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海斗の受験

二月に入り、陽向学園は受験シーズンを迎えていた。


特に3年生は大学受験の真っ只中で、校内も緊張した雰囲気に包まれている。生徒会副会長の住吉海斗も、大阪の大学を第一志望として受験準備に励んでいた。


美月は生徒会室で書類整理をしていた。家族の反対という問題を抱えながらも、生徒会の仕事は手を抜けない。


でも、先日の光景が頭から離れなかった。陽斗と麗奈が楽しそうにお弁当を食べている様子。麗奈が手作りのお菓子を差し出していた瞬間。


(私、嫉妬してるのかしら...)


美月は自分の気持ちに戸惑っていた。これまで感じたことのない、胸の奥の苦しさ。陽斗が他の女の子と親しくしているのを見るのが、こんなに辛いとは思わなかった。


最近、3年生の海斗先輩は受験に専念するため生徒会から引退することになり、美月は新しい体制での運営を準備していた。


「美月、お疲れさま」


振り返ると、陽斗が現れた。最近は父親の監視もあって、二人きりになる機会が減っていたが、生徒会の仕事は続けている。


「照井君、お疲れさまです」


美月は陽斗を見ると、先日の麗奈との光景が蘇って、素直に笑えなかった。


「海斗先輩、もう生徒会は引退されたんだよね」


「そうですね。受験に専念するために、一月で一区切りつけられたんです」美月が説明した。「でも、お疲れさまの気持ちを込めて、私たちで小さなお疲れさま会をしようと思って」


