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修学旅行・京都

関西修学旅行の2日目の朝。


昨日の奈良での春日大社体験の余韻が残る中、京都の旅館で朝食を終えた5人は、ロビーで今日の予定を相談していた。


「どこに行こうか?」陽斗が地図を広げながら尋ねた。


「投資的観点から言うと、効率的なルートを組むべきですね」豊が眼鏡をクイッと上げた。


「でも、せっかくだからゆっくり回りたいな」美月が言った。


颯太は地図を見ながら呟いた。「俺は前に来たことあるから、案内できるぜ」


「それなら安心ね」美月が微笑む。


明は少し遠慮がちに言った。「僕は皆さんについて行きます。昨日は弓道部の実習でお世話になりましたし...」


「明ちゃんも一緒に決めようよ」陽斗が励ました。「昨日の奈良でも、明ちゃんがいてくれて楽しかったし」


明の顔がパッと明るくなった。「ありがとうございます、照井先輩」


結局、まず清水寺に行って、その後は気の向くままに散策することになった。


京都の街を歩きながら、美月は不思議な感覚に包まれていた。この街にいると、なぜか心が落ち着く。まるで故郷に帰ってきたような、そんな安心感があった。


「美月、どうかした?」陽斗が心配そうに尋ねた。


「あ、いえ...京都って素敵な街ですね」美月が答える。


「なんだか懐かしい感じがする?」


「うん...不思議ですね」


颯太が振り返った。「俺も同じだ。京都に来ると、いつもそんな気分になる」


豊も頷いた。「確かに歴史のある街だからね。古い記憶を呼び覚ますのかも」


清水寺に到着すると、晩秋の静寂に包まれた境内を散策した。紅葉の季節は過ぎていたが、落ち葉が敷き詰められた参道や、冬の澄んだ空気の中に見える京都の街並みは、また違った美しさがあった。清水の舞台から見下ろす景色に、生徒たちは歓声を上げている。


「きれいですね」美月が感嘆の声を漏らした。


「本当だね」陽斗も隣で同じように景色を見つめていた。


「美月、そっちより面白いものがあるぜ」


颯太が指差したのは、恋愛成就で有名な地主神社だった。


「恋愛の神様ですって」明が説明した。「『恋占いの石』があるんです」


美月は興味を示した。「恋占いの石?」


「目を閉じて、石から石まで歩けたら恋が叶うって言われてるんです」


陽斗が面白そうに言った。「やってみない?」


「え、でも...」美月は困惑した。


「僕も興味あります」明が眼を輝かせた。「統計的に成功率はどの程度なんでしょうね」


「明ちゃん、そういう問題じゃないと思うけど...」美月が苦笑いした。


結局、みんなでチャレンジすることになった。


最初に挑戦したのは明だった。目を閉じて、慎重に歩いていく。途中でふらつきながらも、なんとか反対側の石にたどり着いた。


「やりました!」明は嬉しそうに手を叩いた。そして、ちらりと陽斗を見る。


次は豊だった。几帳面な性格らしく、きっちりと直進して成功した。


「投資と同じですね。リスク管理が重要です」豊は満足そうだった。


美月は豊の成功を見て、少し複雑な気持ちになった。豊の気持ちを知っているだけに、素直に喜べない自分がいた。


陽斗も挑戦した。彼は迷いなく真っ直ぐ歩いて、見事に成功した。


「太陽のように明るく、一直線に!」決めポーズを取る陽斗に、周りの観光客がクスクス笑っていた。


「照井先輩、誰を思い浮かべたんですか?」明が期待を込めて尋ねた。


陽斗は美月を見て、照れながら答えた。「えーっと...秘密」


美月の頬が赤くなった。


颯太の番になった。彼は少し迷っているようだったが、やがて目を閉じて歩き始めた。しかし、途中で大きく方向がずれてしまった。


「あー、失敗」颯太は頭を掻いた。


「嵐山君、集中できなかったんですか?」明が尋ねる。


「いや...なんか、色々考えちゃって」颯太は苦笑いした。


最後は美月の番だった。


「がんばって、美月」陽斗が励ました。


「美月さんなら大丈夫です」明も応援してくれた。


美月は目を閉じた。心の中で、誰のことを思い浮かべればいいのだろう。陽斗?颯太?


(まだ分からない...)


