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第三話 世界の迷い子

「……取り敢えず、最低限の最低ぎりぎりな教養は身につきました」

「――随分と苦労したようだな」

「ええ、これほど出来の悪い人ははじめて見ました」


 麗しい外見の二人が交わす会話の内容は、千希について。

 本人は目の前にいるのだが、容赦が無い。


 ……すみません、能力値低くて。御苦労おかけします。

 多分ウィオラ先生の教え方は文字がわからないなりに図解されていたりととてもわかりやすいんですけど、なんせ元がポンコツなもので。

 あれ、異世界に来たら普通何かしらの特殊能力的オプションがつくものじゃありませんでしたっけ。

 そういう仕様が普通では?

 死んでるからアウト?

 と、いうか私。

 やっぱり死んでるんでしょうか。

 打ち所悪かったなあとは思うけれど、何だかいまいち実感がないんですが。

 聞いてもわからないよね、と思いながらも先生に質問してみると、意外なことにさらっと返事が返ってきた。


「あなたの肉体なら、もう存在しませんね」


 あまりにもはっきり言われて、逆にどう反応していいかわからなくなった。

 この数日という短い期間の中で、私が常識も何もまるで知らないことは彼女――ウィオラ・グラナトスには、まるっきり説明してある。

 事情を話した時、当初は驚いていたようだったけれど、割合すぐに頷いて、納得していたようだった。

 転んで頭を打ったという件は説明するのが嫌だった。

 馬鹿にされるかな、と思ったのだけれど――口には出されず、目にただ憐れむような色が浮かべられただけだった。

 地味に傷ついた。

 そしてそのことには触れず、ウィオラは言ったのだ。


 つまり、あなたは界迷者かいめいしゃなのですね、と。


 平たく言うと異世界の迷子人をそう呼ぶそうだ。実際にはそう多くはないが、文献を紐解くと、いくつかその記述があるらしい。

 まあそんなに簡単に世界を越えてくる人間がいてもおかしいだろう。

 前回その存在が確認されたのは、百年ほど昔のことのようだ。

 故に、異世界から迷い込んだ者――界迷者の存在は、一般にはあまり知られていないそうである。

 記録からすると、界迷者は異世界トリップの王道に違わず、世界を跨ぐ際に存在そのものが変化するそうで、新たな世界に順応しやすいように体質が変わるものらしい。

 言語を理解したり、驚くような力がついたり……。

 だけれど普通、肉体がなければ人は世界を越えることはない。

 肉体が朽ちた瞬間、魂は召されるものであるし、身体という鎧に護られていた魂自身が、剥き出しの状態では、世界の壁という異質なものを受け入れられるはずがないそうなのだ。

