クソ不味い探索バー
「みなさん、マスターが帰ってきたので解散してください」
「明日もいるんだよな?」
「はい。坑道へ入る予定なのでお会いできると思いますよ」
ユミを取り囲んでいた鉱員は納得したようで、バラバラと去って行く。道案内してくれたおっさんも「またな」と言ってから、バーと書かれた看板を掲げた大きなテントへ入った。仕事が終わったから酒でも飲むんだろう。
残された俺は、膝の上にお菓子を乗せたユミを見る。
「沢山の人に囲まれて怖くなかったか?」
「優しくしてくれたので大丈夫でした」
見た目はともかく、内面はまともなんだな。
嫌な思いをしてなくてほっと胸をなで下ろす。
ただ油断はしちゃダメだ。こんだけ注目を浴びてしまった上に、一部には精霊だと教えてしまったので狙ってくかもしれない。
それはダンジョン行商の常連である藤……なんとかの反応からして杞憂ではないだろう。実感は全くないが、人の形をして話せる精霊はレアなのだ。一人にはさせられないので今晩は一緒に寝よう。トイレもクロちゃんとミスラムの監視付きだ。絶対に目を離さないからな!
「マスター、これからどうします? もしご飯にするなら携帯食料のほうがいいですよ」
「どうして?」
「ここで働いている人たちは、ずいぶんと味気ない食事をしているみたいで、私たちが贅沢をしたら恨まれてしまうからです」
ご飯の恨みは怖いからね。ユミの懸念はごもっともだ。
マジックバッグには数日分の食材しか入ってないから、全員に振る舞えない。誰かをのけ者にしたら、余計に悪感情は大きく膨らんでしまうだろう。
手を出すなら全てに振る舞う。できなければ同化する。
俺たちに取れる選択肢は二つだけで後者を選ぼうと決めた。
「よく周囲を観察しているね。助かったよ」
リュック型のマジックバッグから探索バーを取り出した。
俺はチョコ味でユミは蜂蜜味を選ぶ。今日は体が疲れているので糖分を補給している気分にしたいから、甘い味を選んだが、ユミはいつも同じだ。「美味しいのか?」と聞くと、樹液っぽくていいですと答えられて困ったことがあったな。
あの時はなんて返事すればいいか分からず黙ってしまった。
「美味しいですね」
受け取った探索バーを頬張りながら、ユミは幸せそうな顔をしている。そんな姿を見ながら俺も口に入れる。
ガリッと砂利を噛んだような歯ごたえがあった。甘みの中に苦みが入っていて最悪だ。これでチョコ味なんて詐欺だよ。土味とか、そんな名前に変更を要求する! ……名称が変わっても不味いのは変わりないか。
どうしてユミは、探索バーを美味しそうに食べられるんだろうか。
味覚がおかしいわけじゃない。普段の料理はすごく美味しいからね。受け入れられる味の幅が広いんだろう。
「俺はあまりかな……」
「マスターは好き嫌いが多すぎるんです」
そこから30分ぐらい小言を言われてしまう。結構な人が探索バーを苦手にしているんだけど、どうもユミはそれが許せないらしい。
食感の悪さが逆にいいらしいのだから、もう俺から言えることは何もない。ユミが好きな物を否定する気持ちはないし、勝手にしてくれと思っていた。
「マスター聞いています?」
「聞いてるよ。すごく聞いている」
「無視したら泣きますからね。それでですね――」
ものすごく真剣な顔をしながら相づちをするけど、内容はまったく頭に入っていない。こういうの得意なんだよね。
右から左へ聞き流しつつ、探索バーを水で流し込む。
「ちょっといいか?」
振り返ると坑道を案内してくれたおっさんが立っていた。後ろにも鉱員が何名かいる。全員顔が少しだけ赤いのはアルコールが入っているからだろう。
「風呂に入る予定はあるか?」
「どういうこと?」
「坑内にある温泉を使ったらどうだ? ユミちゃんも汗を流したいだろ」
目をスーッと細めて警戒を高めた。
手を伸ばしてミスラムに触れる。命令すれば即座に武器や防具にできる状態だ。
「おいおい! 物騒な気配を出すなよ」
「温泉は男専用だよね。ユミをどうするつもり?」
覗きの心配もあるが、最大の懸念は無防備なところを狙われて攫われてしまうことである。
ユミは毒にもある程度の耐性はあるけど、首を切断されて頭部にある精霊石を取られたら何もできない。支配権限を変えられたら最悪だ。
「何もしねぇって! 髪が長いから風呂ぐらい入りたいと思って、期間限定で女性専用時間を作ろうとしたんだよ!」
ここは探索者ギルドが認めた一部の人間しか入れない。鉱員だって例外ではなく、人格の調査はしているだろう。少なくとも犯罪者紛いが入り込める隙はないはず。
裏の意図はなく、善意で言ってくれているかもしれない。
「ユミはどうする?」
「マスターの許可がでるなら入りたいです」
「だとよ?」
全員が俺の判断を待っていた。
動いたので汗を流したい気持ちはすごく分かる。俺はこっそり入ろうとしたほどだし、ユミのお願いを却下する正当な理由はない。
「ミスラムとクロちゃんも連れて行くならいいよ」
無条件では信用しない。
何かがあっても抵抗できる手段を残せるのであれば許可を出すと言った。
「よし、きた! 準備が終わったら声をかけるから待っていてくれ!」
何をするつもりなのか聞く前に、異様なほど気合いが入ったおっさんたちは坑道の方へ行ってしまう。
悪い人じゃないんだけど動きが読めなくて困る。
「マスター、心配しなくても大丈夫です。純粋な方ばかりですよ」
「それも精霊の能力でわかるの?」
「いえ。乙女の勘です」
「なら間違いないや。準備とやらが終わるのを楽しみに待とうか」
もしかしたら俺は襲撃されたことで信じる心がなくなっていたのかもしれない。
警戒も必要ではあるけど、それと同じぐらい好意を素直に受け取るのも重要だ。じゃないと生きづらいんだよね。
俺はそのことをユミの中にある乙女の勘とやらに教わったのだ。





