クロちゃんの特技
しばらく思い出話をしていたけど、そろそろ出ないと、のぼせてしまいそうだ。
温泉を出て服を着替える。クロちゃんは泳いだままだ。
蜘蛛って泳ぎが得意なんだね。知らなかった。
気に入ったんだろうか。
眺めていても止まる気配がない。
「マスター、着替え終わりましたか?」
「うん。そっちは?」
「終わっています」
それなら合流しても問題はないな。
「こっち来てくれるかな」
「は~い」
返事がしてすぐ、ユミは男性用の脱衣所に入ってくれた。
長い髪は濡れていて肩にタオルを掛けている。温泉によって肌はうっすらと赤くなっていて、いつもと違う雰囲気に飲まれてしまった。この感情をなんて言うか俺にはわからないけど、悪いものじゃない。
「マスター、何かあったんですか? パンツでも忘れました?」
「マジックバッグにあったからちゃんと交換したよ」
俺は子供か! と突っ込むのは止めておいた。だって過去に何度かパンツを忘れたことがあるからね。
用意周到なユミも俺の着替えを持っていなかったので、その時はノーパンツで過ごしたんだよね。ジーンズの生地が擦れてお尻が痛かったなあ。
「それでは、他に何かあったのですね」
「クロちゃんが止まってくれないんだ」
数歩横に動いて温泉が見えるようにした。
クロちゃんは元気に泳いでいる。
ユミの顔を見るとスピードが上がって自慢しているようにも見える。
「…………何してるんですか」
ユミに呆れた声を出させるなんて、クロちゃんやるな。
「泳ぐのが楽しいらしいよ」
「それってクモの習性なんでしょうか。それとも黒死蜘蛛の種族特性?」
「どっちとも違うんじゃないかな。多分、クロちゃんが好きなだけだよ」
種族特性なら話題になっているはずだけど、黒死蜘蛛が泳ぐなんて話は聞いたことがない。
ユミも知らないなら一般的に広がってないと思っていいだろう。
「マスター、泳がせておきます?」
急ぐ用事はない。
マジックバッグは持ってきているので、盗難の心配も不要だ。この前、襲撃犯の一人を捕まえてきたことだし、ご褒美として思うぞんぶん泳がせておくか。
「飽きるまで待とう」
壁にしていたミスラムをソファモードに変えて、温泉が見える場所で二人とも座る。体が温まっているからか、ユミの体温が近くに感じる。
水しぶきを上げる泳ぎ方を変えて、なんと潜水を始めた! 空気の泡が出てないので完全に息を止めているみたいだ。波すら立てずに進めるなんて忍者みたいだな。
「ミズグモは空気の膜をお尻に作って水中を移動しますが、クロちゃんはそれとも違いますね。人間と同じように泳いでいるだけです。捕食するためでしょうか。面白い進化をしていますね」
感心しているけど、クロちゃんがとんでもない魔物に育ってるんじゃないかって冷や汗をかいている。
本気で暴れたら止められる探索者はいるのだろうか。
他にも魔物をペットにしている人はいるから、知晴さんに進化について調べてもらうのも悪くないかも。ううん、やったほうがいい。なんとなくだけど人類の敵を育てすぎている気がするんだよね。
「今度さ、知晴さんに魔物の育て方を聞いてみる?」
「マスター、すごく素敵な案ですね! もっと強くするヒントがもらえるかもしれません! ダンジョンを出たらすぐに聞きに行きましょう」
俺と考えは逆のようで、ユミはクロちゃんをもっと鍛えたいらしい。
大丈夫だろうかという不安は常にあるけど、飼い主が張り切っているんだから止めるわけにもいかないか。
「そうしようか」
話が終わったので俺たちは黙ってクロちゃんの水泳を見守る。一時間ほどすると飽きたみたいで、ようやく温泉を出てくれた。
ユミの前に来るとペコッと頭を下げる。動きからして謝罪なんだとは思う。
「マスターと一緒だったから待つのも楽しかったですよ。気にしないで」
俺も待っているのは苦痛じゃなかったのでユミと同意見だった。
温泉は十分に堪能したのでペットボトルを回収してから、俺たちは坑道を出る。
鉱員のおっさんに「熱かったけど疲れは取れた」と感想をいってからテントに入り、ユミを中心に左側は俺、右側にクロちゃんが横になる。
外は酒を飲んでいる男が大勢いるので騒がしいが、睡眠の方が強くて意識は薄れていく。
警備はミスラムに任せているのでしっかりと寝よう。
「マスター、手を繋ぎましょう」
小さい手を握った。基礎体温が高いのか、俺よりも暖かい。
「お休み」
「マスター、お休みなさい」
すぐにユミから静かな寝息が聞こえてきた。子供は入眠が早いな。
なんて考えていると、俺も睡魔に耐えられず眠ってしまった。
