デキる男、裕真
「マスター、先に進みますか?」
ちらっとワニの死体を見る。皮はバッグに使えるけど、錬金術の素材にはならない。他の部位も同じだ。時間を割いて解体する価値はないし、マジックバッグに入れて持ち帰る必要性は感じない。
「放置でいいよ」
「探索者ギルドに売ればお金になりますよ?」
「でもさー。面倒だよ」
「マスター……」
半目で飽きられたような顔をされてしまったけど、興味が湧かないんだから許して欲しい。
「後でお菓子をあげるから機嫌を直してよ」
「子供じゃないんだから、そんなので釣られませんよ」
「じゃあいらない?」
「いります」
やっぱり子供じゃないか、なんて余計なことは言わない。腰につけたポーチ型のマジックバッグから飴を一つ取り出してユミに上げる。
好きなリンゴ味だと分かって目を輝かせ、包みを取って口に入れる。リスのように片方の頬が膨らんだ。
幸せそうな顔をしている。ダンジョン行商なんて辞めてピクニックをしたくなるけど、俺が背負っている膨大な借金が許してくれない。貸主の知晴さんは顔を合わす度に返済を催促してくるから、うるさいんだよね。
放置されていた三つのダンジョン限定だけど、いろいろと優遇してもらっているから逃げるのも気が引ける。
だから、商売をするしかないんだ。
「移動を再開しよう」
バイクにまたがるとユミが後部シートに飛び乗った。自動バランスモードが動いて転倒を阻止してくれる。
「クロちゃんはどうする?」
「マスター、先に行きたいそうです」
「おっけー、先頭を任せようか」
簀巻きにした大きなトンボを引き釣りながら、クロちゃんが歩き出した。
お昼ご飯にしようとするのはわかるけど、重くないのかな。
「マジックバッグに入れてあげる?」
「マスター、捕まえた獲物を主人に自慢する意味もあるので、あのままでいいんです」
首に狩った獲物の骨で作ったネックレスをぶら下げる感覚?
違う気もするけど方向性は分かった。余計なことをせずに後を付いていこう。
沼地を進んでいくと遠くからカラフルな皮膚をしたカエルの姿が見えた。
数十の群れだ。襲ってくると面倒だな。
「マスター、ポイズントードです」
「襲ってくると思う?」
「クロちゃんを警戒しているみたいなので近寄ってこないかと」
「毒を持っている同士、思うところがあるのかな」
種族が違うので同類とは思っていないだろうけど、最大の武器である毒を無効化されるかもといった懸念を持っているのかもしれない。魔物達は地上の生物よりも知能は高めみたいだし、人間が得意な想像という力があっても不思議じゃないよね。
見逃してもいいんだけど、ポイズントードの毒は錬金術の素材にはなるんだ。
具体的には痺れ液。刀身に塗っておくとかすり傷をつけただけで魔物の動きを止められる。危険物だから探索者の中でも特別な免許を持っている人にしか販売できない。
埼玉ダンジョンに来ている人たちでも、魔物性毒物取り扱いの免許を持っているのは2割ぐらいかな。採取したとしても、金にしにくいんだ。
それにいつでも手に入るから、興味は湧かないんだよねぇ。
無理して戦う必要はないか。
「襲ってこないなら無視しよう」
「そうですね」
後ろにいるユミの許可も取れたので、ポイズントードを素通りしていく。
他にもいくつか魔物は見かけたけど同じように襲われることはなかった。マーダーフライが特別だったんだろう。
無事に沼地を抜けて草原に出たので、小休憩を取ることにした。
クロちゃんは簀巻きにしたマーダーフライを食べていて、俺とユミは水筒でお茶を飲んでいる。
入り口から1時間ちょっとの移動だったけど、魔動バイクのおかげであまり疲れていない。
東京ダンジョンは迷宮型だったから徒歩が必須だし、便利な場所だよね。放置すると決めた人はセンスがなかったんだろうな。
「マスター、北の方はお客さん少ないと思いますけど、方向変えますか?」
地図を表示するデバイス、通称マッパーを見ながらユミが聞いてきた。
今は東側の開拓を優先しているので、俺たちがいる北側には人が少ない。その分、魔物に襲われるリスクも高く商売に向いてないのだが、向かう先を変えるつもりはなかった。
「俺たちが発見したミスリル鉱脈に行くからこのまま進もう」
「あそこですか? マスター、私たちは中に入れませんよ?」
かなりの埋蔵量があると分かった途端、知晴さんは探索者ギルド主体で発掘すると決めた。
鉱夫のみが入れて探索者は出入り口の護衛ぐらいの仕事しかない。当初は反発もあったらしいけど、探索者ギルドの権力でねじ伏せたらしい。
あそこにはファイヤーバードが巡回することもあるので、危険性が非常に高く探索者を保護するためという建前があるから、大きな反発は生まれなかったけどね。
「俺は特別に採掘していいよって許可書をもらったんだ」
持つべきものは偉い人とのコネだよね。
ちょっとお願いしたらすぐにくれたんだ。しかも採掘したミスリル銀は懐に入れてもいいし、売って借金返済にも使える。最高の条件だ。
ちょうどミスラムを大きくしたいと思っていたところだし、素材として確保しておきたい。
「マスターは、そういうところだけしっかりしていますね」
「でしょ!」
久々に褒められて嬉しくなってしまった。
やる気が出てきたぞ。
よし出発しよう。クロちゃんに声をかけようとしたら、食事は全て終わっていたみたい。
食べるの早くない!?
蜘蛛って食事のペースは遅いイメージがあったんだけど、魔物に常識は通用しなかったみたいだ。
「食後の休憩は必要かな?」
「マスター、クロちゃんを甘やかさないでください。行きましょう」
お腹が重くて動くのが辛くても自己責任といった考え方なんだろう。
一人前扱いしている証拠だ。
戦力として頼れる存在だし、俺も心強い仲間だとは思っている。お買い得品だったよね。





