28.失敗の代償
「き、君たち、こんな所で何をしているの?」
イセンは息を切らせて言った。自分で聞いておいて、本当は彼女達が何をしようとしているのかわかっていた。彼女達がここにいるということは、恋の魔法が正常に作用していない隙をついて、魔法を解こうとしているということだ。
「イセン様こそ、そんなに慌ててどうなさったのですか?」
しれっとロリアは尋ねた。
「何って、お披露目会だろ。なんで皆こんなところに。鍵は……どうやって?」
イセン王子が問うと、カミールは答えた。
「イセン様も警戒なさっていたと思いますが、私とロリアは古代文字が読めますから。偶然も重なりましたが、鍵の暗号を解くことができたのですよ。」
イセン王子は力なく膝から崩れた。
「いや、それよりも。僕を疑うことができない魔法のはずなのに。どうしてこんな自由に……。」
「魔法陣の個人の指定が間違ってますわぁ。目の色と宝石が対応していなくてよ。」
ロリアが言うとイセン王子は食い気味に言った。
「だって、ロリア。君の魔力を帯びた目の色はエメラルドだろ?」
「以前はそうでしたわぁ。でも、今のわたくしの目は……。」
そう言ってロリアは瞼を閉じた。瞼を開けた瞬間、その目の色は毒々しい赤に変わっていた。
「柘榴よ。」
イセン王子はあんぐりと口を開けていた。その様子はあまりに滑稽でメリアは気の毒にさえ思った。
だが、イセンとてただ木霊の報告を聞いて、ただ焦りに焦って走ってきた訳ではなかった。この魔法陣は誤りや変更の必要があるときは、途中で修正ができる。例え、目の色などの個人の指定が誤っていたとしても、今は魔法陣の前に対象となる令嬢の全員が揃っているのだ。王家に伝えられる妖精の王から賜った秘宝の1つ、幻惑の水晶。それに自身の魔力を込めれば、一次的にここにいる全員を操ることができる。そして、全員の自由を奪ったところで、以前ロリアに調合してもらった自白薬を使い、必要な情報を引き出す。正しい情報を得て、魔法陣を修正すれば、いくら彼女達が優秀で、この秘密の場所を知ってしまった今でも、記憶を修正し行動制限をかけることができる。まだ勝機はこちらにあるのだ。
イセンは冷淡な笑みを浮かべた。そっとポケットに手を入れて、幻惑の水晶を握る。
……集中するんだ。ここに魔力を込めて、水晶の放つ光を全員に浴びせれば、それだけでいいんだ。必要なのはスピードだけ。
息を吸い、魔力を込めようとしたときだった。
ドオーン!!
凄まじい音とともに、雷が魔法陣に向って落ちた。余りに強力な魔力の風に当てられて、イセンは吹き飛ばされる。ポケットで握りしめていたはずの水晶も、勢いで何処かへ転がってしまった。
土埃が舞っている。恐る恐るイセンは目を開いて、魔法陣があった場所を見た。あんな雷が落ちては、魔法陣の前にいた令嬢達もただでは済まなかっただろう。土埃が晴れる。薄い光が見えた。
カミールの作り出したベイルの中に、メリアを除く令嬢達がいた。カミールのおかげで、オルレアとロリアは衝撃を免れたのだ。
……ということは、この雷を放ったのはメリアか。まさか!!
イセンは目の前の光景に呆然とするしかなかった。魔法陣は雷竜の祝福によって撃ち破られていた。花も宝石もすべてが消し炭になっていた。声が出なかった。こうなってはいくら幻惑の水晶を使って彼女達を操ったとしても、魔法陣を修復することができない。いや、水晶すら今は転がっていって手元にない。
「これをお探しですか?」
静かにメリアは言った。魔力が極限まで高められ、その目は金の光を放っていた。手には幻惑の水晶が握られていた。
万事休すだ。いや、それだけじゃない。僕は恋の魔法を成功させることができなかった!!この魔法陣は妖精との契約魔法だ。成功できなかった場合は、代償を払わなければならない。イセンはもはや呼吸すらままならなかった。
……逃げなければ!!
魔法陣を撃ち破り、メリアは全ての感覚が戻ってきたのを感じていた。そして、イセン王子の様子がおかしいことにメリアは瞬時に気がついた。カミールに声をかけて、ベイルを継続させるように伝えた。探知魔法をフル稼働させている。何か強力な魔力をもったものの気配を感じていた。
集中を切らすな!
メリアは自分を鼓舞する。その時だった。
イセン王子の真上に、紫に輝く怪しげな魔法陣が出現した。魔法陣がひときわ強く輝くと、中から何かが飛び出してきた。
尖った耳に、赤い髪。釣り上がった大きな目に、小さな牙を持っている。その背には、虫の翅のようなものがついていた。
「妖精の使い魔よ!メリア、気をつけて!!」
カミールが叫んだ。メリアは雷撃のバリアを発動させる。しかし、使い魔はメリアたちには見向きもしなかった。猛烈なスピードでイセン王子の胸あたりにタックルした。イセン王子は吹き飛んで、ピクリとも動かなくなった。
「ひっ!」
オルレアが短く悲鳴を上げた。使い魔は何かエメラルドに光るものを握っている。
「まさか、この魔法は失敗すると魂を取られるの?」
ロリアが驚愕する。
使い魔は魔法陣の元へ戻ろうとしていた。メリアは自分のするべきことはわかっていた。
メリアは矢をつがえるように構えた。雷を落とすイメージよりも、素早く射るイメージの方が的確に命中させることができるだろう。魔力銃よりも仕組みが簡単でイメージがしやすい。
必要なのはスピードと強く貫くイメージ。
メリアは壊雷花に雷撃を合わせて放った。バリバリという音と共に風が唸り、壊雷花は使い魔とその魔法陣を貫いた。
「ギエッ?」
使い魔の短い悲鳴が聞こえた。魔法陣は崩れ、使い魔の握っていたエメラルドの光はイセンの胸へと戻った。途端にイセン王子は荒く息をした。オルレアとロリアが走り、急いでカミールのベイルの中にイセン王子を避難させた。
それを見届けたメリアがカミール達のもとへ戻ろうとした時だった。急に身体が宙に浮いた。気がつけば、温室は遥か下だった。温室の天窓を破り、身体が打ち上げられていた。
使い魔があかんべえしていた。「ただでやられるわけにはいかない。」というように。
使い魔にこれ以上何かされる前に、渾身の魔力を込めて、雷の矢を使い魔に放った。使い魔は「これはたまらない!」と言った具合に、新しく出現させた魔法陣に吸い込まれるようにして消えた。
メリアは2度の壊雷花と、今の反撃で魔力を使い果たしてしまった。メリアは真っ逆さまに落ちていった。




