思います」


「自分の気持ち?」


「照井先輩も嵐山先輩も、美月さんのことを本当に大切に思ってる。だから美月さんも、自分が誰を一番大切に思っているか、考えてみてください」


明の言葉は、美月の心に深く響いた。


「ありがとう、春日さん」


「僕は照井先輩を尊敬してますが、美月さんの幸せが一番大切だと思います」明は微笑んだ。「だから、後悔しない選択をしてください」


その夜、美月は自分の部屋で窓の外を見ていた。満月が美しく輝いている。


(春日さんの言う通りかもしれない...)


文化祭の本番まで、もう少し。その時までに、自分の気持ちに決着をつけなければならないような気がした。

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