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    継承の儀式(2)




「――シュリュセル様、お時間です」


 二人が抱き合っていると、いつの間にか近くにいたエクエスが、静かにそう告げた。


「わかった」


 ひとつ頷いて、シュリュセルは素直に千希から離れた。

 エクエスの服も、普段の動きやすさを重視した黒い騎士服を華やかにしたようなものに変わっている。

 漆黒の上着の袖口や襟は銀糸で縁取られ、その肩では金色の房飾りが揺れており、いつもの魔剣とは別に、祭事用のものらしき光沢のある白く美しい剣が、もう一本腰に佩かれていた。

 いつも以上に麗しいですねなんて軽口はまだ叩けないけれど、昨日のことがあって、前よりは怖くない気がする。

 ぺこ、と頭を下げたが、じろっと一瞥されただけだった。……まあ、そうですよね。

 歩き出した二人について行きながら、あ、と今更ながらに気付く。

 そういえば、儀式の場所を聞いていなかった。儀式で巫女が何をするのかという内容をみっちり扱かれただけだ。

 白く美しい石の廊下を、こつこつと足音を立てて歩くシュリュセルと、どうやって歩いているのかさっぱりわからないが、無音で進むエクエス。それと、ひょこひょこ滑ってついていく千希。何だか異様な光景だ。


 シュリュセルは竜の長であり、一国の主。

 つまり、住んでいる所は当然ながらにお城なわけで、石造りの白いお城は内装もとても豪華だった。中世ヨーロッパの建築物のような、ゲームの世界に出てくるような、千希の乏しい語彙では、とにかく立派としか言いようのないもの。

 ――その城が、他国の者も圧巻される程に美しい、特殊な石に魔法が織り込まれて作られた、築数千年の城だということを、彼女は知らない。

 それがただの白亜の城ではなく、朝陽や夕陽を浴びて色を変えたり、天候や季節によって変わる陰影が様々な顔を見せる、それこそ値段の付けようの無いほどの価値ある荘厳な遺跡でもあり、古の魔法により害意あるあらゆるものから護るようにとの加護が掛けられている難攻不落の場所であることを。

 学者がこぞって飛びつくような城で何も知らずにのほほんと生活している千希だったが、後にそれらを知って、自分はそんなに凄い所に住んでいたのかと呆然とすることになるのだった。

 残念ながら、今のところ千希は基本的に城の中でしか生活していないので、外観はあまり見たことがないし、勉強尽くしで中も碌に探検出来ていない。夜にすればいいのだろうが――自慢じゃないが、一人だと迷子になる自信があるから却下。壁抜けすればいいってものじゃないのだ。

 そんな訳で城内部の位置などをほとんど把握していないが、儀式とか言うのだから教会みたいな所かな――なんて思っていたら。

 城の奥へ、奥へ。

 かなりの距離を歩いたのだが、千希は幽体だからわかるとして、二人が全く疲れを見せていないことに驚いた。しかも歩く速度が速いのだ。こちらが肉体だったら絶対にギブアップしているだろう。

 いくつもの回廊を通り、中庭を抜け、扉を潜り――辿り着いた先には、思わず絶句する光景があった。


 それは、一本の大きな樹だった。

 一体どれ程の時を過ごしてきたのか、幹は日本の一般家屋ほどの太さもあり、天を貫けと言わんばかりに背が高い。

 それ程大きいというのに、まだまだ若々しさが消えずに瑞々しく、生い茂る緑は、生き物に休息を与えるような優しく豊かな木陰を作っていた。

 そして、その大樹は仄かに柔らかな青い光を放っている。

 忘れていた何かを思い出すような、とてもとてもあたたかくて、懐かしさを感じる光だった。

 さわ、と風に緑が揺れる。太陽の光が枝葉の隙間から差し込む様は息を呑む程に美しく、その全てに目が奪われた。


「きれいだろう? このきが、めがみからしゅごをめいじられた『りゅうじゅ』のひとつ、オンディーヌだ」


 それは全ての命の母の一部。

 女神が竜に守護を命じた聖なる樹、『竜樹』のひとつ。

 水と癒しを司る国アクアの神宝である。





『きれい……』


 言葉を失くす程に美しい大樹など、はじめて見た。

 現代日本の多くの人は、あまり巨大な樹を自身の目で見たことはないだろう。

 千希も例外ではなく、命を生み出す母なる樹の神秘的な美しさに陶酔してしまった。


『こんなに大きな樹があったの、知らなかった…』

「この樹を隠すように城が建てられ、その外側に高い城壁が巡らされているからな。城の敷地内全てに隠匿と加護の魔法が掛けられているために、この樹は外からは見ることが出来ず、然るべき道を進まなければ迷い続けるようになっている」


 加えて、二重、三重の仕掛けがあるとか。

 妙な道を通ってきたと思えば、そういう理由なのか。一人じゃ絶対に来れない。

 淡々と答えたエクエスの言葉に感嘆した。

 徐々に樹に近づくにつれ、その大きさに改めて驚く。倒れてきたら一瞬でお陀仏できる大きさだ。今の私にはもう関係ないが。

樹の側には、豊かな水が湛えられた小さな泉のようなものが点在しており、樹の根元に水が流れるようになっている。

 普通、あんなに絶えず水に触れていたら根腐れしてしまいそうなものだけれど、流石ファンタジー世界。あの樹は水の属性を持つそうで、逆にああして水に触れていなければならないらしい。

 水と樹と太陽の光の調和により、幻想的な光景が生まれていた。

 ふと、樹の前に人影があることに漸く気付く。

 そう言えば、儀式にはその進行を取り行う人物がいると聞いていた。

 女神の使徒がどうとかと――ん?

 あれ、何だかシュリュセルからその単語を別のことでつい先日聞いたような。


「迷子にならずに辿り着けたようですね」

「当たり前だ、ついて来れなければ置き去りにしている」


 ウィオラ先生、そこで何してるんですか?……何て、聞くまでもないことですよね。

 どうやら私は、実際の儀式でお世話になる使徒様を相手に、本番の練習を行ってきたようです。

 ただの練習どころか、リハーサルを繰り返してたんですね。



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