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家族の反対

修学旅行から一か月が経った。


一月に入り、陽向学園は三学期を迎えていた。美月は生徒会室で書類整理をしていたが、なかなか集中できずにいた。陽斗への想いを確認してから、彼との関係が微妙に変化していた。学校では普通に接しているが、時々目が合うと胸がドキドキしてしまう。


「美月、お疲れさま」


振り返ると、陽斗が現れた。いつもの明るい笑顔だが、最近は少し特別な温かさが感じられる。


「照井君、お疲れさまです」


「今日も遅いね。無理しちゃダメだよ」陽斗が心配そうに言った。


「大丈夫です。もうすぐ終わりますから」


陽斗は美月の隣に座った。「手伝おうか?」


「ありがとうございます」


二人は並んで書類整理をしていた。時々手が触れそうになると、お互い照れてしまう。修学旅行で想いを確認し合ったとはいえ、まだ恋人というわけではない微妙な関係だった。


「美月」陽斗が小さく呟いた。


「はい?」


「君といると、いつも心が落ち着くよ」


美月の頬が赤くなった。「私も...照井君といると安心します」


その時、生徒会室のドアが勢いよく開いた。


「陽斗、ここにいたのか」


現れたのは、スーツを着た威厳のある中年男性だった。陽斗の表情が一瞬で緊張した。


「お父さん?どうしてここに...」


「学校に迎えに来たんだ」照井天道(てるいあまみち)は美月を見た。「こちらは?」


「えーっと...」陽斗が困惑していると、美月が立ち上がった。


「月野美月です。生徒会長をしております」美月は丁寧にお辞儀した。


天道は美月をじっと見つめた。「月野...なるほど」


「お父さん?」陽斗が不安そうに尋ねる。


「陽斗、話がある。すぐに帰るぞ」天道は有無を言わさぬ口調で言った。


「でも、美月の仕事が...」


「構いません」美月が慌てて言った。「もう終わりましたから」


陽斗は申し訳なさそうに美月を見た。「ごめん、美月。また明日」


「はい。お気をつけて」


天道は去り際に振り返った。「月野さん、陽斗がお世話になっているようで」


「いえ、こちらこそ照井君にはいつも助けていただいて」美月が答えた。


天道は何か言いたそうな表情をしたが、結局何も言わずに陽斗と一緒に去って行った。


美月は一人残されて、不安な気持ちになった。陽斗の父親の様子が、どこか険しかったからだ。


その夜、陽斗の家では重い空気が流れていた。


書斎に呼ばれた陽斗は、父親の前に座っていた。天道は机の向こうで厳しい表情をしている。


「陽斗、月野美月という生徒と親しくしているようだな」


「はい...生徒会で一緒に活動してます」陽斗は慎重に答えた。


「それだけか?」天道の眼差しが鋭くなった。


陽斗は迷った。父親に美月への気持ちを話すべきだろうか。


「お父さん、どうして急に...」


「答えろ」天道の声に有無を言わせない迫力があった。


陽斗は観念した。「美月のことが...好きです」


天道は深いため息をついた。「やはりか」


「お父さん?」


「陽斗、お前はまだ高校生だ」天道は立ち上がった。「恋愛などに現を抜かしている場合ではない」


「でも...」


「しかも相手は月野家の娘だ」天道の表情がさらに厳しくなった。


陽斗は困惑した。「月野家って...どういう意味ですか?」


天道は少し考えてから答えた。「我が家とは...相容れない家系だ」


「相容れないって...」


「詳しいことは今は言えない。だが、月野美月との交際は認められない」


陽斗は愕然とした。「そんな...理由も教えてくれないなんて」


「理由など必要ない」天道は断言した。「父親として、お前の将来を考えての判断だ」


「僕の将来は僕が決めます」陽斗が反発した。


「生意気を言うな」天道の声が響いた。「お前はまだ子供だ。分からないことがたくさんある」


「美月は素晴らしい人です」陽斗は負けじと言い返した。「優しくて、頭が良くて、みんなから慕われてて...」


「それは分かっている」天道が意外なことを言った。


「え?」


「月野美月が優秀な生徒だということは調べてある」天道は続けた。「だからこそ、なおさら危険なのだ」


陽斗は父親の言葉が理解できなかった。


