12.ロックチョコチップクッキー
昨日はリリと楽しい時間を過ごしたメリアだったが、今日は朝から気を引き締めていた。ロリアの要望どおり、週末の休みか週明けにお茶会を開くためには、今日カミールに声をかけるしかない。
フローラ学園では教養授業の他に、自分の属性に合わせた専門授業も存在する。それは魔法の使い方についての座学はもちろん実技もある。実技はさらにクラスが分かれていて、例えば攻撃魔法として実力を上げたい生徒向けのコースや日常的に用いるものとして特化したコースなど様々である。今日の専門授業は光属性と雷属性が使用する教室が近いはずだ。この授業前後を狙って、カミールに声をかける必要がある。ただ、少し問題があるとすれば……。
カミール・パナケイアは男女問わず人気のある生徒で取り巻きも多い。学園内ですれ違っても1人で歩いている姿を見たことがなかった。それだけ他人から慕われる人格者なのだ。淡い桃色の髪は肩につかない程度の長さで、いつも品のいいカチューシャか、リボンなどで顔に髪がかからないように留めている。長い睫毛から覗く、優しいガーネットの瞳。色白の肌。優しげな口元から紡がれる、耳に心地よい澄んだ声。もちろん、教養でも専門でも成績は優秀。学園イチの美人とも称されるカミールに、嫌われ者に成り下がったメリアが近づくのは至難の技に思えた。
そして、もうひとつ。メリアには済ませたいことがあった。ジオラスへのお礼だ。専門授業の合間で彼とも接触できる機会がありそうなのだ。今、メリアはカバンに毎日パッションで買ったクッキーを忍ばせて、柱の陰から機会を待っている。談笑しながら近づく声を聞きメリアはハッとする。友人と笑いながら、まさにジオラスが近づいて来るところだった。だが、友人を伴った状態でジオラスに声をかける勇気はない。
……ここはイチかバチか!
メリアの魔法の精度は射撃場で魔力銃を撃ったときよりもだいぶ改善されていた。日々魔力の流れを意識する瞑想を怠らないようにしていた。射撃の練習はできずとも、やれることはやっておきたかった。
メリアは指を銃を撃つように構え、ジオラスの手元を狙う。出力は静電気程度。思わず荷物を取り落とす強さで。メリアは集中してジオラスの手に電撃を放った。電撃は命中したが思ったより強めの出力だったらしい。ジオラスは「痛ぇっ!」と言ってカバンを落とし、思い切り授業道具をばら撒いてしまっていた。手伝おうとする友人を制し、手をさすりながら、先に行くように伝えている。友人達がいなくなったところで、メリアはジオラスに近づいた。
「何か用?」
ジオラスは顔を上げずに言った。メリアの仕業と勘づいたようだ。メリアはしゃがんで散らばった教科書を集めるのを手伝い、言葉につかえながら答えた。
「いろいろ、急にごめん。この前、射撃場の、防護壁のこと。直してくれてありがとう。」
「あと、これ、は、その時のお礼。」
顔を上げたジオラスに、メリアはロックチョコチップクッキーの袋を差し出した。ジオラスは目を丸くする。
「これ、俺が好きなやつだ!」
ジオラスはパッと笑顔を見せた。この前の蔑むような表情とは打って変わった無邪気な表情にメリアの胸は熱くなった。
「俺のことは忘れてるみたいなのに、これは覚えていてくれたんだね。というか、メリアからお菓子をもらうなんて、初めてだな。」
「……そうだったのか。」と心の中で思う。ジオラスは本当に嬉しそうだった。
「俺も謝らなきゃいけない。メリア、あの時は言い過ぎた。お前の事情を何も考えてなかった。ごめん。」
思いがけない反応にメリアは戸惑った。本当はクッキーを受け取ってもらえないとさえ思ったのだ。毎日パッションでクッキーを買おうと思ったのは、なんとなく惹かれただけ、靄がかった曖昧な記憶が浮かんだ、その程度の動機だった。
「いいの!それは、だって私が悪かったんだから。結局強がっても、あなたに壁を直させちゃったし。」
しどろもどろのメリアの顔をジオラスは覗き込んだ。鷹のようなジオラスの瞳にメリアが映る。メリアの鼓動が跳ね上がる。メリアは頬が熱くなるのを感じた。
「メリア、お前何があった……?」
答えに詰まり、思わず目を逸らした時だった。
「とてもキュンとする光景を見させてもらって、私としてはもっと見たい気もするのですけど、これ以上は覗き見が過ぎるかと思いまして……。」
瞳は爛々と輝き、ちよっぴり頬を紅潮させたカミールが立っていた。優しげな目はイタズラっぽく細められている。
ジオラスとメリアは2人で真っ赤になっていた。見られているなど露とも思わなかったのだ。
「じゃあな、メリア。練習したかったらいつでも射撃場に来い。俺が話を通しておく!」
ジオラスはそそくさと去っていった。
思うタイミングではなかったが、メリアはカミールと2人きりで会うことができた。どうも、カミールの方もメリアに話すタイミングを伺っていたとしか思えない状況だった。
まだ顔は熱いが、とにかく目的を済ませようとメリアはカミールをまっすぐに見た。
「カミール、この前は下剤を混入してごめんなさい。私は……あのときどうかしていたの。本当にごめんなさい。」
メリアは深々と頭を下げた。そんなメリアにカミールは声をかえる。
「顔を上げて、メリア。私には下剤など混入されても効きませんわ。自分で治癒できますから。」
カミールの最も得意とする魔法は「治癒」だった。特定の病気は治せないものの、怪我や体調不良などは朝飯前だ。
「メリア。私はあなたと話す機会が欲しかったの。できればロリアとも一緒に。今日はその話をしたくて、こうしてスパイのように隠れていたのよ。」
フフッ、スパイですって、と何故か照れながらカミールは告げた。メリアは目を丸くする。
「実は、ロリアからも同じことを言われたの。それで、明日か明後日。もしくは週明けに私の部屋でお茶会を開こうと思うんだけど、来られそうかな?」
「さすが、ロリア!考えていることが同じですわ。そうであれば早いほうがいいわ。明日の14時にしましょう!」
メリアの本日のミッションは思わぬ形で完了された。




