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7.ロリアの要求(1)

 「『煉獄』。罪の浄化です。」


 王妃様の受けた祝福。それは、王妃の功績集の中で最も衝撃を受ける内容だった。竜達は祝福するとき、決して強力な攻撃となる魔法を人間に与えない。王妃様の『煉獄』もそうだ。これは、犯した罪の重さに合わせて火あぶりの苦しみを与えることができる。実際に身体が焼かれることはない。『煉獄』を受けた罪人は自身が炎で焼かれる感覚を味わい、精神が壊れるか、火傷したような皮膚の痛みを一生患うとされる。


 そもそも、王妃様の功績集を読むきっかけになったのはメリアが王室護衛隊を目指したことにある。この名誉隊長その人が王妃様なのだ。メリアは幼い頃、王妃様の活躍を偶然目にしたことがあった。



 その日はたまたま護衛騎士として働く父の仕事ついでに、城壁の外の温泉街へ出掛けていた。護衛騎士は、城壁の外へ出る商人や旅人を安全な場所まで護衛するのが仕事だ。王都も王都の外の街も、魔獣避けのために高い壁で囲われている。長く懇意にしている客の依頼だったのと、魔獣討伐の話も落ち着いていたため、家族同伴で仕事に向かったのだ。依頼は温泉街までで、その後は家族で温泉を楽しんで帰るのみだった。


 帰り道。王都に近づいた頃、馬車の外が騒がしくなる。馬車の外で警備にあたっていた父の「絶対に外に出るな!!」という声が聞こえた。


 直後、獣の唸り声と共に馬車は激しい衝撃にあう。馬車は激しく揺れ、兄2人と共にメリアは外に投げ出された。


 目に飛び込んできたのは2足歩行でやたら肩がいかつい狼頭の魔獣であった。2体を父が相手していた。雷の魔法で麻痺させ、剣で断ち切っている。父は王室護衛隊ではないものの、王室からの依頼を受けて仕事をすることもたびたびある実力者だ。ウィクトーリア家と王室の関係は曾祖父の代から続いている。なんだ問題ないなと思っていると、背後からもう1体迫って来ていた。


 「ウマソウ、ナ、ガキだな。」


 魔獣はニヤリと笑って呟いた。


 「キャーーー!!!」


 兄妹の3人は身を寄せ合って悲鳴をあげた。父が何か叫んでいた。メリアはギュッと目を閉じた。


 急に顔に熱を感じる。魔獣の断末魔のようなおぞましい叫び声が聞こえた。おそるおそる目を開く。王室護衛隊の制服を着た長い金髪の女性が3人の目の前に立っていた。


 「怪我はないかな?」


 温かい橙色の瞳。名誉隊長となる前の王妃様だ。炎の魔法と長槍で魔獣を退治したところだった。後で父から聞いた話では、先ほどの狼の魔獣を討伐する大規模な作戦のため、通行規制が行われていたらしい。が、たまたま温泉街から王都近くに抜けるルートの一部が未配備状態だったようだ。しかも運の悪いことに、一部護衛騎士への通達も漏れていたとのことだ。国側のミスが重なりあわやの事態となったのだ。後日、王室から高級フルーツの盛合せが見舞いとして届いた。フルーツも嬉しかったのだが、王妃様の活躍に心酔したメリアと兄達は、揃って護衛隊を目指すことになった。


 そんなこともあって、王妃の功績集はメリアの愛読書になっていた。答えられてホッとしていると、


 「なんだ答えられるのかよ。」というように、講義室はざわついた。こういう時、多くの人間は他人の失敗を見たがるものだ。ケシア先生の顔を伺う。眼鏡の位置を直しながら、うっすら微笑んでいるようにも見えた。


 「先週は王妃様の活躍についてメインで取り上げたからね。今週は魔獣の動向の変化とそれに関連する外出規制制度の変遷ついてやるよ。教科書の75ページ、開いてね。」


 そこからはいつもの一本調子の授業が始まった。メリアはノートを取りながら、前回までの遅れを取り戻すように合間で教科書を振り返って読んだりした。好きな授業とはいえ、淡々とした授業は眠くなる。いつもだったらケシア先生が眼鏡の位置を独特の仕草で掛け直す回数を数えて眠気覚ましをするところだが、その余裕もなく授業に没頭した。


 ……あとで、リリからノート借りよ。


 授業はあっという間に終わった。今日はこの後も教養授業が続く。授業の合間にリリからノートを借りて書き写しながら、続く授業も必死で食らいついた。


 チャイムが鳴る。もう昼休みの時間だった。どっと疲れが出た。でもまだやることがある。リリに昼ご飯を一緒に食べる約束をして、キョロキョロと辺りを探す。目的の人物もどうやらメリアに用があるらしかった。


 「あらぁ、わたくしにご用でしたかぁ?」


 先にロリアが声をかけてきた。


 「え、えぇ。ロリア。あなたに謝りたく……」


 「謝罪なんて必要ないわ。口先だけの謝罪など意味がないもの。」


 ピシャリとロリアは言い放つ。


 「でも、私は心から……」


 続く言葉もロリアに遮られる。


 「だから、言葉なんて意味がないと言っているの。わたくしが欲しい見返りをあなたは用意できるかしら?」


 ロリアはニヤリと笑った。


 「ずいぶんお洋服の方に散財していたようだけど、ここ1ヶ月は新しい服を買っていないようね?懐事情は寂しいんじゃなくて?それでもわたくしの要望に答えられるかしら?」


 ……お小遣い止められてるのまでバレているのか?


 ぐうの音も出ないメリア。そんなメリアにロリアはたたみかけた。顔色を伺うように首を傾ける。


 「……わたくしの言うこと、何でも聞ける?」


 ロリアの目が怪しく光る。


 「……わかった。何をすればいい?」


 メリアはもう観念していた。何とでもなれと思った。


 「今日の16時、学生寮323号室、わたくしの部屋へ来て。」


 ロリアは低い声で言った。周囲を警戒しているようだった。不意に優しく微笑むような表情を作るロリア。メリアが不審に思っていると背後から声がかかった。


 「やぁ、メリア。またロリアに嫌がらせをしていたのかい。君との時間もちゃんととってあげるから、ほどほどにしてくれないかな?」


 メリアはイラッとした勢いのまま振り返った。静電気で髪が少し逆立つ。パチパチと静電気の弾ける音がする。相手を見てぐっと苛立ちを押さえ込んだ。


 イセン・オークシニヌ。学園の恋の騒動の中心にあり、この国の王子であるその人が、完全無欠の輝く笑みを湛えて、メリアの前に立っていた。

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