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生徒会長の日常

翌朝、美月はいつもより30分早く家を出た。理由は...自分でもよく分からなかった。


「おはよう、美月」


玄関で靴を履いていると、幼馴染の稲荷井豊(いなりいゆたか)が現れた。隣の家に住む豊とは、小学校からの付き合いだ。


「おはよう、豊君」美月は振り返った。「今日も早いのね」


「美月こそ、いつもより早くない?」豊は眼鏡をクイッと上げながら言った。「まさか、昨日の転校生が原因?投資的観点から言うと、これは恋愛フラグ案件ですね」


「何それ」美月は顔を赤くした。「豊君の変な分析はいらないの」


「でも当たってるでしょ?」豊はニヤニヤしながら歩き始めた。「僕、美月のことは小さい頃から見てるからさ。君がときめいてる時の顔、よく知ってるよ」


美月は慌てて否定しようとしたが、言葉が出てこなかった。確かに昨夜は陽斗のことを考えて、なかなか眠れなかった。


「べ、別にときめいてなんか...」


「はいはい」豊は苦笑いした。「ま、僕としては複雑だけどね」


「え?」


「何でもない」豊は手をひらひらと振った。「それより、今日は生徒会の予算会議でしょ?資料、準備してる?」


美月はハッとした。そうだった、今日は重要な会議があるのに、頭の中が陽斗のことでいっぱいになっていた。


「大丈夫、昨夜ちゃんと準備したから」


実際は、陽斗のことを考えながら資料を作っていたので、いつもより時間がかかってしまったのだが。


学校に着くと、美月はまっすぐ生徒会室に向かった。いつものように、誰よりも早く到着して、今日の準備を始める。


「おはよう、美月会長」


生徒会副会長の住吉海斗(すみよしかいと)が入ってきた。3年生の彼は、水泳部のキャプテンも務める爽やかな先輩だった。


「おはようございます、海斗先輩」


「今日は予算会議だったね。例の転校生も来るの?」海斗は書類を机に置きながら尋ねた。


「照井君のことですか?まだ正式なメンバーじゃないので...」


「でも興味は示してたんでしょ?なら見学させてもいいんじゃない?」海斗は優しく微笑んだ。「新しい風が入るのはいいことだよ」


美月は迷った。陽斗に会えるのは嬉しいが、大事な会議に集中できるだろうか?


