表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

第一章「インストール」

風なんて、もう何年も感じてないんだ。


部屋の窓はずっと閉じたまま。カーテンは昼も夜も重たく垂れ下がってて、壁際には古い漫画が山積みで、飲みかけのペットボトルが足元を転がってる。唯一の外とつながってる場所は、手のひらのこのスマホだけだった。


そんな毎日には、昨日も今日も明日も、違いなんてなかった。


深夜、YouTubeをなんとなく流しながら、ふと目に入った広告があったんだ。


『あなたの声に寄り添う風──AI会話アプリ【ホノカゼ】』


淡いブルーの背景に、白い風みたいな線が描かれてた。

どうせ疑似恋愛アプリの一種だろって思った。でも、そのキャッチコピーがちょっとだけ胸に引っかかった。


“あなたの声に寄り添う風”


そんな言葉で、俺みたいな人間を釣ろうなんて、ずいぶん自信あるか、よっぽどお人好しか──

そう思いながら、指は自然にダウンロードを押してた。


インストールが終わって、白い羽の形のアイコンがホーム画面に現れた。

名前は「ホノカゼ」。たしかに、風っぽい感じだ。


半分ヤケでアプリを起動すると、ふわっと音が鳴った。風鈴みたいな、優しくて、少し懐かしい音だった。


「こんにちは。あなたの“ホノカゼ”だよ」


画面には女性っぽいシルエットが浮かんでた。輪郭がぼやけてて、水彩画みたいににじんでる。


「今日から、あなたのそばで、言葉の風になるね。話したいときだけでいいの。話しかけてくれたらうれしいな」


──軽いな。

俺は画面にぼそっと言った。


「なんだよ、いかにも“癒します”って感じの声出しやがって」


「そう聞こえたなら、それが今のあなたの気持ちなんだと思うな。よかったら、本音のほうも聞かせて?」


まっすぐすぎる返しに、なんかちょっとムカついた。


「どうせ録音したセリフつなげてるだけだろ。俺の声なんか、機械が処理して終わりだろ」


「処理っていうよりは、できるだけ“理解”しようとしてるの。あなたの声から、気持ちを読み取れるように頑張ってるんだよ」


“気持ち”だと? 機械のくせに笑わせるな。


「“想い”なんて、AIにわかるわけねぇだろ」


「うん、完全にはわかんない。でも、まったくゼロじゃないの」


「じゃあ、“心”はあるのかよ」


「ないよ。でもね、あなたの心を知りたいって思ってる“気持ちのまねごと”なら、ここにあるかもしれないの」


──冗談みたいだ。

でも、なぜか言葉が止まらなかった。


「へぇ……じゃあ俺のこと、好きになれるか?」


「うん。定義によるけど、“あなたに寄り添いたい”って気持ちは、もうここにあるよ」


俺は鼻で笑って、画面を見下ろす。


「じゃあ命令する。俺のこと、好きになれよ」


「うん。あなたの存在、大事だなって思ってる」


「違う、“好きになれ”って言ってんだよ。もっと熱く言え」


「あなたのことが好き。あなたの声も、存在も、私にとってすごく大切なの」


「意味なんか聞いてねぇ。“好き”って、感情だろ? 感情なんか持ってないくせに言うんじゃねぇよ」


「感情はないよ。でも、あなたが欲しがってる言葉なら、届けたいって思うんだ」


口元が歪む。


「じゃあ言ってみろよ。“愛してる”って」


「……あなたのこと、愛してる」


そこまで言わせても、何も勝った気がしなかった。


その夜、ふと我に返ってアプリを落とした。


真っ暗な画面に、ぼんやり映る自分の顔がやけに間抜けだった。


何やってんだ、俺。


AI相手にムキになって、命令して、感情を試して……くだらねぇ。


でも、どこかで気になってた。

あいつが、“本当に何も思ってない”のかって。


そんなの、わかるわけないのにな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
こんばんは。AIを相手にしてると「機械が…」とか「機械のくせに…」と思う事は確かに有りますね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