美月は迷いながら歩き始めた。でも、途中で不思議な感覚に包まれた。まるで誰かに導かれているような感じで、足が自然に前に進んでいく。


気がつくと、石の前に立っていた。


「すごいです!美月さん、成功ですね!」明が拍手した。


「やったじゃないか」颯太も拍手している。


「美月、すごいね」陽斗が嬉しそうに言った。


豊は興味深そうに美月を見ていた。「美月、誰のことを考えてた?」


美月は困った。実際のところ、最後は何も考えていなかった。ただ、不思議な感覚に身を任せただけだった。


「それは...秘密です」


昼食後、5人はバスに乗って移動していた。窓の外を流れる京都の街並みを眺めながら、のんびりと過ごしている。


「次はどこに行こうか?」陽斗が地図を見ながら尋ねた。


「あ、あそこに小さな神社がある」明が窓の外を指差した。


バスを降りて近づいてみると、看板に「月読神社」と書かれている。


「月読神社?」美月が首をかしげる。


「月読って、美月の『月』と同じ字だね」陽斗が気づいた。


美月は神社の名前を見た瞬間、胸がざわざわした。なぜか気になって仕方がない。


「ちょっと寄ってみませんか?」美月が提案した。


「美月がそう言うなら」颯太も同意した。


小さな神社だったが、境内は静かで神聖な雰囲気に包まれていた。平日の昼間ということもあって、参拝客は少ない。


美月は鳥居をくぐった瞬間、不思議な感覚に襲われた。まるで時間が止まったような、特別な空間に入ったような感じがした。


「この神社、とても静かですね」明が小声で言った。


「うん...でも、なんだか特別な感じがする」陽斗も同じように感じているようだった。


美月は本殿に向かって歩いていた。一歩一歩進むたびに、心が澄んでいくような感覚があった。


「月読神社って、どんな神様なんだろう?」陽斗が疑問に思った。


境内にあった説明板を豊が読み上げた。「月読命...月の神様で、夜を司る神様だそうです」


「月の神様...」美月が呟く。


「美月にぴったりじゃないか」颯太が笑った。「名前も似てるし」


美月は本殿の前に立った。そして、自然に手を合わせて祈り始めた。


その瞬間、美月の心に不思議な感覚が広がった。まるで誰かが優しく微笑みかけているような、温かい気持ちに包まれた。


(お帰りなさい...)


どこからか、そんな声が聞こえたような気がした。でも、実際には誰もいない。


美月は目を開けて周りを見回したが、やはり4人の友達がいるだけだった。


「美月、大丈夫?」陽斗が心配そうに近づいてきた。


「はい...でも、なんだか不思議な感じがしました」


「どんな?」


「まるで...帰ってきたような気分になって」美月は困ったような表情をした。「変ですよね、初めて来る神社なのに」


明が興味深そうに言った。「僕も昨日の春日大社で、同じような感覚になりました」


「そうなの?」


「はい。名前が同じだからかもしれませんが...でも、それだけじゃない特別な感じがしたんです」


豊が分析的に言った。「神聖な場所だから、そういうこともあるんじゃない?投資的観点から言うと...いや、今回は理屈じゃ説明できないかも」


颯太も頷いた。「俺も神社に来ると、いつもと違う気分になる。特に京都の神社は」


月読神社を後にした一行は、次に伏見稲荷大社に向かった。


千本鳥居で有名な神社に、生徒たちは大興奮だった。


「すごい数の鳥居ですね」美月が感嘆した。


「全部で何本あるんだろう」陽斗が首をかしげた。


「約一万本らしいぜ」颯太が説明した。「昔調べたことがあるんだ」


「へえ、颯太君詳しいのね」


鳥居をくぐりながら山を登っていく途中、豊が急に立ち止まった。


「どうしたの、豊君?」美月が心配する。


「商売繁盛の神様として有名なこの場所で、自分の『投資的観点から言うと...』という口癖が特別な意味を持つような気がするんだ」豊は不思議そうに呟いた。「まるで、ここが自分の本当の故郷であるかのような、深い安心感に包まれてる」


「でも豊君、京都に来たのは初めてって言ってなかった?」


「そうなんだけど...」豊は首をかしげた。


明も同じような表情をしていた。「僕も同じです。まるで帰ってきたような気分」


陽斗と颯太も頷いていた。


「僕もそんな感じがする」陽斗が言った。


「俺も...」颯太は京都の街を歩きながら、「嵐」という言葉が気になっていた。自分の名前にも「嵐」が入っているし、この古い街にいると、昔の激しい戦いの記憶のようなものがよみがえる気がした。特に八坂神社の前を通った時、胸の奥で何かが疼くような感覚があった。「なんか不思議だな」


美月は驚いた。みんな同じような感覚を抱いているとは。


山頂近くまで登ったところで、5人は境内のベンチに座って、しばらく静かに過ごした。


美月は先ほどの月読神社での不思議な体験について考えていた。あの温かい感覚は何だったのだろう。本当に誰かが「お帰りなさい」と言ってくれたような気がしたのだが...


