5.憂鬱な週明け
カーテンから薄い光を感じ朝が来たことを知る。憂鬱だ。気が重い。そんな思いを振り払うように、えいやっと弾みをつけてメリアは起き上がった。起きてまず目に入ったのは、ボードに留められた両親からの手紙。王子の気を引くためにお小遣いを無心したことや、成績悪化を咎める内容だ。すぐにズシンと胃が重くなる。
一昨日、射撃部の練習場で防護壁を激しく壊した後、メリアは落ち込む暇もなかった。両親への謝罪の手紙を書き、週明けの授業に備えていた。ざっと3カ月分だろうか。まともに授業を受けていた形跡がない。ノートの日付は3カ月前で止まっていた。ポツリポツリと簡単なメモを取ってはいたものの、役に立つとは思えなかった。一体どれだけサボったのか。
簡単に朝食を済ませた後は、施設修繕係へ走った。休日練習で防護壁を激しく壊してしまったと謝罪し、射撃場に来てもらうように頼んだ。
「いつも、自分たちで直してるでしょ?珍しいねぇ。」
修繕係のおじさんは眠そうに目を擦りながら、一緒に射撃場に来てくれた。防護壁を見るなり、おじさんは言った。
「ほらぁ。やっぱりそうだ。綺麗に直っている。いやぁ、いつ見ても見事なもんだ。」
ハハッと笑って、「良かったね。」とメリアに言いながらおじさんは係へ戻っていった。
……あんなに直させる気はないって言ったのに、結局直させちゃったんだ!!
メリアの気分は沈む一方だった。すでに朝食をとったことを後悔している。もはや吐きそうだった。重い足取りで、講義棟の方へ向かった。
1時限目は歴史学だった。教養科目なので、さまざまな属性の生徒がまとまって授業を受ける。木、水、土、雷が同じくクラスだ。人数が多くなるので、大講義室での授業だ。ざわざわと騒がしい教室に一歩踏み入れると、途端にシーンとする。代わってヒソヒソとした話し声がさざ波のように広がった。時折、嘲笑うような声も聞こえる。
……わかってましたよ。
これまでの態度を省みれば、クラスでどんな反応をされるか予想はついていた。だが、冷ややかな視線はぐっと堪えるものがある。
不意に視線を感じて顔をあげる。バチッと目が合う。肩にかかる黒髪にブルーの大きな瞳。親友のリリだ。少なくともメリアがおかしくなる前はそうだった。
「お、おはよう。」
何とか、声を絞り出した。彼女にも酷い事を言った記憶がある。ぐっと勇気を出してリリの目を見た。
リリは大きな目をさらに見開いていた。と、思えばずいずいと進み出て、壁際の方までメリアを追いやった。このままボコボコにされるような気迫を感じた。いや、リリは水属性だ。このまま水攻めにされるのかもしれない……。
「り、リリ。あの、ごめんね。酷い事を言ったのわかってる。許してなんて言わない。でも、ちゃんと謝罪はしたくて……」
言い訳したくともできない。自分でもそうなってしまった理由が分からないから。今はただ、謝りたい気持ちが伝わることを祈った。
「平民出身の卑しい女とは話さない、そう言ったのよ。私は王子の傍らに立つ高貴な存在になるのって。」
心から自分を殴りたいと思った。親友にこんな事を言うなんて。メリアは教科書の入ったカバンで自分の顔を殴ろうと、カバンを握り締め頭を後ろに反らせた。
「待って!!」
何をしようとしているのか悟って、慌てたのはリリだった。ぱっとメリアのカバンを押さえていた。
「メリア、メリアなのね?いつものメリアなのね!!そんなことしなくていいわ!そんなことするくらいなら、『毎日パッション』のフルーツパフェご馳走してよ!」
『毎日パッション』はちょっとお高めスイーツのお店だった。学園の近くにあるその店はもっぱら生徒たちが頑張った自分へのご褒美やデートで利用する店だ。散々両親にお小遣いをせびって散財したメリアにはかなり厳しいお願いだ。でも、傷付けた親友をどうしても喜ばせたかった。あの派手な洋服達を売ればなんとかなる。
「いいよ。ぜひおごらせて。本当はそれでも足りないくらいだよ。」
リリの顔はぱぁっと輝いた。「じゃ、今週末の授業終わりに必ずね!」と約束までして突如我に返ったようだ。取り繕うように顔をしかめると、
「まだ許した訳じゃないからね!約束は守ってもらわなきゃ!!」
リリはそう言うと顔を背けたが、嬉しくてニヤニヤしているのを隠しているようだった。これまでメリアに向けられたのは敵意か、恐れ、好奇の視線だった。リリのこの何でもない反応が、メリアの胸のつかえを楽にした。
ふと、また誰かの視線を感じた気がして、顔を向けると、その先には射撃場で会った男子生徒がいた。こちらの様子を伺っていたような感じだが、メリアが顔を向けるとスッと視線をそらせた。
「ねぇ、リリ。あの人、あの土属性っぽい男子生徒って誰?」
リリは「どの人ぉ?」と言って、メリアの視線の先の人物を見るとギョッとする。
「嘘でしょ!?メリア!同じ射撃部の人だよ!ジオラス君。ジオラス・オピオン君!めちゃくちゃ仲良かったじゃん!!」
そこまで言って、急にリリは不安そうな顔をした。
「急にイセン王子の婚約者になりたいって言い出したときもおかしいと思ったんだけど……。記憶も無くしてるなんて、まさか病気!?頭打った!?」
「うーん、病気じゃないと思うけど。なんか、記憶が曖昧なんだよね。なんで私自身王子に惚れたのかも分からないし。顔は綺麗だと思っても興味なかったし。綺麗な花を見る感じ?」
それを聞いて、リリは「ふふっ」と笑った。
「綺麗な花って!まぁ、本当にそうだよね。イセン王子って綺麗な顔よね。いやー、本当、いつものメリアに戻った感じだぁ。おかえり、メリア。」
リリは無邪気に笑った。先ほどの「パフェを奢ってくれるまで許さない。」姿勢は忘れたようだ。
ガラリ、と扉を開ける音がした。歴史学のケシア先生が入ってきた。長めの白髪を後ろに束ね、気怠そうに大講義室を見回した。
「久しぶりの顔がいるねぇ。さっそく当てちゃおっかな?」
先生の目がギラリと光った。