* * *
「お前ら! 今日もがっつり働くぞ!!」
「うおおーーーー!」
鉱員のおっさんの野太い声で目が覚めた。
気分は最悪だ。
隣を見るとユミの姿はない。クロちゃんもいないので一緒に外へ出たのだろう。
起き上がってテントから顔を覗かせると、上半身裸のおっさんが何人も坑道へ向かう姿を見た。
どうやらユミに挨拶をしてから向かっているらしい。
一日経っても人気者なのは変わりないようだ。
「おはよう」
鉱員のおっさんが居なくなったタイミングで、テントから出てユミに声をかけた。
「マスター、おはようございます。しっかり寝れましたか?」
「うん。ユミは?」
「マスターと同じです」
早めに起きてたから心配だったけど、ちゃんと寝たようだ。
クソ不味い探索バーを口にくわえながら、体を伸ばす。
昨日の採掘作業だけじゃ筋肉痛にはなっていないようだ。
「今日はミスリル銀を取りに行くんですか?」
口に入れていた探索バーを急いでかみ砕いてから飲む。
「うん。一緒に行こう」
「はい!」
宿泊するつもりはないので、テントを仕舞ってから坑道へ入った。
案内はないけど、鉱員のおっさんが沢山居るので聞きながら目的地に着く。
ここら辺は原石が豊富に採れるらしい。
マジックバッグからドリルを取り出して、エンジンをつける。ブルブルと震えだしたので、横穴を掘っていく。
ツルハシを振るっていた、鉱員のおっさんたちは手を止めて興味深く俺を見始めた。
「すげー速さだな。俺たちにも導入してくれねぇかな」
「魔石の交換コストが高いらしい。あとは壊れたときの修理代か。採算無視できる個人じゃなきゃ無理だろ」
「便利な道具なんだけどなあ。貧乏人に縁はないか」
ツルハシなんて原始的な道具を使っているのに疑問をもったけど、組織的に使うのは難しいんだね。補給が難しいダンジョン内だからこそ、故障もしない頑丈な道具が求められるのかもしれない。
おっと、余計なことを考えていたら掘りすぎてしまったみたいだ。かなり大きな横穴ができてしまった。転がっている石を拾ってみると、どれも紺色の線があった。
「全部、鉱石だ!」
「マスター、よかったですね」
もう数日必要かと思ったけど、これなら今日で終わりそうだ。運がいい!
喜んでいるとユミも石を拾ってくれた。紺色の線がある石は全てマジックバッグに詰めて、鉱員のおっさんと別れて外へ出る。
「この後どうするんですか?」
「フォックスに会う」
スキップしながら責任者がいるテントへはいる。
相変わらずパンツ一枚の姿だった。照明の光が反射して刺青の入っているスキンヘッドがテカテカしている。
「鉱石はとれたか?」
「うん。抽出お願いできるかな」
知晴さんから教えてもらっているんだけど、フォックスが持っているスキルは抽出というものだ。名前の通り狙った成分だけを取り出せる。
世界で見ても数人しか持っていない超レアなスキルなんだよね。だから責任者にしてダンジョンに置いているらしい。遊ぶ場所もないのによく働くよ。
「すごい量を採掘してきたんだな……」
マジックバッグから全ての鉱石を取り出すと、フォックスの顔は引きつっていた。
「何割か返さないとダメ?」
「無制限許可書だったから、そんな必要はない。この量を想定できなかったヤツが悪い。抽出するぞ」
鉱石の山に手を向けてフォックスがスキルを発動させた。
対象の物質が光ると球みたいなのが浮かび上がる。フォックスが手で操作すると、床に落ちた。スキルが終わると光も消える。
見覚えのある金属があった。
「純度100%のミスリル銀だ。ざっと20キロって所か? 末端価格で考えたら恐ろしい金額になるぞ」
売れば借金返済できそうだけど、今回は使い道を決めているからそんなことはしない。
ミスラムに触れて命令を出す。
「捕食していいよ」
スライムのように動くとミスリル銀を吸収した。僅か一分ほどの時間しか使っていないけど、体積はかなり大きくなった。
もう少し大きくしたいと思っていたから、想定どおりだ。
「ミスリル銀を吸収して大きくなっただと? この銀色のスライムは何なんだ……?」
「俺が作ったミスラムだよ」
「違う。そういうことが聞きたいんじゃなく……いや、詳細は話さなくていい。どうせ分からない。用が済んだら、さっさと帰ってくれ」
テーブルに置いてあった酒瓶を持って飲み始めた。
鉱員は働いているのにフォックスは酒三昧らしい。スキル以外は期待されてないんだろうな。
特にやることもないので、言われたとおりテントを出て、そのまま地上へ向かうことにした。





