心と体がほぐれる温泉
ミスラムを三人用のソファ型にしてユミと焚き火に当たっていると、鉱員おっさんたちが戻ってきた。
2時間ぐらいは経過しているだろうか。想像していたよりも長い準備だったようだ。
「待たせたな! せっかくだから二人では入れるようにしたら時間がかかっちまった」
「混浴ってこと?」
「まさか! 温泉の中心に目隠しの柵を作っているから男女別になっている」
ちゃんと配慮はしてくれたようだ。横にいるユミをチラッと見る。
「温泉! 温泉!」
俺がギリギリ聞き取れるようなボリュームでつぶやいていた。楽しみにしているようだ。
同じ温泉を共有する形にはなるんだけど、ユミは気にしていないようだ。
「ありがとう。温泉に入ってくる」
「おう! ユミちゃんから感想を聞かせてくれよ!」
それが報酬ってわけだね。隠すことでないので教えてあげよう。
「わかった」
「よーし! 飲み直すぞ!」
許可を出したら鉱員のおっさんたちは酒を飲みに行ってしまった。夕方から何時まで飲み続けるんだろう。娯楽のない環境だから、寝るまで飲んでるイメージだけど、そんな生活を続けてたらすぐに体を壊しちゃいそう。
そういえば集落に来たのは3時頃だったけど、その時には仕事は終わっていたようだった。
肉体的に大変でストレスが多そうだから実勤務時間は短いのかもしれない。
「マスター、行きましょう」
「うん」
おっさんのことなんて、どうでもいいか。思考を中断して差し出されたユミの手を握って立ち上がる。
クロちゃんとミスラムを連れて坑内には入って、教えてもらった温泉の場所まで移動する。
天井が広く行き止まりに温泉があった。縦横5メートルはありそうで独りで入るには十分な広さだ。深い場所はなさそうで床が見えていて安心できる。中心から木でできた柵が立てられていて、ドアのない脱衣所まで続いている。
換気はできてないからサウナのような湿度を感じるけど、不快じゃなかった。
「着替えを覗かれたら嫌だな」
俺たちが来た通路から人がやってくる可能性もある。
事故が起こっては困るので、ミスラムに触れた。
「穴壁」
命令を出すと通路を塞ぐ壁になってくれた。よく見ると1mmぐらいの穴が多数空いていて、空気の入れ替えができるようになっている。これなら邪魔が入ることはないだろう。
「それじゃ、また後でね」
ユミに別れて右側の脱衣所に移動する。
服を脱いでから桶に温泉を入れて、体にかけると肌が赤くなりそうなほど熱かった。源泉をそのまま使っているので温度調整はできないんだろうな。
水で薄めるのを諦めて髪や体を洗っていく。
隣からも水のしたたる音が聞こえてきた。
「マスター、熱くありませんか?」
「少し肌がピリピリするぐらいかな。そっちは?」
格好つけるために、あえて控えめな表現で言った。
「ちょうどいいです。マスターは無理しないでくださいね」
「はーい」
俺が我慢していたのはユミにバレていたみたいだ。人工精霊で肌が強いユミに心配されてしまったのである。
話している間に洗い終わったので、温泉に足の指を入れてみる。
熱い。だが我慢できないほどじゃない。ゆっくりと足を静めていってふくらはぎ辺りで足が着く。
肌がジンジンと痛む感じがするので慣れるまで動けない。
静かにしていると隣からは髪を洗う音が聞こえている。長いから時間がかかるんだろう。しばらくして体を洗う音に変わると、俺の体もようやく温泉の熱さに慣れてきた。
数歩進んでからゆっくりと腰を落として体を沈めていく。
温かいお湯が全身を包んで力が抜けていった。
「あ~~~っ」
じんわりと筋肉がほぐされていき、採掘で疲労していた体が回復していくように感じる。ポーションより効果があるんじゃないかな。
そういえば温泉の水を使ったレシピがあったような。
ああ、そうだ。ばーちゃんが前に温泉の効能を数倍に高める入浴剤を作っていた。その時に重要だったのが温泉だ。採取した温泉の効能によって効果がかわるんだよね。
坑内に発生した温泉は、どんな効能があるんだろう。
体感的には疲労回復があるのは間違いない。脱衣所に置いたマジックバッグに空いているペットボトルがあったから、何本か使ってみよう。
バシャバシャと音をたてて歩き、脱衣所に戻るとクロちゃんがいた。
「ユミと入らなかったの?」
いつも側に居るから一緒だと思っていたんだけど、首を横に振って否定されてしまった。
もしかしてオスだから気を使ってこっちにきた?
蜘蛛の性別判断なんてできないけど、俺と入りたいなら連れて行くまでだ。
「おいで」
空のペットボトルを持って洗い場まで戻る。
「マスター、もう出ちゃいます?」
「ううん。これからクロちゃんを洗って入り直すよ」
「そういうことですか。ありがとうございます」
ユミは言い終わると、温泉に入った音がした。
日頃の疲れを癒やしてくれ。
俺はクロちゃんに温泉をかけてから手にボディソープをつけて丁寧に洗っていく。
時間があればユミが手洗いしているので、やり方は分かっている。丁寧に洗ってから流すと、クロちゃんは飛び跳ねて温泉の中に入ってしまった。さらにすいすいと泳いでいる。楽しそうだ。
マナー違反だけど、誰もいないからいっか。
ペットボトルの中身を満たしてから、俺はもう一度温泉へ入る。
体が温まっているので肌がピリピリすることはなかった。
木製の柵に寄りかかって天井を見上げる。水滴が沢山ついていて、ぽちょん、ぽちょん、と定期的に落ちていた。
「マスター、この音は懐かしいですね」
柵越しからユミの声が聞こえた。
初めて出会った時は雨が降る森の中だった。近くには小さな川があったので、なんとなく思い出したんだろう。
「そうだな。あの時は二人ともボロボロだったな」
「ですね。マスターの服はヨレヨレで、私よりも汚かったと思います」
「しょうがないだろ。あの時は橋の下で生活していたんだから」
家賃を滞納しすぎて追い出されたんだよね。
お金はあまり持ってなく、ばーちゃんに頼るのも悪いと思って、仕方なく素材を集める旅に出た。
そんなときにユミと出会ったのだ。
「俺と出会ったのを後悔している?」
体と心がほぐれ、顔が見えないから、怖くて聞けなかったこともすっと言えてしまった。
人口精霊になって人生をやり直したことを、どう思っているのだろうか。沢山迷惑をかけている自覚はあるし、はいと言われたらどうしよう。
発言をしてから、とんでもないことを聞いてしまったと、思ってしまった。
「マスター、私は後悔なんて一度もしていませんよ。すごく楽しい毎日です」
「無理してない?」
「してませんよ。マスターが私を必要としてくれているのが嬉しいんです」
「そっか。よかった~」
気が抜けてしまった。人工精霊になって後悔してなかったんだ。
嘘かもしれないけど、俺はユミの言葉を信じることにした。
「マスターは私との生活はどうですか?」
「家賃滞納で追い出される事もなくなったし、すごくいいよ」
他にもヨレヨレになった服を捨てて新しいのを買ってくれたりと、生活面で非常にお世話になっている。
それに話し相手がいるってのも意外と悪くない。錬金術以外にも楽しいことがあるんだってのは、ユミと共同生活してから知ったことだった。
「一緒ですね。私もです」
「そうだな。一緒だ」
軽くだけどお互いに気持ちを確かめあえた。
それだけで温泉に入った価値はあったな。





