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    継承の儀式(4)



あの後、我に返った千希は、じゃあ二人はいくつなのだと思わず訊いてしまい、エクエスは片眉を上げつつも平然と答えてくれたけれど、ウィオラには、トラウマになりそうな凄絶な笑顔を向けられた。

女性に年を尋ねるのはマナー違反でしたね。すみません忘れてました。お願いですから許してください。

……土下座までした彼女だったが、生憎ここは異世界。その謝り方がプライドをかなぐり捨てているのだということは十分に伝わらず、疲れていた魂に、いつもよりも威力を増した雷撃が下されたとか。


年の取り方、成長の速度が違うだけで、シュリュセルは人間に換算すると四歳だという。まあ見た目通りだ。自分にとっての一年が、竜にとっては十年かかるのだと思えば、シュリュセルは確かに幼い子どもなのだ。

扱いは今までと変わらなくてよいのだろう。

ちなみに、竜人は、幼い頃は人と同じように年を取るが、十代の少年期になると成長が四年に一度と緩やかになり、外見が青年期程になると見た目がほぼ変わらなくなるらしい。若い時期が長いのだ。平均寿命はおよそ五百歳であるとか。

エクエスは六十九歳、人と同じように考えると二十四、五歳で、つい一年程前に成長が止まったばかりらしい。竜人でもまだまだ若い方ですね、何て淡々と言ったウィオラが一体いくつなのか大変気になる所だが、気にしてはいけないことだ。

……後に知ったことだが、女神の使徒と呼ばれる司祭はまた更に、一般の竜人より長命だとか――ウィオラの年齢は永遠の謎となった。


普段ならば昼食を摂る時間なのだけれど、儀式の間は軽いもので済ませるらしい。いつも卓上一杯の美味しそうな食事を旺盛な食欲で食べているシュリュセルの前に置かれたのは、花の蜜と山羊の乳を使った涼菓――アイスクリームみたいなものだ――と、ふわふわの白いパン。

どうやら彼の好物らしい。

食べることができないと食欲もわかないみたいだ。胃もないことだし、シュリュセルがそれらを頬張る姿を千希はじっと見ているのが楽しかった。

エクエスとウィオラは食事を摂らないそうで、片隅で茶を啜っている。


「……カズキ様。今後の予定は覚えていますか?」


様付けで呼ばれるのは何だか変な気分だが、最初に抗議した時にばっさりと一刀両断されたのでそのままだ。ただ、ウィオラの口調は慇懃無礼というか何というか、丁寧だけれど丁寧ではないので、妙な感じが否めない。

まあ、それが「先生」という感じなのだけれど。


『えっと、午後の儀式はたしか、王位を拝命するって…』

「そう、先程継承なさった聖印に、女神より冠を賜る儀式です。――戴冠式とも言いますね」

『戴冠式!?』

「この国を統べる者達が会する前での儀式です。…何のために礼儀作法を教えたと思っているのですか」

『だ、だって先生一言もそんなこと…!』

「はじめから言っていたら緊張でもっと覚えが悪くなっていそうでしたからね。緊張というものは本番を前にしてのみでいいのです。特にあなたのような人の場合は」


少人数で非公開的に行われるものだとばかり思っていたのに――そんな感じのことをほのめかされていた――蓋を開ければ王侯貴族が一堂に会するそうです。

何で一介の元女子高生がこんなことになっているのかわからない。

しかも現在は幽霊である。

逃げられはしないとわかっているのだけれど、ひたすら逃げ出したくなった。





当初思い描いていたように、そこは静謐な雰囲気の漂う荘厳な教会であった。

真っ白な壁には幾何学的な模様が薄い青で刻まれており、重厚な扉が開かれた先には、淡い青の世界。

左右の窓は青いステンドグラスのようなもので出来ており、光が射し込むと教会内部を青く照らす。また、天窓はなんの変哲もない透明な硝子のようだったが、そこから降り注ぐ光は、左右の光よりも美しい、煌めきのある蒼であった。

あれは竜樹<オンディーヌ>の光だと、何故か自然と理解した。

あの何よりも美しい光を見間違うはずがない。

この国は水と癒しの竜樹を奉ずる国、アクア。あちらこちらで青が見られるのは、それがこの国の特徴を表しているからだ。

同じように、火と高潔の国イグニスは赤、風と息吹の国アエルは緑、大地と温もりの国テッラは金を国色としているのだそうだ。

教会の中には既に、多くの参列客がいた。

外見だけではあまりわからないが、人間と竜人が入り乱れているのだろう。

年齢も性別も様々な人々が皆、開かれた扉を――千希達を振り返った。

思わず怯む千希の手を握りしめる、小さな手。

視線を落とせば、にこりとシュリュセルが可愛らしい笑みを浮かべていた。

大分体力が回復したらしい彼はしっかりと地に足をつけている。

温度すらわからなくなった手なのに、その小さな手はあたたかいような気がした。彼女がやや落ち着いたのがわかったのだろう。

一瞬にして笑みを消し、青銀の君は『王』の表情を見せた。

ぴんと伸ばした背中、凛と気高い真摯な横顔。

それは千希がはじめて見た、アクアの王シュリュセルの、普段の幼さを感じさせない、威厳ある姿だった。


はじめて逢った時のように、彼は七色の光を背負っていた。


この光は普通、見えないらしい。

千希が、何かの拍子に時々見えるシュリュセルの七色の光に疑問を抱いてウィオラに問い掛けた所、それは巫女だけに見える王の気質を表したオーラだと返された。何色に見えましたか、と聞かれたが、何色かと考えても、何故かただ「七色だ」ということしかわからない。素直にそう告げた千希に頷いて、ウィオラは言ったものだ。

色彩が多く見えた王ほど、賢君たる資質を持っている傾向が高いので、喜ばしいことです、と。

そういえば、王様っぽいことをしている時に、この光は見えているかもしれない。執務の時とか。

そして、最初に聞こえた悲痛な「聲」。あれは、とても強い感情だった。どうやら巫女と王は強い感情ならば互いに読み取ることが出来るそうなので、先程の自分の怯みも、シュリュセルに伝わる程に強いものだったのだろう。

今、彼からは強い緊張が伝わってくるけれど、同時にとてもあたたかな何かも伝わってきた。

さて、私も頑張らねば。


「――シュリュセル・アクアレギアス様、ならびに『王の巫女ウィータ』様が御越しになりました」


こちらを隠すかのように前に立って先導していたエクエスが、優雅に一礼してそう言うと、前から退いた。

途端に先程よりも突き刺さる視線の数々。

痛い痛い。

生身じゃなくてよかった、とほっとした。間違いなくぶっ倒れていた自信だけはあるのだ。



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