陽斗は美月の隣に座った。「海斗先輩、大阪の大学を受験するんだよね」


「ええ。工学部の建築学科を受験されるそうです」美月が資料を見せた。「海や川に関係する建築に興味があるって言ってました」


「海に関係する建築か...海斗先輩らしいね」


陽斗は美月の様子が少しおかしいことに気づいた。いつもより表情が硬く、笑顔も少ない。


「美月、何か心配事でもある?」


「え?」美月は慌てた。「別に何も...」


「最近、元気がないみたいだけど」


美月は陽斗の優しさに、余計に胸が苦しくなった。こんなに心配してくれるのに、自分は嫉妬なんて感じている。


「大丈夫です。ちょっと疲れてるだけです」


陽斗は納得いかない様子だったが、それ以上は追求しなかった。


その時、当の海斗が生徒会室に入ってきた。


「二人とも、遅くまでお疲れさま」


「海斗先輩、お疲れさまです」美月が振り返る。


「受験勉強はどうですか?」陽斗が尋ねた。


「まあ、そこそこかな」海斗は苦笑いした。「でも、大阪の大学だから、久しぶりに関西に住むことになりそうだ」


「関西にご縁があるんですか?」美月が興味深そうに尋ねた。


「実は、僕の生まれは大阪なんだ」海斗が説明した。「小さい頃に東京に引っ越してきたけど、なぜか大阪に戻りたいって気持ちがずっとあって」


「へえ、そうだったんですね」陽斗が感心した。


「不思議なんだけど、大阪の街を歩いてると、とても落ち着くんだ」海斗は窓の外を見た。「特に住吉大社の近くとか...」


美月は海斗の言葉に何かを感じ取った。住吉という名前、そして大阪への特別な思い。修学旅行で体験した不思議な感覚と似ているような気がした。


「住吉大社...海斗先輩と同じ名前ですね」


「そうなんだ。子供の頃、よく母親に連れて行ってもらったよ」海斗は懐かしそうに微笑んだ。「あそこにいると、なぜか心が安らぐんだ」


海斗が去った後、美月と陽斗は二人きりになった。でも、美月はなぜか気まずさを感じていた。


「美月」陽斗が心配そうに声をかけた。「本当に大丈夫?最近、何か僕に言いにくいことでもあるの?」


美月は迷った。昨日の麗奈との光景について聞くべきだろうか。でも、それは嫉妬から来る質問で、陽斗を困らせるだけかもしれない。


「いえ...本当に何もありません」


陽斗は美月の変化を感じ取っていたが、理由が分からなかった。家族の反対のせいで、美月に余計な心配をかけているのかもしれない。


「僕のせいで、君に迷惑をかけてるんじゃないか」陽斗が申し訳なさそうに言った。


「そんなことありません」美月は慌てて否定した。


でも、本当は違った。陽斗が麗奈と親しくしているのを見て、自分の心が乱れているのだ。


一方、この頃麗奈は陽斗へのアプローチを続けていた。


昼休みに陽斗と一緒にお弁当を食べ、放課後には美術室で作品を見せたりしている。陽斗は美月との関係で悩んでいたため、麗奈の優しさに心を開きつつあった。


「照井君、いつもお疲れさまです」麗奈が手作りのクッキーを差し出した。


「ありがとう、厳島さん。でも、そんなに気を遣わなくても...」


「いえ、私がしたいからしてるんです」麗奈は微笑んだ。「照井君が元気がないと、私も心配になってしまいます」


陽斗は麗奈の気遣いに感謝していた。美月とは距離を置かざるを得ない状況で、誰かが話を聞いてくれるのは心強かった。


「厳島さんは優しいね」


「照井君にそう言っていただけて嬉しいです」麗奈の心臓がドキドキした。


少しずつ、陽斗との距離が縮まっているような気がした。美月が家族の問題で陽斗から離れている今が、自分のチャンスなのかもしれない。


受験当日の朝、海斗は大阪に向かう新幹線の中にいた。


窓の外を流れる景色を見ながら、これまでの高校生活を振り返っていた。陽向学園での3年間、特に生徒会での活動は充実していた。後輩の美月や陽斗と一緒に働いたのも、良い思い出だった。


「大阪か...」海斗は呟いた。


なぜか、故郷に帰るような安心感があった。生まれ育った場所とはいえ、記憶があるのは幼少期だけ。それなのに、この懐かしさは何なのだろう。


大阪に到着すると、海斗はまず受験会場の下見に向かった。大学は住吉区にあり、住吉大社からもそれほど遠くない。


「せっかくだから、お参りして行こう」


海斗は住吉大社に向かった。幼い頃に来た記憶はおぼろげだが、なぜか足が自然に向いてしまう。


住吉大社に到着すると、平日の昼間ということもあって参拝客は少なかった。海斗は本殿に向かって歩いていく。


鳥居をくぐった瞬間、不思議な感覚に包まれた。まるで時間が止まったような、特別な空間に入ったような感じ。


(この感覚...どこかで経験したような)


海斗は本殿の前に立った。住吉大社は海上安全の神として知られている。自分の名前と同じ「住吉」の神様。偶然とは思えない縁を感じた。


「住吉大神様」海斗は手を合わせた。「明日の受験、がんばります。そして...」


海斗は少し迷ってから続けた。


「僕が大阪に来たのは、何か意味があるんでしょうか?ただの偶然なのか、それとも...」


その時、境内に風が吹いた。木々の葉が風に揺れて、まるで神様が答えてくれているかのような音を立てる。


海斗は心が落ち着くのを感じた。明日の受験への不安も、なぜか薄れていく。


「ありがとうございます」


海斗は深くお辞儀をして、住吉大社を後にした。


翌日の受験当日。


海斗は会場に向かう途中、昨日の住吉大社での体験を思い出していた。あの不思議な安心感は何だったのだろう。まるで、故郷に帰ってきたような感覚だった。


試験会場に到着すると、全国から集まった受験生たちの緊張した雰囲気が漂っていた。でも、海斗は不思議と落ち着いていた。


「よし、がんばろう」


海斗は試験に臨んだ。普段以上に集中でき、持っている力を存分に発揮できた。特に、海や川に関する建築の問題では、まるで水を得た魚のように解答が浮かんだ。


試験が終わった後、海斗は再び住吉大社を訪れた。


「ありがとうございました」海斗は本殿に向かって報告した。「おかげで、良い試験ができました」


境内を歩きながら、海斗は自分の将来について考えていた。もし合格すれば、この大阪で4年間を過ごすことになる。なぜか、それがとても自然なことのように感じられた。


「受験生の方ですか?」


振り返ると、優しそうな中年男性が立っていた。


「はい。今日、試験を受けてきました」海斗が答える。


「そうですか。住吉大社にお参りとは、縁起がいいですね」その人が笑った。「私もよくここにお参りに来るんですよ。ここは海上安全の神様で、航海や旅立ちを守ってくださるんです」


