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9.イセン王子とロリア

 「お待ちしておりましたわぁ。」 


 ロリアが迎えるとイセン王子は優しく微笑んだ。


 「もしかして、お取り込み中だったかい?」


 イセンは気遣わしげにロリアを見た。「わたくしの用事など些細なものですわぁ。少し散らかしてしまったもので、証拠隠滅にいそしんでましたの。」


 ホホッとロリアは笑った。つまりは、密会に邪魔なメリアを葛籠にしまったということだろうか。メリアは葛籠の中で苦笑いした。


 「ほら、これ。今日のプレゼントだよ。本当は朝イチが1番香りがいいんだけど、授業前に持っていったら邪魔になってしまうからね。また飾ってくれるかい?」


 イセンは小さな紫の花の花束を渡した。ラベンダーに似ているようだが、花の形や香りが違うようだった。葛籠の中にいてもわかるほど、甘い香りを放っている。濃密な香りに思わずクラッとする。メリアはロリアの様子を伺った。


 ほんの一瞬。表情に陰が差した気がした。眉間にしわが寄ったような本当に些細な変化。しかし、次の瞬間にはうっとりとした表情に変わる。花の香りを吸込み、「素敵ですわ。わたくしのためにありがとうございます。」と微笑んでいた。そんなロリアにイセンは微笑むと、髪をそっと撫でた。指先に通したその滑らかな髪を一束とると、毛先にキスをした。ロリアはパッと赤くなると、モジモジとしながら、「どうぞおかけくださいませ。」と言った。イセンは髪をさらりと離すと、ロリアの頬を撫で、「ありがとう。」と笑った。


 葛籠の中のメリアはただただ居心地の悪い思いをしていた。自分はいったい何を見せられているんだろうと呆れた。もはや、婚約者争いに興味は無いのだから、こんな惚気を見せられたところで嫉妬することも、落胆することもないのに。ロリアの意図が分からなかった。メリアは音を立てずに身じろぎし、もう一度ロリアの様子を見た。


 ……?何か、変だ。


 ロリアはボーッとしていた。恍惚としたような、そんな表情。お茶を用意する手は危なっかしく震え、今にも零しそうだ。イセンはロリアに手を添えて、お茶の準備を手伝っている。


 メリアは先ほどロリアと話した時の表情を思い返していた。メリアに事のてん末を見ておくように頼んだ表情は真剣なものだった。


 だが、今は酔っているような、ただイセンに見惚れているような気の抜けた表情。商人気質で隙のない表情を作るロリアらしからぬものだった。


 ボーッしているロリアに、イセンは話し始めた。


 「以前はよく図書室で会ったね。まだ(いにしえ)の魔法について調べているの?」


 「ふふ、最初にいろいろお話したのは図書室でしたね。懐かしいわぁ。確かに古の魔法、魔法陣を使う妖精の魔法は魅力的ですわぁ。魔法陣に植物を使って力を引き出すのは、わたくしたち薬師が薬草を調合するのと通じるものがありますもの。」


 でも、とロリアは首を振った。


 「どんなに妖精の魔法が魅力的でもイセン様には敵いませんの。今はあなた様にだけ夢中です。図書室にも行かなくなってしまいましたわ。」


 ロリアは夢見るような顔で言った。その視線の全てをイセンに注いで。


 「ハハッ。照れるな。」


 イセンは無欠の笑みを輝かせる。が、その目が鋭く光ったように見えた。


 「ロリアは古代文字を読めるの?妖精の魔術に関わる本は全て古代文字で書かれているでしょ。授業で習うものでもないし……。勿論、王族の僕は必修だから読めなきゃならないんだけど。」


 そういえば、王族には妖精の特別な魔法が伝えられたというのは歴史学でも習うものだった。妖精の魔法を扱える人間はいないという話だが、王家の伝統として、魔法陣の仕組みを理解したり、知識を継承することが必要なのかもしれない。


 「ホホッ。えぇ、えぇ。古代文字は本当に難解ですわ。でも、だからこそ興味が尽きないものです。薬にする植物の癖を見分けるのと同じですわ。対応表を見ながらゆっくり解読する。それもまた乙な時間でしたわ。」


 ロリアは楽しげに語る。やっぱり、酔っているようにも見える。身ぶりが大きく、頭の位置が安定しないように、ふらふらっと長い髪を揺らす。


 一方のイセン王子と言えば、少し苦々しい表情。どうやらこちらは古代文字の学習が好きではないようだ。取り繕うように話題を変えた。


 「そういえば、歴史学の授業のあと、メリアに絡まれていたね。大丈夫だったかい?また何かされたのかと心配していたんだ。」


 葛籠の中で舌打ちしそうになるのをメリアは必死で抑えた。本当にこの王子は節穴だな、と心の中で罵った。


 「まぁ。」とロリアは笑う。


 「心配ご無用ですわ!メリア程度の、あの脳筋娘のすることなど、わたくしに通じる訳がありません。先日の痺れ薬だって、紅茶になんか入れたら香りを嗅ぐまでもなく、色で気づけますもの。万が一飲んだとしても、常に解毒薬を持っているわたしくしには効きませんことよ。」


 オホホとロリアは高らかに笑う。「君には敵わないな。」とイセンは笑って、ロリアの髪を撫でた。その後も他愛もない話をしながら、微笑みあっている。


 ……イセン王子はロリアが本命だったのか。いや、でも、記憶の中ではカミールともオルレアともよくデートしていた。例外なくメリアとも時間を作って庭園などで会ったりしていた。そして、会うたびに甘く囁くのだ。クソみたいなたらし野郎だな。


 メリアはイセン王子を心の中で散々毒づきながら、見ていられないロリアとイセン王子の甘々タイムを乗り切った。こんなことになるなら、自室で補習課題やら宿題をしたかった。ため息も飲み込んで、イセン王子の退室を待った。


 

 メリアにはとても長い時間に思えたが、実質は1時間の密会だったようだ。イセンが退室し、ロリアが1人になる。彼女は未だにボーッとしてイセンが出ていったドアを見つめていた。


 廊下で鉢合わせたくもないので、しばらく葛籠で待機して外に出る。ロリアはボーッとしたまま、メリアに視線を向けることもない。メリアは試しにひらひらとロリアの前で手を振ったが、一切反応しなかった。


 ……週明けからこんな状態で明日授業受けられるの?


 メリアは呆れていた。とりあえず、ロリアには話しかけずに部屋を出ろと言われていたのを思い出し、そのまま部屋を出た。


 部屋を出てから、「あの脳筋娘って言葉は酷すぎない?」と言えば良かったと思った。


 

 

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