修学旅行・奈良
十二月の初旬、陽向学園2年生は待ちに待った関西修学旅行に出発した。
新大阪駅のホームは生徒たちの興奮した声に包まれている。美月は生徒会として最後の確認作業をしていたが、今回は自分も楽しめそうで心が弾んでいた。
「美月、準備完了?」陽斗が荷物を持って近づいてきた。
「はい。でも、本当に大丈夫かしら...」美月は心配そうに生徒たちを見回した。
「大丈夫だよ」陽斗は太陽のような笑顔を見せた。「みんな楽しみにしてるし、きっといい思い出になる」
その時、颯太が現れた。いつもよりきちんとした服装をしている。
「よお、美月。今日は班長としてよろしく頼むぜ」
修学旅行の班分けで、美月、陽斗、颯太、豊、そして1年生の明も同じ班になっていた。
「春日さんも同じ班なのね」美月が振り返ると、明が少し離れたところに立っていた。
「あ、美月さん」明は慌てて駆け寄ってきた。「1年生なのに、2年生の修学旅行に参加させていただいて...」
「弓道部の交流プログラムでしょ?」陽斗が説明した。「奈良の弓道場での実習があるって聞いたよ」
「はい」明は嬉しそうに頷いた。「照井先輩と一緒に奈良に行けるなんて、夢みたいです」
豊が眼鏡をクイッと上げながら言った。「投資的観点から言うと、修学旅行は人間関係の進展に最適な機会ですね」
「豊君、今回は投資理論は封印して楽しもうよ」美月が苦笑いした。
電車の中では、5人が向かい合って座った。窓の外を流れる景色を見ながら、みんなでトランプをしたり、お菓子を食べたりして過ごした。
「明ちゃん、奈良は初めて?」陽斗が尋ねた。
「はい。でも、なぜか懐かしい感じがするんです」明は不思議そうに言った。
「懐かしい?」
「うまく説明できないんですが...まるで昔住んでたような気分になって」
美月は不思議な感覚を覚えた。自分も時々、初めて行く場所で同じような感覚になることがあった。
「僕も時々そういうことがある」陽斗が同意した。「初めて行く場所なのに、知ってるような感じ」
颯太も頷いた。「俺もだ。不思議だよな」
豊は少し考えてから言った。「神聖な場所だから、そういうこともあるのかもね。投資的観点から言うと...じゃなくて、普通に考えても神秘的な体験だよ」
奈良に到着すると、まず東大寺を見学した。
大仏殿の前で記念撮影をしながら、明が大仏を見上げて感動していた。
「すごく大きいですね」
「1300年以上前に作られたんだって」陽斗が説明した。
「1300年...」明が呟く。「その頃の人たちも、この大仏を見上げていたのかな」
美月は明の横顔を見た。なぜか、とても神聖な表情をしている。
午後は、春日大社を訪れた。
朱色の鳥居が続く参道を歩きながら、明の様子が変わってきた。いつもより静かで、まるで何かに導かれるように歩いている。
「明ちゃん、大丈夫?」陽斗が心配そうに声をかけた。
「はい...でも、春日って名前が同じだから親近感があるのかも」明は困ったような表情をした。
春日大社の本殿に着くと、明は自然に手を合わせて祈り始めた。その姿は、まるで昔からこの神社を知っているかのようだった。
「春日さん、とても様になってるね」美月が感心した。
「明ちゃん、神社とか詳しいの?」陽斗が尋ねる。
「そんなに詳しくないんですが...」明は首をかしげた。「でも、ここにいるととても落ち着くんです」
その時、神社の宮司さんが近づいてきた。
「お若い方々、ようこそいらっしゃいました」
「こんにちは」美月が代表してお辞儀した。
宮司さんは明を見て、少し驚いたような表情を見せた。
「あなた、とても良い気をお持ちですね」
「え?」明が戸惑う。
「春日の神様に愛されているような...」宮司さんは優しく微笑んだ。「もしよろしければ、特別に神楽を見学していかれませんか?」
「神楽?」
「ちょうど今から奉納があるんです。普通は関係者しか見られないのですが...」
5人は特別に神楽の見学をすることになった。
神楽殿では、巫女さんたちが美しい舞を奉納していた。鈴の音と雅楽の調べが境内に響く。
