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    継承の儀式(3)


「……儀式の前に、資格を満たしているか確認を致します。シュリュセル様、カズキ様。手を繋ぎ、此処へ」


ウィオラが身に纏っているのは、白を基調としていながらも、裾に近づくにつれて徐々に薄い蒼に染められた聖職衣。双つの月と四枚の花弁が組み合わされたような緻密な紋様が入った長衣の下には、ワンピース型の礼装を着ているようだった。

きちんと結われた金色の髪に、宝石のような淡い碧色の瞳の美女には良く似合う。

眼福眼福、何て思っていた所でそう言われたので、一拍遅れて、慌ててシュリュセルが差し出してきた手を掴む。

緊張しているのか、幼子はいつもよりも強くきゅ、と握りしめてきた。

一歩一歩、ゆっくりとシュリュセルは大樹の幹に近づいていく。

彼がこんなに強張った顔をしているのを、はじめて見た。

とん、と最後の一歩。幹を目前にした位置で立ち止まったシュリュセルは、目に見えて力の入っていた身体を弛緩させ、ほっと息を吐いた。

……特に何もなかったけれど、何にそれ程緊張していたのだろう?


「竜樹に近づくことが出来たということは、カズキ様が巫女ウィータとしての資格を有しているということ。女神の使徒ウィオラ・グラナトスの権限にて、これより継承の儀を開始致します」


凛とした声音がそう告げた瞬間、竜樹の光が僅かに輝きを増した。

ウィオラは手にしていた白く小さな杖のようなものを掲げる。

杖の先には、金と銀の鈴がついていた。

しゃらん、と鈴が鳴る。

繋いだ手に、熱が走った。


『……あつっ…!?』

「………っ…」


まるで、熱した板でも押しつけられているかのようだった。

火傷した時にも似た感覚が、シュリュセルと繋いだ右手へ断続的に襲いかかってくる。

あまりの熱さに千希は思わず悲鳴を上げたが、シュリュセルは声を飲み込んでいた。決して声をもらすまいというように、強く、唇を噛み締めて。

――自分も我慢しなければと思ったけれど、それは想像以上の苦行だった。

肉体を失くして尚、痛みを感じる。その感覚にはもう大分慣れたつもりだったが、その痛みと熱は、普段のペナルティの比ではなかった。

痛さのあまり離し掛けた手を、シュリュセルがぎゅっと握る。

苦しみを堪えながら、その紫の瞳は強い光を宿していた。


ああ、そうだ。

何があってもその手を離してはいけないと聞いていたではないか。


スパルタ授業で言われたことを思い出して、手を握り直した。

いくらチキンだろうとへたれだろうと、ここは根性を見せる所だ。

熱さは徐々に増していき、けれど痛みに感覚が麻痺することもなく。

ただただ、シュリュセルの手を離さないことに専念していた。

それが、どれ位の時間だったのかはわからない。

けれど想像を絶する程の苦痛が、ある時ふっと和らいだ。


「――聖印継承の儀、終了致します」


気付けば二人して地面にへたり込んでいた。

握っていた手はどんな力を込めていたのか真っ赤で――当然ながら私の手は血が通っていないので変わっていない――決して離さなかったその手の甲に、うっすらと何かが浮かび上がっていた。

それは、ウィオラの服にあった紋様とよく似ているが、色違いの青銀の印。

数秒ですうっと消えてしまったが、互いの手の甲にそれが浮かんでいたのを、確かに見た。


「第一の儀を終えました。午後より第二の儀に移ります」


儀式は丸一日続くとのこと。

取り敢えず、この疲労感をどうにかせねば。

よろよろと竜樹から離れると、控えていたエクエスが近づいてきた。


「シュリュセル様、失礼致します」


一言そう言って、彼は軽々と青銀の子どもを抱きあげる。

まるで物語の騎士とお姫様のようだ、と思った。あながち間違ってはいないのだし。

シュリュセルは将来、性別がどちらになるのだろう。

あれだけ綺麗だとどちらになっても惜しい気がする。

目の保養になる光景をぼへっと見ていたら、ウィオラの冷たい声が聞こえてきた。


「――置いていきますよ」


気付けば、三人は大分離れた位置にいる。

まずい、置いていかれたら控えの間の位置もわからないし、ここにまた戻ってくる自信も皆無だ。


『ま、待ってください!!』


大人二人の移動スピードは異常に速く、疲れた様子のシュリュセルが「カズキをまってやれ」と言うまで、千希は危うく迷子になるという危機を何度も経験したのであった。





仄かに柔らかい卵色の壁に囲まれた控えの間は、落ち着いた雰囲気の部屋だった。

ちょっとした休憩室のようなものらしいが、その説明を聞いた時、高校の一教室よりも遥かに広いことにどう突っ込んでいいのか千希は迷った。

自分の基準がここには当てはまらないことはわかっているけれど。

皮張りの寝椅子には、いくつもの柔らかそうな布や枕が敷かれており、シュリュセルの小さな体はそこにしっかり受け止められていた。

余程肉体的に疲労したのだろう、今、彼はぐっすり眠っている。


「普通ならばもっと肉体が成熟してから受ける儀式だ。シュリュセル様のお身体にはまだ負担が大きいのだろう」

「王には巫女の倍以上の負荷が掛かりますからね」


やや心配げに主を見守るエクエスの後、ウィオラがさらりと言った言葉に衝撃を覚える。


『そんな…! シュリュセルはまだこんなに小さいなのに…』

「子どもだろうと何だろうと、竜は竜。手加減などされません。シュリュセル様は十年の間、己の力を高めていらっしゃいました。ともすればあなたの今の台詞は侮辱となります、気をつけなさい」


侮るな、ということか。

そういうつもりはなかったのだけれど、竜という種族には年齢に関係なく特別な矜持があるのだろう。

はい、と頷いて――聞き捨てならないことを聞いたことに気付いた。


『………じゅうねん?』

「…ああ、言っていませんでしたか。竜は人と比べて長寿です。人の子の成長に換算すると、十年で一歳年を取ります。ある程度成長すると姿はあまり変わらなくなりますが、今まで記録されている最高齢は二千三百七十五歳でした」


ちなみに、シュリュセル様は御年四十三歳であらせられます。



儀式より何より、シュリュセルの実年齢が自分より遥かに年上だったことに驚愕致しました。

暫く千希はショックのあまり固まってしまい、二人には放っておかれたとか。



衝撃の事実?

最近お気に入り登録が増えていてとても嬉しいです。ありがとうございます。

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