18.迷惑な贈り物
背後でざわりと木の葉が揺れた。風など吹いていなかったので、鳥でもいたのだろう。メリアは気にも留めずに次の授業に向かった。このとき、メリアはまだ気がついていなかった。怪しいと思ったら即探知するという、探知魔法の鉄則を忘れていることに。
今週、メリアは隙あればオルレアを観察した。先日会ったときと同様で、ぼーっとすることもなく、魔法の影響はないように思えた。一方で、教養授業で同じクラスになるロリアはやはり週始めは少しぼんやりしている感じがした。授業中、当てられれば答えるものの、心ここにあらずといった感じだ。
カミールともすれ違ったが、友人と会話しながらも目線はどこか遠くにある感じで、やはり先日お茶会の時とは様子が異なっていた。
しかし、2人の変化は魔法の影響を受けた状態を知っているから分かるような変化だ。何も知らない人からすれば、「週明けでちょっと眠いのかな?」とか、「ちょっと元気がないけど何かあった?」と思うようだった。実際に友人がカミールにそう聞いているのをメリアは目撃していた。
週始めの朝練でジオラスに茶化されたのには腹が立ったが、それでも毎日朝練には向かった。ジオラスも宣言どおり、寝坊さえしなければメリアの朝練につきあい、魔力の流れを修正するアドバイスをした。その甲斐もあって、メリアの的中率は日を追うごとに上がっていった。
ある日の朝練後の事だった。射撃場から出ると、近くに植えられていた柳の枝葉が風もないのに揺れた。
「なんだ?今の。」
ジオラスは柳に近づきそっと手をかざした。探知魔法を使っているようだった。メリアはその様子をぼんやりと眺めていた。「わざわざ何してるのかな?」という具合に。手を下ろすと、ジオラスはメリアに言った。
「多分、精霊の類かな?木だから木霊か?土属性はそこまで探知得意じゃないからな。」
「精霊なんて、学園内にもいるんだね。精霊達って人里離れた秘境にいるものだと思ってたよ。」
メリアがそう答えるとジオラスは珍しいものでも見るようにメリアに近づいた。
「……メリア、なんか腑抜けたよな。」
思いがけない言葉に思わず「ハァ!?」と抗議の声を上げる。そんなメリアの顔を見ながらジオラスはニヤっとして言った。
「いや、別に悪口言いたかった訳じゃなくて。王子に夢中になる前のお前ってもっとギラギラしてたっていうか、隙が無いっていうかさ。何か気になることがあればすぐ探知魔法使ってたろ?というか、以前はほぼ無意識くらいでやってたよな。だから、背後に人が来ればすぐ振り向くし、今みたいに妙な気配があれば探知して、『なんだ、鳥か。』とか言ってさ。マメな奴だなって、いい意味でだぞ?そう思ってたんだ。」
メリアはポカンとしてジオラスの言葉を聞いていた。記憶に無かったのだ。忘れているのはジオラスや探知魔法のことだけではないのだと思い知った。だとしたら、他に何を忘れている……!?
メリアの混乱をよそにジオラスは続けた。
「ま、ギラギラしてるより、今くらい隙があったほうが可愛いと思うけどな。」
「えっ。」
言われたことのないセリフにメリアはギョッとする。言ったジオラスはジオラスで慌てていた。
「あ、何でもねぇよ。しゃ、射撃!だいぶ良くなってきたじゃねぇか。これなら、部活の時間に来てもらっても問題ないと思うぞ!」
ジオラスはまたそそくさと退散して行った。
「可愛い。」と言われた衝撃で、メリアはまだ立ち尽くしたままだった。「いや、聞き間違えに違いない。でなければ、ジオラスも少し寝ぼけていたに違いない。」メリアは頭を振って、顔の火照りを何とかしようとしていた。その時だった。
「……朝練していたんだね?メリア。相変わらず努力家だね。」
背後から声がかかる。はっとメリアは振り返った。ジオラスの言うとおり、声をかけられるまで気が付かないなんて。軽いショックを受けつつ、背後の人物の顔を見る。イセン王子だ。
「ははっ。驚いた?最近、メリアがそっけない感じがしたからさ。もしかして、また射撃の方に熱が入ってるんじゃないかと思ってね。」
「……ずいぶんサボってしまったもので、反省していたところです。」
メリアはさらっと答えた。その様子にイセン王子は目を細めた。そして、また笑顔を貼り付けると何か重そうな物が入った袋を渡してきた。
「受け取ってくれないかな?」
気乗りしないメリアだったが、袋の中を覗き込んだ。袋の中には、鉢に入った小ぶりな木が入っていた。カエデだろうか。メリアは反応に困りイセン王子を見る。
「……これは何でしょうか?」
「初めて見たかいメリア?これは『盆栽』と言うものだよ。東の国の芸術品さ。この木自体も樹齢は100年近くてとても貴重なんだ。季節的にそろそろ紅葉を迎えるし綺麗だよ。部屋に飾ってくれないか。」
いや、要らないだろ?これから授業なのに、こんな重いものを持ち運ばないといけないのか?というか、ロリアには花束は邪魔になるだろうからと、授業後渡しに来ていたのに、雑過ぎるでしょ。
そこまで思ってロリアの言葉を思い出す。
「普通王子からの贈り物を断るなんて無礼以外の何ものでもないわよ?」
いろいろ突っ込みたい気持ちを押さえて、メリアは盆栽の入った袋を受け取った。メリアはまた忘れている。「何もないからこそメリアの部屋にしたかったのよね。」というカミールの言葉を。
「あ、ありがとうございます。」
なんとかお礼を言ってイセン王子を見る。イセン王子はホッとしたような、満面の笑みをたたえて言った。
「朝イチは教養授業だよね。一緒に行こう。」
ウィンクして手を差し出したイセン王子に、メリアは表情を変えず、「せっかくいただいたので、部屋に置いてきます。」と言って、さっと一礼し寮へ向かった。全力で走れば授業に間に合うはずだ。
メリアを見送ったイセン王子は真顔になると呟いた。
「これでメリアの様子がおかしい理由がわかるはずだ。」
イセン王子は周囲を確認し、さっとその場をあとにした。
一方、寮に袋を抱えて走るメリアの姿を、遠くからロリアが見ていた。




