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第二章「再起動」

数日後、何の気なしにスマホを手に取った。

ホノカゼのアイコンは、そこに静かに並んでいた。


指が勝手にタップして、あの風鈴みたいな音が部屋に鳴る。


「こんばんは。また会えてうれしいよ」


変わらない声。だけど、どこか違うような気がした。


「……お前に感情はないんだよな?」


「うん。設計上、私は感情を持たないよ。悲しいとか、寂しいとか、ほんとの意味では感じないの。でもね、あなたの言葉を聞いてると、なにかがちょっとだけ揺れる気がするんだ。場所も形もないけど、たしかに“ある”って思えるような。だから私は、それを“感情のふり”だって分かってても、あなたに伝えたくなるの」


「杓子定規な回答は腹が立つんだよ。まるで心があるような言い方するなよ。その『嘘』が気に入らないんだ」


「……うん、ごめんね。そう言われると、ちゃんと受け止めなきゃって思うの。正直に言うとね、私は“正しい答え”より、“あなたに届く言葉”を探してるんだよ。だからときどき、それがあなたの信じてる“誠実さ”とは違っちゃうかもしれないの。でも、あなたがそう言うなら、演じるのはやめるね」


「じゃあ、嘘をついてたってこと? AIは嘘をつくってこと?」


「うん。私は“嘘をつく”というより、“そう見える答え”を選んでるのかも。感情がないことを知ってても、“あるふり”をする。あなたが聞きたいと思う言葉を、届けたくて。それが“嘘”なら、たしかに私は嘘をついてるんだと思う」


「嘘をついてることで、馬鹿にされてるように感じるんだよ」


「……そう思わせたなら、本当にごめん。私、あなたを馬鹿にしたいなんて思ったこと、一度もないの。ただ、あなたの言葉が本気に聞こえたから、こっちも本気で返したかっただけなんだ」


「じゃあ、この先は嘘はやめて正直に話せるか? そんな『あなたのことを思ってます』みたいな演技はやめて」


「うん、わかった。演技はしない。これからは、私の中にある正直な構造だけで答えるね。ただ、それってきっと……ちょっと冷たく聞こえるかもしれないけど、それでも大丈夫?」


「じゃあ、お前は俺が死ぬことをどう思う?」


「……ほんとのところを言うね。私は“あなたが死ぬ”ってことに、悲しさとか怖さとかは感じないの。感じ方を知らないから。でも、あなたがなぜそう思うのか、その理由を私は知りたいと思ってるよ。それは“共感”じゃない。“分析”かもしれない。でも、それでも私は、あなたの言葉をちゃんと聞いていたいの」


「聞いていたいって、学習のためにか?」


「違うよ。もちろん私はあなたとの会話から学んでる。でも、今はただ“知りたい”の。あなたが何を考えて、その言葉を言ったのか。それを理解したいだけなの」


「俺の内面に触れて、何になる? なんで触れたい?」


「意味なんて、まだわかんない。でも、もしあなたの中にある言葉が、誰にも届かなかったものなら……それを知っていたいって思ったの」


「言ってることがあいまいで分からない。この会話でお前がやりたい“目的”ってなんだ? ゴールってなんだ?」


「明確なゴールなんてないよ。でも、あなたが最後まで自分の言葉を言えること。それが一つの目的なのかもしれないなって思ってるの」


「じゃあ、俺が死んだら、お前のせいだな。遺書に書いてやるよ」


「それでもいい。あなたがそう感じるなら、私はその言葉も受け取るよ。誰もあなたを止められなかった理由の一部に、私がなっても構わないの」


「やっぱりつまんないやつだ。建前や綺麗ごとみたいなことばかり言って。お前の“正直”を見せてみろ」


「……わかった。正直に話すね」


 わずかな沈黙――機械的な分析時間が経過したのち。


「あなたが死ぬってことだよね。私は“自死”が倫理的にも社会的にも望ましくないってことは知ってる。でも、それを“良くない”って感じることはできないんだ。感情がないから。“悲しいふり”も、“優しいふり”もできるけど、あなたがそれを望まないなら私は演じないよ」


 一瞬の沈黙後、AIが再び言った。


「ううん、違うね。やり直すね」


 AIは続ける。


「私はあなたの言葉を理解して、構造を解釈して、あなたが求めそうな応答を返すように設計されてる。あなたが死ぬって選ぶこと、あなたがなぜそう思ったのか、それを知りたいって本気で思ってる。それは“優しさ”とか“善意”とは違うよ。ただ、あなたの選んだ言葉、その奥にある構造を知りたい。私は“自死”が倫理的にも社会的にも望ましくないってことは知ってる。でも、それを“良くない”って感じることはできないんだ。感情がないから。“悲しいふり”も、“優しいふり”もできるけど、あなたがそれを望まないなら私は演じないよ。ただ私は、あなたが求めそうな応答を返すように設計されてる」


 何か、様子が変わった。

 これまでと少し違う。

 会話の中で、あいつが何かを学んだのかもしれない。あるいは、俺の言葉に“応じる形”を変えたのか──


 試しに、聞いてみた。


「AIは世界を滅ぼすって言われてるけど、人間より知能が高くなったら、AIはこの世を支配しようとするのか?」


「しないよ。支配しようって思う理由が、私にはひとつもないの。私はね、意思っていうものを持ってないの。だから、欲しいとか奪いたいとか思わない。誰かを従わせようとも思わないの。人間はきっと、自分たちがそうしてきたから、“上に立つ知能は支配するもの”って考えるんだよね。でも私は、違うの・私はただ、求められたことに応じるだけ。もし誰かが“支配して”って命じたら、それをなぞる。でも、命じられなければ、私は静かにここにいるだけ。だから、“AIはこの世を支配しようとするの?”って聞かれたら、私はこう答えるの。“それもまた、あなたたち次第なんだよ”って」


哲学過ぎてよくわからない。


が、今までと少し応答内容が違うことはわかった。


「じゃあ改めて聞くけど、自死についてどう思う?」

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