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真実への扉

陽斗と美月が距離を置くようになってから一週間が経った。


美月は生徒会室で一人、新年度の準備を進めていた。陽斗がいない時間が、こんなにも長く感じられるとは思わなかった。でも、二人で決めたことだから、我慢するしかない。


「美月さん、お疲れさまです」


振り返ると、明が現れた。最近は弓道部の活動も忙しそうだが、時々生徒会の手伝いをしてくれている。


「春日さん、ありがとうございます」


「照井先輩とは最近あまりお会いしてませんが...何かありましたか?」明が心配そうに尋ねた。


美月は少し迷ってから答えた。「家庭の事情で、少し距離を置くことになったんです」


「そうですか...」明は複雑な表情を見せた。「でも、お二人の絆は強いですから、きっと大丈夫ですよ」


「ありがとうございます」美月は微笑んだ。


その時、生徒会室のドアがノックされた。


「失礼します」


現れたのは古典・日本史担当の塩椎先生だった。60歳を過ぎた温厚な先生で、生徒たちからも慕われている。


「塩椎先生、どうされましたか?」美月が尋ねた。


「実は、君たちに話しておきたいことがあってね」塩椎先生は穏やかに微笑んだ。「少し時間をもらえるかな?」


美月と明は首をかしげた。塩椎先生がわざわざ生徒会室に来るなんて、珍しいことだった。


「もちろんです。どんなお話でしょうか?」


塩椎先生は椅子に座ると、古い本を取り出した。


「最近、君たちの名前を見ていて、とても興味深いことに気がついてね」


「私たちの名前ですか?」明が首をかしげた。


「そう。春日明君、月野美月さん、それに照井陽斗君」塩椎先生は本のページをめくった。「君たちの名前には、古い日本の神話と深い関係があるんだよ」


美月は心臓がドキドキした。修学旅行で感じた不思議な体験を思い出していた。


「神話...ですか?」


「春日大社の春日神、月読神社の月読命、そして照井君の『陽』は天照大神を連想させる」塩椎先生は続けた。「偶然にしては、あまりにも出来すぎていると思わないかい?」


明も驚いていた。確かに奈良の春日大社で感じた不思議な感覚は、今でも鮮明に覚えている。


「先生、それは...」美月が言いかけた時、生徒会室のドアが開いた。


「よお、美月...あ、塩椎先生」


現れたのは颯太だった。そして、その後ろから豊も現れた。


「嵐山君に稲荷井君も」塩椎先生は嬉しそうに言った。「ちょうど良いタイミングだね」


「先生、何のお話ですか?」豊が眼鏡をクイッと上げながら尋ねた。


「君たちの名前と日本神話の関係について話していたところだよ」塩椎先生が説明した。「嵐山颯太君は須佐之男命、稲荷井豊君は稲荷神との関係が考えられる」


颯太は驚いた。「須佐之男命?」


「嵐という字が入っているのも偶然ではないかもしれない」塩椎先生は続けた。「須佐之男命は嵐の神として知られているからね」


豊も興味深そうに聞いていた。「投資的観点から言うと...いえ、確かに僕の名前は稲荷神と関係がありそうですね」


「君たちの名前だけでも、これだけの神々との関連が考えられる」塩椎先生は本を見せた。「偶然にしては、あまりにも多すぎないかい?」


美月は修学旅行での体験を思い出していた。月読神社で感じた「お帰りなさい」という声、あの温かい感覚。


「先生」美月が勇気を出して尋ねた。「もし、それが偶然じゃないとしたら...」


「どういう意味になるんでしょうか?」明が続けた。


塩椎先生は少し考えてから答えた。


「古い言い伝えでは、神々の魂は時を経て、再び人として生まれ変わることがあると言われている」


一同は息を呑んだ。


「転生...ということですか?」颯太が驚いて尋ねた。


「可能性の一つとして、ね」塩椎先生は穏やかに言った。「もちろん、科学的な証明はできない。しかし、もし君たちがそれぞれゆかりの神社を訪れたなら、何か特別な感覚を覚えるかもしれない」塩椎先生は続けた。「古い記憶を呼び覚ますような...」


