第7話 こんな常識も知らねぇヤツを世に解き放つのか?
「俺はケットシーのクロムだ。さっきからネコ呼びが直らねぇけど、ケットシーは妖精族だからな。その辺りの猫族と一緒にするんじゃねぇぞ」
クロムと名乗った猫は、私が渡したビーフジャーキの袋を尖った爪で破いて、食べ始めた。
かなり塩分が多いと思うのに、喉をゴロゴロと鳴らして食べている。気に入ってくれたらしい。
文句を言われない事にホッと胸を撫で下ろした……ケットシーは猫ではない?
「妖精なの!」
横向きに座り直していた私は、まじまじとクロムと名乗った灰色の猫を見る。
妖精ってピーターパンのティンカーベルのイメージなのだけど? 背中に羽根ないけど?
いや、見た目はカバだけど妖精のキャラクターがいた。妖精の重要度は薄い羽ではない?
「何を言っているんだ? どう見ても妖精族だろう?」
もう、私にはわからないので、ケットシーは二足歩行の大きな猫でいいよね。
「それからケットシーの王族だ。まぁ自由奔放にしているから、俺が王になることねぇな。それでお前は何て呼べばいい?」
そう言えば、色んな事が起きすぎて、名乗ることも忘れていた。こういうのは最初の挨拶が肝心というものね。……もう、最初っていう感じでも無いけど。
「私は葉山 花梨。クロム。この世界のことを知るために、共に居て欲しい。クロムが居てくれないと、生きていくのもままならないと思うからよろしくね」
「なっ! お前は馬鹿か!」
私は名乗ってクロムに世界の常識と言うものを知るために、少しの間だけだろうけど、よろしくねっと言ったらバカ呼ばわりされた。
何故に!
私をバカ呼ばわりしたクロムをジト目で見ていると、目の前に光の円が浮き上がってきた。それが複雑な紋様を描き出し、くるくると回転している。
何これ? まるで魔法陣みたい。
その魔法陣に見とれていると、白い一本の糸が私に伸びてきて、魔法陣ごと消えていった。
なんだろう? 意味がわからない。
「何が起こったの?」
私が首を傾げていると、クロムから唸り声が聞こえてきた。
「こんな常識も知らねぇヤツを世に解き放つのか?ヤバすぎるだろう……」
そして凄く落ち込んでいる。
私が何かをしたようなのだけど……何が悪かったのかさっぱりわからない。
だって私は名前を聞かれたから名乗って、よろしくって言ったに過ぎないのだから。
「何が駄目だったの?」
世に解き放つとか、厄災みたいな感じで言わないで欲しいな。
「俺は呼び名を聞いたのに! なぜ、名乗っているんだ!」
「ごめん。そこの違いがわからない」
これはあだ名みたいなのを言えば良かったというの? そんなの知らないよ! それに何故名前を言ったのが駄目だったのかもわからない。
「はぁ。魔人は強えって言ったよな」
「はい」
クロムが凄く落ち込んでいるので、姿勢を正して話を聞く。その態度から、どうも私はヤバいことをやらかしたというのは理解できた。
「魔力が多いっていうのも言ったよな」
「はい」
触れると弱い人が死んでしまうぐらいと教えられた……全く私自身には実感はないけど。
「真名っていうのは、普通は知られたらいけねんだよ」
「どうして?」
「真名を術で縛っていいように扱えるからだ。だから俺はクロムとしか名乗ってねぇ」
あ……本名はもっと長いってことね。
「だが、弱いヤツが強えヤツの真名を縛ろうと思ってもそれはできねぇ。逆に強えヤツが真名を名乗れば弱いヤツを強制的に縛れる。この名を持つ者の支配下にするという意味だ」
「は? ……え? それって……」
「だから今のは『ハヤマ・カリンの名において、クロムという者を世界を知るための配下にする』という術式になる」
「術式! 私そんなものは使っていないよ!」
「真名による契約だ。強制的に発動する。俺が言いたいのは、それだけなら良かったのだが、お前最後におかしな言葉を言ったよな」
「え? よろしく?」
「その前だ!」
クロムが居ないとこの世界で生きていくものままならないってことか……生きていくものままならない……はっ!
「私が生きている間はクロムに契約がかかったまま?」
「その通りだ! いいか! 真名は絶対に名乗るな! 『ハヤマ』か『カリン』にしろ!」
クロムの怒りと落ち込みは手に取るようにわかった。これは私の無知が招いたことだ。でも普通に名乗ったら駄目って誰も教えてくれなかったよ!
しかし、クロムの人生……猫生を縛ってしまったのには間違いはない。
私はふかふかの毛が生えたところに手をついて、深々と頭を下げる。
「申し訳ありませんでした。解除できるか試みてみます」
「真名の契約は解除できねぇよ」
その事実に顔を上げてクロムを凝視する。解除できないの!
……あれ? クロムの背後に白い雪山が見える。行き過ぎている!
「『銀太!』行き過ぎ!」
私は思わず、昔飼っていたハスキー犬の名前を呼んでしまった。
そう、散歩をしていると、興味があるところに全力で走っていって、リードを持っている私が振り回されるという光景と重なってしまったのだった。
すると、銀色の大きな犬は急停止し、頭が項垂れて凄く落ち込んでいる雰囲気をまとい出した。
「お前、自分が絶対的な強者だと自覚した方がいいぞ。フェンリルが可哀想だ」
……クロムさん。私、また何かをやってしまいましたか?
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