海斗はその人の言葉に深い意味を感じた。


「航海や旅立ち...」


「人生も航海のようなものですからね」その人が優しく微笑んだ。「きっと良い結果が出ますよ」


その夜、東京に戻る新幹線の中で、海斗は今回の大阪での体験を振り返っていた。


住吉大社での不思議な感覚、試験での集中力、そして偶然の再会。全てが意味のあることのように思えた。


(僕と大阪、そして住吉大社...何か特別な縁があるのかもしれない)


海斗は窓の外を見ながら、そんなことを考えていた。


一週間後、陽向学園の生徒会室では、海斗への感謝の気持ちを込めた小さなお疲れさま会が開かれていた。美月と陽斗が個人的に企画したものだった。


「海斗先輩、お疲れさまでした」美月が挨拶した。


「こちらこそ、君たちと一緒に働けて楽しかった」海斗が答える。


「受験の結果はいつ分かるんですか?」陽斗が尋ねた。


「来月の初めかな」海斗は微笑んだ。「でも、なぜか合格する気がするんだ」


「どうしてですか?」美月が興味深そうに尋ねる。


「住吉大社でお参りしたからかな」海斗は照れながら答えた。「あそこにいると、とても落ち着くんだ。まるで守られているような感じがして」


美月は海斗の言葉に、自分たちが修学旅行で体験した不思議な感覚を思い出した。それぞれに特別な場所があるのかもしれない。


「きっと大丈夫ですよ」美月が励ました。


「ありがとう、美月」海斗は優しく微笑んだ。「君たちも、色々大変だと思うけど、がんばって」


海斗は美月と陽斗の関係について、薄々感づいていた。二人の微妙な距離感や、時々見せる特別な眼差し。そして最近の少し複雑そうな雰囲気も。


「何かあったら、いつでも相談してくれよ」海斗が続けた。「大阪にいても、君たちのことは気にかけてるから」


「ありがとうございます」陽斗が感謝した。


送別会が終わった後、美月と陽斗は二人で片付けをしていた。


「海斗先輩、大阪で幸せになれそうですね」美月が言った。


「うん。住吉大社での話を聞いて、きっと合格すると思う」陽斗が同意した。


美月は陽斗と二人きりになると、また昨日の麗奈との光景が頭に浮かんだ。聞きたいことがあるのに、聞けない自分がもどかしかった。


「私たちも、いつか自分の居場所を見つけられるでしょうか?」美月が不安そうに呟いた。


陽斗は美月の手を握った。「大丈夫。僕たちにも、きっと特別な場所があるはず」


「照井君...」


「海斗先輩みたいに、僕たちも自分たちの道を見つけよう」陽斗が励ました。


美月は陽斗の言葉に勇気をもらった。でも、心の奥の不安は消えなかった。麗奈のことを聞けない自分が情けなくて、でも聞くのも怖かった。


一か月後、海斗から合格の知らせが届いた。


「やったー!海斗先輩、合格です!」美月が嬉しそうに陽斗に報告した。


「よかった。やっぱり住吉大社のご利益だね」陽斗も喜んだ。


海斗からのメッセージには「住吉大社にお礼参りに行ってきます。皆さんもがんばって!」と書かれていた。


美月は海斗先輩の成功を見て、自分たちも希望を持ち続けようと思った。きっと、困難を乗り越えた先には、素晴らしい未来が待っているはず。


窓の外では、春の訪れを告げる梅の花が咲き始めていた。新しい季節とともに、新しい希望が芽生えているようだった。


でも、美月の心は複雑なままだった。

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