明はその様子を見ていて、なぜか涙が出てきた。
「明ちゃん?」陽斗が心配する。
「すみません...なぜか涙が...」明は慌てて涙を拭いた。「とても美しくて、胸が熱くなって」
美月は明の様子を見ていて、不思議な感覚を覚えた。まるで明が神楽の一部になっているような、そんな印象を受けた。
神楽が終わった後、明は弓道部の交流プログラムのため、他のメンバーと一緒に奈良県立弓道場に向かうことになった。
「僕たちも見学させてもらおうか」陽斗が提案した。
「いいんですか?」明が嬉しそうに尋ねる。
「弓道部の先生に許可をもらえば大丈夫でしょ」美月が答えた。
弓道場に到着すると、明は他の弓道部員たちと一緒に実習を受けることになった。4人は見学席から明の様子を見守っていた。
弓道場に入った瞬間、明の表情が変わった。まるで帰ってきたような、安堵の表情を浮かべている。
明は弓を手に取った。正式な実習ということもあって、いつも以上に集中していた。
弓を構えて、的に向かう。深呼吸をして、心を込めて矢を放った。
矢は見事に的の中心を射抜いた。
「すごい!」陽斗が拍手した。
「さすが明ちゃん」美月も感心した。
明自身が一番驚いていた。いつもより集中できて、まるで神様に導かれるような感覚だった。
「なんか、いつもと違う感じがした」明が呟く。「春日大社でお参りした後だからかな...」
明は自分でもよく分からないが、神社に来て何かが変わったような気がした。
夕方近く、5人は奈良公園を散策した。
鹿たちと触れ合いながら、今日一日を振り返っている。
「鹿って人懐っこいのね」美月が鹿せんべいをあげながら言った。
「神様の使いだからかな」明が答えた。
「明ちゃん、今日から神様のことばかり言ってるね」陽斗が笑いながら指摘した。
「そうですね...でも、今日から何かが変わったような気がするんです」明は真剣な表情で言った。
「どんな風に?」美月が興味深そうに尋ねる。
「うまく説明できないんですが...自分の役割みたいなものが見えてきたような」
颯太が首をかしげた。「役割?」
「はい。私は弓道を通じて、みんなを守ったり、導いたりする役割があるのかなって」明は続けた。「特に、照井先輩や美月さんを...」
陽斗は明の真剣な表情を見て、感動した。
「明ちゃん、君はいつもみんなのことを考えてくれるね」
「それが私の役割だと思うんです」明は微笑んだ。「今日の春日大社で、そんな気持ちになりました」
美月は明の言葉を聞いて、胸が熱くなった。明はライバルでもあるのに、こんなにも優しい気持ちでいてくれる。
「春日さん、ありがとう」美月は心から言った。
「いえ、私こそ」明は頭を下げた。「美月さんから学ぶことがたくさんあります」
豊は二人の様子を見ていて、投資理論を忘れて感動していた。
(みんな、本当にいいやつらだな...)
夕方、京都の旅館に向かうバスの中で、明は窓の外を見ながら考えていた。
奈良での体験は、自分にとって特別な意味があったと思う。弓道への向き合い方も変わったし、自分の役割についても考えるようになった。
そして何より、陽斗や美月、みんなへの想いがより深くなった。
(私、成長できたのかな...)
明は春日大社でもらった小さなお守りを大切に握りしめた。これからも、みんなを支えていこう。それが自分の役割だと思った。
「明ちゃん、楽しかった?」陽斗が声をかけてきた。
「はい、とても」明は笑顔で答えた。「照井先輩と一緒に奈良に行けて、本当に良い思い出になりました」
「僕も楽しかった。明ちゃんがいてくれて良かったよ」
明の心は温かくなった。陽斗のそんな言葉を聞けただけで、今日は最高の思い出になった。
でも、明の心の中では、新しい決意も固まっていた。陽斗の幸せのために、自分にできることをしようと。
夕日がバスの窓を染める中、京都の旅館に向かう。明にとって、人生の転換点となる特別な一日だった。そして明日はまた新しい発見が待っているような予感がしていた。