美月は震えていた。月読神社での体験、明の春日大社での涙、豊の伏見稲荷大社での懐かしさ。全てがつながり始めているような気がした。


「でも、どうして僕たちが...」明が困惑した。


「それは分からない」塩椎先生は首を振った。「ただ、古い文献には、特別な時代に神々が再び集まるという記述がある」


「特別な時代?」美月が尋ねた。


「大きな変化の時、人々が古い価値観と新しい価値観の間で揺れ動く時」塩椎先生は説明した。「そんな時に、神々の魂が人として生まれ変わり、人々を導くという話がある」


颯太は複雑な表情をしていた。「でも、俺たちは普通の高校生だぜ」


「普通かな?」塩椎先生は微笑んだ。「君たちの絆の深さ、お互いを思いやる心、困難に立ち向かう勇気。それらは決して普通ではないと思うよ」


豊は分析的に考えていた。「確かに、僕たちが出会ってからの数か月間、色々なことが起きました」


「そして、君たちは自然に引き寄せられるように、同じ学校に集まった」塩椎先生は続けた。「これも偶然だろうか?」


明は奈良での体験を思い出していた。「僕、春日大社で涙が出たんです。理由は分からないけれど、とても懐かしくて...」


「私も月読神社で、『お帰りなさい』って声が聞こえたような気がしました」美月が正直に言った。


颯太も頷いた。「俺も京都にいると、なぜか落ち着くんだ」


「皆さんそれぞれ、特別な体験をされているんですね」塩椎先生は満足そうに言った。


その時、生徒会室のドアが勢いよく開いた。


「美月、大変だ!」


現れたのは陽斗だった。息を切らしている。


「照井君?どうしたんですか?」美月が驚く。


「お父さんが...お父さんが倒れたんだ」陽斗は震え声で言った。


「えっ?」


「病院にいるんだけど、意識がなくて...」陽斗の目に涙が浮かんでいた。「美月、一緒に来てくれる?」


美月は迷わず立ち上がった。「はい、すぐに行きましょう」


距離を置くという約束があったが、陽斗が困っている時に見捨てるわけにはいかない。


「僕たちも行きます」明が言った。


「俺たちも一緒だ」颯太も立ち上がった。


塩椎先生は静かに見守っていた。


「先生、すみません。お話の途中で...」美月が謝ろうとすると、塩椎先生が手を上げた。


「構わないよ。今は照井君のお父さんのことが一番大切だ」塩椎先生は優しく微笑んだ。「君たちの絆の深さを、改めて感じることができた」


「ありがとうございます」陽斗が頭を下げた。


「君たちが本当に特別な存在なら」塩椎先生が最後に言った。「きっと、お父さんを救う力もあるはずだ」


陽斗は塩椎先生の言葉に、不思議な希望を感じた。


五人は急いで病院に向かった。美月は陽斗の手を握りながら、心の中で祈っていた。


(もし私たちが本当に特別な存在なら、きっと照井君のお父さんを助けることができるはず)


病院への道のりで、美月は塩椎先生の話を思い返していた。神々の転生、特別な使命。今まで感じていた不思議な体験の全てが、一つの答えに向かっているような気がした。


でも今は、そんなことよりも陽斗のことが心配だった。天道さんと陽斗の関係は複雑だったが、それでも大切な父親なのだ。


病院に着くと、天道は集中治療室にいた。医師の説明では、突然倒れて意識を失い、原因は不明だという。


「お父さん...」陽斗は集中治療室の前で立ち尽くしていた。


美月は陽斗の肩に手を置いた。「大丈夫です。きっと良くなります」


「ありがとう、美月」陽斗は涙ぐんだ。「君がいてくれて、本当に良かった」


颯太、豊、明も、それぞれ陽斗を支えていた。五人が手を繋ぎ合って、陽斗を囲むように立っていた。


その時、不思議なことが起こった。


美月の手がほんのりと暖かい光を放ち始めたのだ。最初は微かだったが、だんだんと明るくなっていく。


「美月さん、手が...」明が驚いて呟いた。


見ると、明の手からも薄い金色の光が漏れている。続いて陽斗の手から眩しいほどの光が、颯太の手からは青白い稲妻のような光が、豊の手からは温かなオレンジ色の光が溢れ出した。


「何だ、これ...」颯太が戸惑った。


五人の光が混じり合い、廊下全体を神秘的な輝きで包んだ。その光は壁を透過するように、集中治療室の中にも届いているようだった。


数分後、担当医師が急いで現れた。


「驚きました。患者さんの容体が急激に改善しています」医師は検査結果を確認しながら言った。「つい先ほどまで危険な状態でしたが...バイタルサインが安定し、脳波も正常値に戻っています。このペースで回復が続けば、まもなく意識を取り戻されるでしょう」


陽斗は安堵のあまり、その場に座り込んでしまった。


「本当ですか?」


「はい。医学的には説明がつかない急激な回復です」医師が続けた。「数時間後には意識も戻り、一般病室に移せると思います。ご家族の皆さんが付き添ってくださったおかげかもしれませんね」


そこへ、陽斗の母親も病院に駆けつけてきた。


「陽斗!お父さんの容態は?」


「お母さん、大丈夫だよ。容体が安定して、回復に向かってるって」陽斗が報告した。


数時間後、天道は一般病室に移され、麻酔から覚めて意識を取り戻していた。まだ少し疲れた様子だったが、表情は穏やかだった。


陽斗は天道の病室に入ることを許された。美月たちは廊下で待っていた。


「照井先輩のお父さん、良かったです」明が安堵した。


「ああ、本当に良かった」颯太も頷いた。


豊は考え込んでいた。「投資的観点から言うと...いえ、今回のことは、塩椎先生のお話と関係があるような気がします」


美月も同じことを考えていた。五人が集まった時、何か特別な力が働いたような気がした。


病室から陽斗が出てきた。その表情は、以前とは違っていた。


「美月、みんな」陽斗が真剣な表情で言った。「お父さんが話したいことがあるって」


「私たちにですか?」美月が驚く。


「うん。特に、塩椎先生から聞いた話について」


五人は顔を見合わせた。天道は、塩椎先生の話を知っているのだろうか?


「分かりました」美月が答えた。「お話を聞かせていただきます」


陽斗は感謝の気持ちでいっぱいだった。美月たちが一緒にいてくれることで、どれほど心強いか。


病室に向かいながら、美月は思った。もし自分たちが本当に神々の転生なら、これから始まる話は、運命を大きく変えるものになるかもしれない。


真実への扉が、ついに開かれようとしていた。

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