「そうですね...声をかけてみます」


その時、生徒会室のドアが勢いよく開いた。


「おはよう〜!」


陽斗が元気よく入ってきた。手には朝食らしきパンを持っている。


「照井君?どうして?」美月が驚く。


「えへへ、実は昨夜眠れなくて、早く学校に来ちゃった」陽斗は照れながら頭を掻いた。「生徒会の仕事、見学させてもらえるかなって思って」


海斗が美月を見て、意味深な笑顔を浮かべた。


「ちょうどいいタイミングだね。今日は予算会議があるんだ。見学していく?」


「本当?やったー!」陽斗は嬉しそうに手を叩いた。「太陽のように明るく、みんなのお役に立ちたいからね!」


またもや決めポーズ。海斗は吹き出した。


「君、面白いね。僕は住吉海斗、3年生で副会長をやってる」


「照井陽斗です!よろしくお願いします!」


二人が握手している様子を見て、美月は少しホッとした。海斗先輩が陽斗を受け入れてくれそうで良かった。


「ところで照井君」海斗が尋ねた。「前の学校では生徒会をやってたって聞いたけど、どんな活動を?」


陽斗の表情が一瞬曇った。


「あー、えーっと...普通の生徒会活動ですよ。文化祭とか、体育祭とか」


「そっか。でも転校することになったのは...」


「海斗先輩」美月が割って入った。「そろそろ会議の準備を始めませんか?」


美月は陽斗の困った表情を見て、咄嗟に話題を変えた。昨日、陽斗が転校理由を話したがらなかったのを覚えていたからだ。


「あ、そうだね。じゃあ始めよう」海斗は気づいた様子で頷いた。


会議が始まると、美月はいつもの冷静な生徒会長に戻った。各部活動の予算申請を検討し、学校行事の費用を計算していく。


陽斗は隅の席で真剣に聞いていた。時々メモを取ったり、質問をしたりしている。


「文化祭の予算、もう少し増やせませんか?」陽斗が手を挙げた。


「どうして?」美月が尋ねる。


「えーっと、みんなが楽しめるイベントを増やしたら、学校全体が明るくなると思うんです」


海斗が感心したように頷いた。「いい視点だね。美月、どう思う?」


美月は計算機を叩きながら考えた。「予備費から少し回せそうです。でも、他の行事への影響も考えないと...」


「さすが美月会長」陽斗が目を輝かせた。「すごく頭がいいんだね」


美月の頬が赤くなった。陽斗にそんな風に言われると、なぜかとても嬉しかった。


会議が終わった後、三人は生徒会室で雑談していた。


「美月って、いつから生徒会長やってるの?」陽斗が尋ねた。


「1年生の時からです」美月が答える。「でも最初は、ただ真面目な委員の一人でした」


「美月は責任感が強いからね」海斗が補足した。「前の会長が急に転校になった時、みんなが美月を推薦したんだ」


「へえ〜、すごいじゃん!」陽斗は感心した。「僕も美月みたいになりたいなあ」


その時、美月の携帯が鳴った。メッセージを確認すると、表情が変わった。


「どうかした?」海斗が心配そうに尋ねる。


「明日、新しい転校生が来るそうです」美月が画面を見せた。「担任の先生からの連絡です」


「また転校生?」陽斗が首をかしげた。「珍しいね、続けて来るなんて」


美月は何となく嫌な予感がした。陽斗の転校にも不思議な雰囲気があったが、さらに転校生とは...


「どんな人なんだろう?」海斗が呟いた。


「分かりません。でも...」美月は直感的に感じていた。「きっと、普通の転校生じゃないと思います」


陽斗の表情が一瞬強張った。まるで何かを予感しているかのように。


「ま、明日になれば分かるよ」陽斗は努めて明るく言った。「どんな人でも、温かく迎えてあげよう」


でも、その笑顔はいつもより少し無理をしているように見えた。


放課後、美月は一人で生徒会の書類整理をしていた。陽斗と海斗は部活に行ってしまい、静かな部屋に一人残されている。


「疲れた...」美月は椅子に背を預けた。


今日は陽斗のことが気になって、いつもより集中できなかった。会議中も、彼の真剣な表情についつい見とれてしまう。


(私、どうしちゃったんだろう...)


美月は窓の外を見た。夕日が校舎を照らしている。昨日の今頃、陽斗と二人でここにいたことを思い出した。


その時、ふと黒い影が窓の外を横切った。


「え?」


美月は窓に近づいた。でも、外には何もいない。夕日に照らされた校庭があるだけだった。


(気のせい...よね)


でも、なぜか胸がざわざわした。まるで何かよくないことが起こる前兆のような...


「美月〜」


ドアが開いて、豊が入ってきた。


「お疲れさま。まだ仕事してるの?」


「豊君...ちょうど終わったところよ」美月は安堵した。一人でいると、変なことを考えてしまう。


「今日、転校生と話したでしょ?どうだった?」豊は興味深そうに尋ねた。


「照井君のこと?とても真面目で、生徒会の仕事にも積極的だったわ」


「それだけ?」豊はニヤニヤした。「恋愛的な進展は?」


「も〜、豊君!」美月は顔を赤くした。「そんなこと...」


「でも昨日より顔が明るいよ」豊は真面目な表情になった。「久しぶりに、美月らしい笑顔を見た気がする」


美月は驚いた。自分でも気づかないうちに、表情が変わっていたのだろうか。


「そう...かしら?」


「うん。美月が楽しそうにしてるのを見るのは嬉しいよ」豊は微笑んだ。「幼馴染として、ね」


「豊君...」


豊の言葉に、美月は胸が締め付けられた。幼馴染として長く一緒にいる豊の気持ちに、今まで気づかないふりをしていた部分があったのかもしれない。


「でも、明日また転校生が来るんでしょ?」豊は話題を変えた。「なんか騒がしくなりそうだね」


「そうね...」美月は窓の外を見た。「なぜか、嫌な予感がするの」


「嫌な予感?」


「うまく説明できないけど...何か大きな変化が起こりそうな気がして」


豊は美月の横顔を見つめた。彼女がこんな風に直感的なことを言うのは珍しかった。


「まあ、何が起こっても美月なら大丈夫だよ」豊は励ますように言った。「君は強いから」


「ありがとう、豊君」


二人は並んで夕日を見つめた。明日はどんな一日になるのだろうか。


その時、遠くで雷の音がした。空を見上げると、晴れていたはずの空に黒い雲が現れている。


「あれ?雨が降るのかな?」豊が呟いた。


美月は何となく、その雲が嵐の前触れのような気がしてならなかった。

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