「お父さん、何を言ってるんですか?」


天道は窓の外を見た。「陽斗、お前にはまだ知らせていないことがある。我が家の...真の使命について」


「真の使命?」


「だが、それを話すにはまだ早い」天道は振り返った。「とにかく、月野美月との関係は断ち切れ」


「そんなことできません」陽斗が強く言った。


「できないではない。やるのだ」


「嫌です」陽斗は立ち上がった。「僕は美月を大切に思ってます。お父さんが反対しても、気持ちは変わりません」


天道は息子の決意を見て、少し表情を和らげた。


「陽斗...」


「美月は僕にとって特別な人なんです」陽斗は続けた。「太陽と月のように、お互いを照らし合える関係なんです」


天道は息子の言葉に、何かを感じ取ったようだった。「太陽と月...」


「はい。僕たちは運命的な出会いをしたんです」


天道の表情が変わった。まるで何かを悟ったかのような...


「父さん?」


「...いや、何でもない」天道は首を振った。「とにかく、しばらくは月野美月との接触を控えろ」


「そんな...」


「これは命令だ」天道は厳しく言った。「守れないなら、転校も考える」


陽斗は愕然とした。「転校?」


「お前のためだ」


陽斗は父親の頑なな態度に、どうしようもない無力感を感じた。


翌日の学校で、陽斗は元気がなかった。


「照井君、どうしたんですか?」美月が心配そうに尋ねた。


陽斗は美月に昨夜のことを説明した。父親から交際を反対されたこと、理由も教えてもらえなかったこと。


「そんな...」美月は困惑した。


「美月、ごめん」陽斗は申し訳なさそうに言った。「僕の家族のことで、君に迷惑をかけて」


「迷惑なんて...」美月は首を振った。「でも、どうして反対されるんでしょう?」


「分からない。お父さんは月野家との関係を言っていたけど...」


美月は考え込んだ。自分の家系について、特別なことは知らない。ごく普通の家庭だと思っていた。


「一度、私の両親に相談してみます」美月が提案した。


「いいの?」


「はい。もしかしたら、何かご存知かもしれません」


その夜、美月は母親の夜子に相談した。


「お母さん、照井家という家のことをご存知ですか?」


夜子(よるこ)は茶を入れながら答えた。「照井家...どちらの照井家かしら?」


「照井陽斗君という同級生のお父さんが、なぜか私との交際を反対されるんです」


夜子の手が一瞬止まった。「美月、あなた...交際って」


「あ、その...」美月は慌てた。「まだ正式にお付き合いしているわけじゃないんですが、お互いに気持ちは確認していて...」


「そうですか...」夜子は複雑な表情をした。「それで、そのお父さんのお名前は?」


「照井天道さんです」


夜子の表情が変わった。「天道さん...」


「お母さん、ご存知なんですか?」


夜子は少し考えてから答えた。「美月、その方とのお付き合いは...少し慎重になった方がいいかもしれません」


「どうしてですか?」


「詳しいことは...」夜子は困ったような表情をした。「お父さんが帰ってきたら、三人で話しましょう」


美月は母親の様子に不安を感じた。何かを隠しているような雰囲気があった。


数日後、美月の父親も交えて家族会議が開かれた。


「美月、照井天道さんのご子息との件だが...」父親が重い口調で話し始めた。


「はい」


「我々月野家と照井家は...昔から複雑な関係にある」


「複雑な関係?」


「詳しいことはまだ話せないが」父親は続けた。「家系的に、あまり親しくするべきではない相手なのだ」


美月は困惑した。「でも、陽斗君はとても良い人です」


「その子自身の問題ではない」父親が続けた。「でも、家と家の問題は...」


「私たちの気持ちとは関係ないんですか?」美月が尋ねた。


両親は困ったような表情を見せた。


「美月」父親が重い口調で言った。「時が来れば、全てを話す。それまでは...」


「少し距離を置いた方がいいかもしれません」母親が続けた。


美月は愕然とした。陽斗の家族だけでなく、自分の家族まで反対するなんて。


その夜、美月は一人で部屋にいた。窓の外には美しい満月が輝いている。


(お月様...どうして私たちは引き裂かれなければならないの?)


