4.恋は雷のように突然に
休日の射場に、男子生徒が1人残されていた。彼の名前はジオラス・オピオン。土属性の魔法使いで、メリアと同じく高等部の3年生だ。
ジオラスは深くえぐられた防護壁の方へ向かう。外れた銃撃から守るための防護壁はそうそう壊れるものではない。それこそ、凄まじい魔力が必要だ。ジオラスは徐ろに防護壁に手をかざす。粉砕された壁や、的場の土を魔力で集め、凝縮していく。壁の素材自体は土だ。ほぼどんな属性の攻撃も防ぐことができるからだ。ほどなく、えぐれた部分がもとの状態に修復された。さらに魔力を込めて壁の強度を上げていく。
ジオラスもまた射撃部の1人だ。中等部の頃のメリアは的を外すことも多く、よく防護壁を壊していた。その頃から強力な魔力を扱えていた。毎度修繕係に頼んでいては練習の中断もいいところなので、ジオラス含む一部の土属性の生徒は自主的に防護壁を直していた。おかげでジオラスの壁修復の腕は無駄に上がっていた。
……中等部の頃は、よく壁を壊す迷惑な奴だとしか思って無かったのにな。
思い出すのは昨年の夏のこと。王室主催の射撃大会の決勝戦だった。この大会にはフローラ学園の生徒だけでなく、王都の強豪校すべてが参加する。が、当時ずば抜けて強かったのが、この国の王子であるイセン、ジオラス、そしてメリアだった。大会の決勝に残ったのは、この3人と他校の女子生徒だった。大会は大荒れの天気だった。雨風が酷く、的を見失う選手も続出していた。その悪条件の中で力強く的を射ていたうちの1人はメリアだった。
決勝では2人ずつ射場に立つ。5つ発射された的の的中数を競う。決勝ではさらに天候が悪化し、稲光が走り、轟音が鳴り響いていた。ジオラスも的を撃とうとした瞬間に雷が閃き、思わず目を瞑ってしまい、結果は惨憺たるものだった。同じく射場に入った女子生徒も似たようなもので、何とか2個の的に的中させた程度だった。
次に射場に入ったのはイセンとメリアだった。ジオラスはじっとメリアの様子を観察していた。というのも、決勝前の控室でメリアが高熱を出していると知ったのだ。ふらふらとロッカーにもたれ、肩で息をするメリア。いつも強気で、弱音を吐かない彼女の姿からは想像できないもので、思わず声をかけた。
「おい、体調悪いのかよ?」
メリアは不敵に笑った。
「悪いよ。でも、あなたには関係のないことだ。」
……そんなこと言われても。そう思ったジオラスはいそいそ観覧席に走る。こういう大きな大会で体調を崩す選手は少なくない。それを狙って必ず彼女は来ている。いい商売になるからだ。
ロリア・ヒュギエイア。
選手控室にほど近い客席に、彼女はいた。長い黒髪が風になびき、それを面倒くさそうに手で押さえている。ジオラスに気がついたロリアはニヤリと笑った。
「いらっしゃいませ。何をお求めかしらぁ。」
ニヤッと口角を上げたその様は邪悪な魔女のようだった。目元に引いた紅が、より妖しさを引き立てた。
「解熱薬ってすぐもらえる?」
「まぁ。こんな大会の日まで妹様の心配?」
ジオラスの2つ下の妹は身体が弱く、よく熱を出していた。実はジオラス自身もお腹が弱く、よくロリアの世話になっているのだが。
「いや、まぁ、そんなところ。今すぐは無理だよな?」
「無理だよな?」という言葉をこの魔女がお気に召さないことをジオラスは知っている。
「すぐに調合できるわよ!」
ロリアは予想どおりムキになり、簡易調合セットを出して作り始めた。宣言どおり、薬はすぐに出来上がった。
「できたわ。お代は後で請求するわね。」
ドヤ顔でロリアは言い放った。
「わかってるよ。」
ジオラスはそそくさとその場を離れ、メリアに薬を飲ませたのだった。
射場のメリアは幾分顔色が良くなったようだった。雨風にめげず、正確に的を撃ち落としていく。イセンと互角だった。最後の的を撃ち落とした方が勝者だ。が、ここでまた雷が酷くなる。凄まじい光と音に、観覧席からも悲鳴が聞こえた。まるで雷竜が空で暴れているようだった。最も雷が酷いタイミングで、最後の的が発射された。こんな雷光の中、誰が的を撃ち落とせるというのだろう。
ピカッ、ドーン!と轟音が響く。雷なのか、魔力銃の銃撃音なのか誰にも分からなかった。的場を確認すると1つが的中して割られ、1つは無傷で残っていた。射場には頭を抱えて悔しがるイセンと、涼しげな表情で的を見つめるメリア。優勝したのはメリアだった。
雷の響く中、表彰式が行われた。表彰は屋外だったため、風属性と水属性の魔法使いにより、ドーム型の風雨除けの結界が張らていた。表彰台の1番高い所にメリアが立ったときだった。目が眩むほどの凄まじい光だった。雷が落ちたのだ。遅れて轟音が鳴り響く。雷はメリアに直撃だった。雷属性とはいえ、雷に耐性がある訳ではない。普通であれば即死だ。
「雷竜様が現れたぞー!」
誰かが叫んでいた。
空から真っ直ぐに表彰台を照らす金の光の中に、雷竜とメリアがいた。何かを話しているようだった。メリアは何かを受け取るように両手を雷竜に差出し、雷竜はその手に息を吹きかけたようだった。たちまち、メリアの身体が輝きだした。深い紫の髪は淡く輝き、瞳は光を受けて金に輝いているようだった。メリアは雷竜の祝福を受けたのだ。
……綺麗だ。
この瞬間。ジオラスはメリアに恋したのだった。どんなに体調が悪くとも弱さを見せようとせず、薬を飲んだとはいえ、本調子では無かったであろうに結果を残す強さ。そして、雷竜の光を受けて堂々と立つ姿はまさに勝利の女神のようだった。
大会のあと、メリアとジオラスは親しくなった。だから信じられなかった。あれだけ切磋琢磨、技術を競ったメリアが王子にうつつを抜かしたことに。メリアがジオラスを忘れてしまったことに。今となっては、何か事情があったのかもしれないと思う。先ほどのメリアは、ジオラスを忘れたこと以外は、良く知るメリアのようだった。実を言うと、今日は練習する気はハナから無かった。誰かが練習しているような気がして、メリアじゃないかと思わず立ち寄ったのだ。
……さっきは言い過ぎだったよな?
修復仕立ての防護壁を見つめながら、ジオラスは深く、深くため息をついたのだった。