 私の場合は、シュリュセルの巫女であったからたまたま界越えが出来たのかもしれない、という推測だった。

 そうでなければ魂が耐えきれずに消滅していたかもしれませんね、と恐ろしいことをさらっと呟かれ、よかったと安堵はした。

 そこまでは個人授業で聞いていたのだが、自分の生存について聞いたのは、今回が初めてだった。

 肉体を置いて遠い世界へ来てしまったのだから、その身体はもう土に還っているだろう、とのことである。


 ――何となく諦めはついていたけれど、やっぱりショックだ。

 若い身空で何という死に方。

 それなりに親しくしていた人達も、泣けばいいのか笑えばいいのかわからなくなっていそうである。


「――礼儀作法がどれ位身に着いたか、簡単な試験をしても?」

「…あまりあてにはなりませんが、どうぞ。間違えたらまたお仕置きしますから」


 ぼうっと追想していたら、嫌なフラグが立っていた。

 また魔法攻撃ですか。勘弁してください。

 今はシュリュセルは儀式の準備と衣装合わせの最中で、ここにはいない。

 死亡フラグですか。いや、死んでるらしいのだけれど。

 簡単な試験ということは、習った数多くのことの何か一つについて試されるのだろう。

 何が来るのかと身構えて、思わずファイティングポーズを取りそうになった。……瞬殺されそうなのでしないけど。

 エクエスはウィオラの台詞に頷くと、一歩前に進み出て――千希の足元に片膝をついた。

 腰に佩いていた大振りの剣を鞘から抜き取ると、その漆黒の刀身が露になる。

 一瞬、そのまま斬られるのではとひやりとしたが、彼は姿勢を変えずに、剣の切っ先で天を指すように構え、刀身の一部を己の額に当てた。

 これは、竜の騎士長『王の護り人プレディオ』の最高位の儀礼である、とスパルタ授業で習った。

 エクエスの礼はとても優雅で美しく、まるで一枚の絵画のようだった。容姿と相まって周囲の人々が思わず感嘆の息をこぼしてしまうほどだ。見た目は本当に綺麗なのだ。実は大分ドストライクだ。何度も言うが、見た目は。

 ほうっと見惚れる自分を叱咤して、慌てて、私もそれに応えるように、片足を軽く引いて、胸の前で祈るように手を組んでから、その手に触れないぎりぎりの位置まで頭を下げた。

 それが巫女ウィータの返礼である。

 巫女というものは、イメージ通り、裾の長いひらひらした純白な衣装が正式なものであるらしいのだが、実体がないのにお着替えは無理だよねーなんて思っていた所、ドジった時の格好、ジーンズにパーカーという物凄くラフな姿の私へ、三日程であるものが届けられた。

 それは質素でありつつも上品な意匠の、巫女の白き正装。

 すごくふぁんたじーだ。

 何しろ、その服は半透明で、着せかえてくれた相手も半透明だった。

 半透明といっても私のように幽霊ちっくなぼやけた感じではなく、きらきらと綺麗な色を纏った、いわゆる肉体のない、妖精と言われる種族のひと達だったのだ。

 竜は妖精の友らしく、困っていると伝えたら手伝いに来てくれたとかなんとか。服も彼らの手作りである。

 妖精さん達はさすがに人とはやや違う顔かたちをしていたけれど、綺麗なことは確かで――こちらの世界にはもしや美形しかいないのではと疑いかけた。

 幽霊でも着替えられるってはじめて知った。いや、私がどこかおかしいのか?


 そんなこんなで、現在生まれてはじめてこんなにひらひらした服を着て、似合わない礼を取っているわけだけれど――


「……身のこなしがややぎこちない、減点」

『ちょ、まっ…!?』


 一応合格点をもらっていたはずの礼で、まさかの落第。

 抗議の声も無視されて、容赦なくウィオラ先生はお仕置きを喰らわせてきましたとさ。

 いつも使われる痺れは感電させているようなもので、つまるところ雷撃だとつい昨日知りました。

 絶対実体あったら死んでるよね。幽体なのに痛いって、本当に詐欺だと思う。




「カズキー!」


 暫くして痺れから回復した所で、ぴったりとくっついてきたシュリュセルが癒しでたまりませんでした。

 この子、竜というより犬っぽい。懐き具合が。どこかに尻尾ないかな。ぴこぴこと動いていそうだ。実は電池入ってないかなと友人宅で疑った子犬のようだ。

 本当は私が敬わなければならない主なのだけれど、年の離れた弟にしか思えない。


「べんきょうはすすんでいるか? ウィオラはゆうしゅうだから、ぎしきまであとすこししかじかんがないけれども、まにあわせてくれるとはおもうが…」

「シュリュセル様、ご心配なく。全て恙無く進行しております。儀式は明後日に控えておりますが、巫女様には取り敢えず一通りの教養を身につけて頂きました」

「さすがだな! カズキもたいへんだっただろうが、よくがんばった! ウィオラはウィータともかかわりのふかい、めがみのしとだ。これからもいろいろとおしえてもらうといい」


 にこにこと嬉しそうにほめてくれるのは可愛いし大変嬉しいのだけれど、それは私にもう一度死ねってこと?


……無いけどさ、胃が痛いです。



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