美月は月に向かって問いかけた。でも、月は答えてくれない。


一方、同じ頃、麗奈は自分の部屋で複雑な気持ちを抱えていた。


最近、陽斗と美月の様子がおかしいことに気づいていた。以前のように一緒にいることが少なくなり、二人の間に見えない壁があるような気がした。


(何かあったのかしら...)


麗奈は陽斗への想いを諦めきれずにいた。告白は断られたものの、「美月さんがもし照井君を選ばなかったら」という可能性にかけていた。


もしかしたら、今がその時なのかもしれない。


翌日の昼休み、麗奈は意を決して陽斗に声をかけた。


「照井君、少しお時間ありますか?」


陽斗は少し驚いた様子だったが、頷いた。「厳島さん、どうしたの?」


二人は中庭のベンチに座った。


「最近、お疲れのようですね」麗奈が心配そうに言った。


「そうかな...」陽斗は曖昧に答えた。


「何かお手伝いできることがあれば...」麗奈は続けた。「私、照井君の力になりたいんです」


陽斗は麗奈の真剣な表情を見て、感謝の気持ちを感じた。


「ありがとう、厳島さん。でも大丈夫だよ」


「でも、月野さんとも最近あまりお話しされてないみたいで...」


陽斗の表情が一瞬暗くなった。麗奈はそれを見逃さなかった。


「もしかして、何かあったんですか?」


陽斗は迷ったが、誰かに話を聞いてもらいたい気持ちもあった。


「実は...家庭の事情で、少し美月と距離を置くことになったんだ」


麗奈の心臓がドキドキした。これは、もしかして...


「それは大変ですね」麗奈は同情を込めて言った。「でも、本当にお好きなら、きっと乗り越えられますよ」


「そうだね...」陽斗は力なく微笑んだ。


麗奈は陽斗の落ち込んだ様子を見て、自分が支えてあげたいと強く思った。もしかしたら、陽斗の心を自分に向けることができるかもしれない。


「照井君」麗奈が勇気を出して言った。「もしよろしければ、今度一緒にお昼食べませんか?一人でいると、よくないことばかり考えてしまいますから」


陽斗は少し迷ったが、麗奈の優しさに甘えることにした。


「ありがとう、厳島さん。お言葉に甘えるよ」


麗奈は内心で喜んだ。ついに、陽斗と二人だけの時間を作ることができた。


翌日の学校で、美月は陽斗と麗奈が一緒にお弁当を食べているのを見かけた。


中庭のベンチで、二人は楽しそうに話をしている。麗奈が時々笑顔を見せ、陽斗も普段より表情が明るかった。


美月は遠くからその光景を見つめていた。胸の奥で、嫌な予感がしていた。


(照井君...)


家族の反対で心が沈んでいる陽斗を、麗奈が慰めているのだろう。それは分かっている。でも、それでも胸が苦しかった。


もしかして、陽斗の心が自分から離れていってしまうのではないだろうか。


美月は立ち去ろうとしたが、足が動かなかった。二人の様子が気になって、見続けてしまう。


麗奈が陽斗に何かを差し出している。手作りのお菓子のようだった。陽斗は困ったような表情を見せながらも、それを受け取った。


美月の心に、初めて嫉妬という感情が芽生えた。


家族の反対という大きな壁が立ちはだかり、そこに麗奈という新たな不安要素が加わった。美月の心は、これまで以上に混乱していた。


でも、陽斗への想いは変わらない。どんな困難があっても、彼への気持ちは揺らがない。


そう信じて、美月は教室に戻った。でも、胸の奥の不安は消えることがなかった。

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