15.記憶の治癒
またやることが増えたなぁと、メリアが思っていると、ロリアが「ところで!」と、メリアに声をかけた。
「メリア、前に聞いたと思うけど、この魔法の出どころを『探知』しないのはなぜ?」
メリアはポカンとロリアを見つめた。
「うーん、面倒だわ!!さっきの静電気の話も引っかかるところなのに!カミール!あなたなんとかできないの?」
カミールはロリアをなだめるように手をかざしながらメリアを見た。
「私の得意魔法は『治癒』だと、すでにお分かりかと思うけど、実はね、記憶の治癒もできるのよ。」
「え?記憶の治癒?」
メリアが困惑していると、カミールは続ける。
「妖精の魔法を研究する過程でね。私自身の治癒魔法を向上することに成功したの。これがけっこう汎用性が高くて。」
ウフフ、と頬に手を当てて笑いながらカミールは説明する。
「例えば、ちょっとした物忘れ。何を言おうとしたか忘れた、何を買うんだっけ?みたいな。健康な人でも誰でも起こり得るわよね?こういうのを思い出させることができるわ。それに、強い衝撃による記憶の欠如。これは外傷などによるものね。これにも有効よ。そして、加齢や病による記憶の欠如。これに関しては限界があるけれど、一時的に記憶を呼び戻すことは可能よ。」
「それじゃ、私が今忘れてしまってることも、カミールなら治せるってこと?」
メリアは正気に戻ってからも、記憶が判然としない部分があった。それに、ジオラスのことも思い出せることがほとんどない。期待を寄せてカミールを見ると、カミールは続けた。
「ここまで期待させて言うのはなんだけど、実は魔法で強制的に忘れさせられている場合については実績が無いのよね。さっき説明した物忘れ程度は友人達に試してみたわ。外傷や病によるものは、福祉施設や病院へボランティアとして伺ったときに試したの。あ、これは光属性の実践授業として、時々そういった施設に伺う機会があるのよ。」
メリアが少しシュンとしているのを見て、カミールはパチンと顔の前で手を合わせた。
「だからこそ、腕が鳴るわ!私たちがかけられた魔法は妖精の魔法である可能性が高いわけだし。私の治癒魔法が妖精の魔法に通用するか、試すチャンスでもあるのよ!」
「では、さっそく!」と言って、カミールはメリアに目を見るように促した。カミールはメリアの両手をとり、瞳を覗き込む。カミールの瞳の色がガーネットから鮮やかなブルーに変わる。魔力が高密度に高められた証拠だ。自身の魔力の色で瞳の色が変わるのは熟練者の証なのだ。
カミールの瞳を見るうちに、何となく視界が白くぼやけていくのを感じた。眠気に襲われたときに、視界はぼやけても、周りの音は何となく聞こえている、そんな感じだ。夢でも見ているようだった。誰かの話し声が聞こえる。
「雷属性の魔法使いは特に『探知魔法』と相性がいい。他の属性に比べても精度は格段に違う。その場で魔法を使えば、必ず痕跡が残る。そこから敵の位置を割り出すことができる。これは魔獣討伐にだって有効だ。探知することで、奴らの罠にだって気がつくことができる。今日の授業ではこの『探知』に磨きをかけてもらうぞ。」
これは雷属性の専門授業の記憶だ。王室護衛隊を目指すような、攻撃魔法を磨きたい生徒向けのコースで習ったものだ。ロリアが言っていた「魔法の出どころを調べたのか?」というのはこのことだったのだ。
ふと、自分の部屋の景色が戻って来る。カミールは額に汗をかき、眉間に手を当てていた。
「カミール?」
疲れた様子のカミールにメリアは声をかけた。この魔法は激しく消耗するようだ。
ハンカチで軽く額の汗を拭くと、カミールは答えた。
「さすが妖精の魔法!触れたいところを見つけるのに苦労したわ。今の私の実力では1つしか取り戻せなかったわ。」
カミールは疲労している割に目は輝いていた。妖精の魔法に挑めることが嬉しくて仕方ないといった感じだ。
「それで、何を思い出せたの?」
ロリアが焦れたように聞いてきた。
「ロリアが言っていた、探知魔法について思い出せた。得意な魔法だったのに、本当に何で忘れてたんだろう。」
メリアが答えると、ロリアが呆れて言う。
「それこそ妖精の魔法にかかっていた証拠よ。それで、魔法の大元は探知できそうなの?って、あなたの部屋には花も花瓶もないんだったわね。」
「あ、それなら……。」とメリアは机にしまっていたハンカチを取り出す。そこには花瓶の破片と花びらが包まれていた。
「とっておいたのね!」
カミールは目を輝かせた。
「直感だったけど、一応残しておいたほうがいいと思って。」
「時間が経っている分、魔力が薄れている可能性はあるわね。メリア、いけそう?」
ハンカチの中身を覗きながらカミールが聞いた。
「やってみる。」
メリアはハンカチの上に手をかざした。魔力を目に集中させる。指先から腕を通り目へ。魔力が電気信号のように伝われば、薄っすらと相手が使った魔法の痕跡が見えるようになり、それがどこに繫がっているかわかる。……はずだった。
「メリア?」
黙っているメリアにロリアが怪訝そうに声をかけた。
「探知……使えないかも……。」
「はっ!?」
ロリアが声を上げる。
「どういうこと?記憶は戻ったのになんで使えないのよ?」
「うーん。これは……。」と今度はカミールが言った。
「恐らく、修練不足ね。メリアの魔力がまだ安定してないわ。魔力の流れを良くする瞑想と、メリアなら射撃の訓練をすれば自然と戻ると思うけれど……。」
「面目ない……。」
メリアは恥ずかしくなって俯いた。修練不足なんてなんと情けないことか……。
「仕方ないわ。正気を取り戻してまだ1週間でしょ?それに、課題も山ほど出てるみたいだし、そこまで落ち込む必要はないわ。」
カミールのフォローをありがたく聞きながらもメリアは答えた。
「でも、急がないとこの花びらからの魔法の痕跡は薄れちゃうよね?」
「そのときは……リスク覚悟で、私かロリアの部屋の花から探知をするしかないでしょうね。」
カミールは顎に手を当てて考え込むように言った。だが、すぐパチンと手を合わせ、
「まずはできることから始めましょう。せっかく用意してくれたんだから、お菓子をいただきましょう!」
メリアとロリアはポカンとしたが、疲労を感じない訳でもなかったので、とりあえずカミールに従った。フルーツ入りの焼き菓子はじゅわっと口の中で甘みが広がりとても癒された。
食べ終えてひと息つくと、カミールは言う。
「メリア、あなたが与えられた補習課題、私とロリアでお手伝いするわ!そうでないと、射撃場へも行けないものね。」
ロリアは、「何を勝手に!」という顔をしたが、渋々納得したようで課題を手伝ってくれた。メリアの補修課題に大方目処がついた頃、1回目のお茶会はお開きとなった。