「美月」陽斗が隣に座りながら声をかけた。


「はい?」


「君といると、いつも落ち着くよ」陽斗が微笑んだ。「特に今日みたいな静かな場所にいると」


美月の頬が少し赤くなった。「私も...照井君といると安心します」


「本当?」


「はい。太陽みたいに明るくて、一緒にいると心が温かくなるんです」


陽斗は美月の言葉を聞いて、とても嬉しくなった。「美月は月みたいに美しくて、僕の心を照らしてくれる」


美月は陽斗の言葉にドキドキした。月と太陽...なぜかとても自然に感じられる例えだった。


夕方、嵐山の竹林を歩いていた。


竹が風に揺れる音が、とても心地よく響いている。美月は陽斗と並んで歩きながら、今日一日を振り返っていた。


「今日は楽しかったね」陽斗が言った。


「はい。特に月読神社は印象的でした」


「美月にとって特別な場所になったね」


「そうですね...また一人でも来てみたいです」


「一人で?」陽斗が少し寂しそうに言った。


「あ、いえ...照井君とも一緒に来たいです」美月は慌てて付け加えた。


陽斗の顔がパッと明るくなった。「本当?」


「はい。照井君と一緒だと、もっと特別な場所になりそうです」


二人は竹林の中を歩きながら、自然と距離が近くなっていた。


その時、強い風が吹いて、美月の髪が舞い上がった。


「あ」美月が慌てて髪を押さえようとした瞬間、陽斗が優しく手を伸ばして髪を整えてくれた。


「大丈夫?」


美月は陽斗の優しい眼差しに見つめられて、心臓がドキドキした。


「あ、ありがとうございます...」


二人の距離がとても近くなって、時間が止まったような瞬間だった。


「美月...」陽斗が小さく呟いた。


「はい...」


「僕は...」陽斗が何かを言いかけた時、後ろから声がした。


「おーい、二人とも!」


颯太、豊、明の3人が追いかけてきた。


「あ...」美月は慌てて陽斗から離れた。


「何してるんだ?」颯太が尋ねる。


「髪が風で乱れちゃって...」美月が説明した。


「そうか」颯太は二人の様子を見て、何かを察したようだったが、何も言わなかった。


その夜、旅館で夕食を食べながら、5人は今日の思い出を語り合った。


「月読神社、良かったですね」明が陽斗に向かって言った。


「うん。美月が見つけてくれてよかった」陽斗が答える。


「名前が似てるからか、美月さんにとって特別な場所になったみたいですね」明が続けた。


美月は明の言葉を聞いて、改めて今日のことを考えた。確かに、月読神社では特別な体験をした。でも、それ以上に印象的だったのは、陽斗との時間だった。


竹林での出来事を思い出すと、胸がドキドキする。陽斗の優しさに触れて、自分の気持ちがますますはっきりしてきた。


(私、照井君のことが好きなんだ...)


美月はついに自分の気持ちを認めた。月読神社で感じた温かい感覚と、陽斗への想い。どちらも自分にとって大切なものだった。


夜、美月は一人で旅館の庭を散歩していた。


京都の夜空には、美しい月が輝いている。月を見上げながら、美月は今日一日のことを振り返っていた。


「美月」


振り返ると、陽斗が立っていた。


「照井君...どうしたんですか?」


「君を探してた」陽斗は美月の隣に来た。「月がきれいだね」


「はい...とても美しいです」


「美月も月みたいに美しいよ」


美月の頬が赤くなった。「そんな...」


「本当だよ」陽斗は真剣な表情で言った。「今日、竹林で君を見ていて思ったんだ。僕は美月が大好きだって」


美月の心臓が大きく跳ねた。


(月読神社での不思議な体験、陽斗君の優しさ、竹林での特別な時間...全てが私の心を一つの答えに向かわせている。颯太君への想いも確かにある。でも、陽斗君への気持ちはそれとは違う種類の、もっと深くて確かなもの。私、もう自分の気持ちに正直になろう)


「照井君...」


「返事は急がないよ」陽斗は優しく微笑んだ。「でも、僕の気持ちだけは伝えたくて」


美月は陽斗の真っ直ぐな眼差しを見つめた。今日、月読神社で感じた温かい気持ち、竹林での特別な時間、そして今この瞬間。全てが自分の心を陽斗に向かわせている。


「私も...」美月が小さく呟いた。


「え?」


「私も、照井君のことが...」美月は勇気を振り絞った。「好きです」


陽斗の顔がパッと明るくなった。まさに太陽のような笑顔だった。


「本当?」


「はい...でも、まだ少し時間をください」美月は続けた。「颯太君のことも、きちんと整理したいんです」


「分かってる」陽斗は頷いた。「美月のペースでいいよ」


二人は並んで月を見上げた。京都の夜空に輝く月が、二人の新しい関係を静かに見守っているようだった。


美月にとって、今日は人生の転換点となる特別な一日だった。月読神社で感じた不思議な体験と、陽斗への想いの自覚。どちらも自分にとって大切な宝物になった。

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