第二話 異世界にて
みなさんどうもこんにちは。
満月がきれーだなーとぼんやり上を向いて歩いていたら打ち所が悪くて幽霊的なものになってしまった、一応元花の女子高生、佐藤千希です。
昔から月は好きだったからついつい見蕩れてたんです。
月が悪いとは言わないがあんな恥ずかしい死に方はしたくなかった。どうせならなんかもっとさ……いいや、思い出すのはよそう。死にたくなってくる。多分もう死んでるけど。
昔からよく、千希ちゃんは変な所で抜けてると言われ続けてきましたが、死因までそんなことが原因とは。
もしかして、このかなり平凡すぎる名字に反して、若干気恥ずかしいご立派な名前の漢字が悪かったのか。
千の希望と書いて「カズキ」と読むなんて、御大層な名前である。きらきらねーむに値するかはともかく、嫌いではないけれど、自分にはもっとありふれた漢字のありふれた名前が似合うのではと自覚しているわけで。
昔から、見た目も成績も平々凡々な割に、読み仮名的には中性的なのに漢字は妙に綺麗だと言われるそこばかり目立ってきた。
外見に似合わないと言いたいのだろう。そんなの自分がよく知っているからほっといてくれ。
――という具合に、名前が本人の実際とアンバランスであったので、自分は妙に抜けていたのだろうか。なんて。
………はい、自分の死亡原因なんて考えても詮無いことは、現実から逃避したかったからです。
お願いですからそんなに睨まないでください。
シュリュセルは、摩訶不思議なことに半透明な私に触れることができるので、上機嫌でずっと腰の辺りにしがみついていた。
話し方は妙にしっかりしているが、見た目、四歳くらいだろうか。ふっくらした頬を嬉しげに紅潮させて、紅葉のような手で懸命にしがみついてくる。
どう見てもあどけなさが十二分に伝わる本当に可愛い子ですごちそうさまです。
どうも聞く所によると、竜はつがいとなる相手を見つけるまで無性であるそうで、シュリュセルは彼でも彼女でもないそうなのだけれど――女の子にも男の子にも見える美貌の理由がわかった――統一されていないと色々とやりづらいので、扱いとしては少年としてでいいらしい。
周囲も無性のことをわかっているが、シュリュセル自身が頓着しない為に、男の子に対するような関わりをしているのだという。
そんな『彼』の様子は、まさに卵から孵った雛鳥のよう。千希の側から離れないために、シュリュセルが座る幅の広い長椅子の向こう側で、無表情の人物は険悪な雰囲気を崩さない。
シュリュセルに続き、とんでもなく美形なその人は、やや襟足の長い艶やかな黒髪に紅い瞳の、二十代半ばと思しき青年で、きりっとした眉を不快そうに寄せていた。
表情はないのに涼やかな目元から憎悪にも似た色が伺える。
チキンな千希はプライドをかなぐり捨てて土下座し逃げ出したくなったのだけれど、そんなことも許されない雰囲気である。
青年は、何でもシュリュセルの『王の護り人』と呼ばれる存在であるらしく、名をエクエス・アートラムというそうだ。
わたしの一番の生まれた時からの側近だ、と誇らしげにシュリュセルが紹介した時は、若干雰囲気も和らいでいたけれど、敬愛しているらしい主人がぽっと出の、どこの馬の骨かもわからない、見知らぬ女(しかも幽霊)である千希にべったりでは、警戒は募るばかりであるらしい。
「エクエス、これをみてくれ」
そう言ってシュリュセルが懐から取り出したのは、あの青銀色の石。
「それは――」
あれ、さっきみたいに光ってない。
千希の疑問をよそに、エクエスが何か言いかけた時、シュリュセルはその石を千希へと向けた。
とたん、淡く光を放ち出す石。
その光を見た途端、エクエスはより表情を固くした。
「……『審判の石』が反応していますね」
「そうだ! だから、カズキはわたしのウィータなんだ!」
「――神より賜りし宝珠が認めたならば、本物なのでしょう。すぐに、儀式の準備を。……ですが、シュリュセル様。『王の巫女』が生者でなかったことは、今までにありません。反発の声が上がることは必死です……御覚悟を」
「……わかってる。だけど、ぎしきをぶじにおえられれば、カズキがぼくのウィータであることはまちがいないだろう?」
しゅん、と落ち込んだように、けれど希望を捨てていないような目で見つめてくるシュリュセルの足元に跪いて、ふ、とエクエスは微笑んだ。
この人笑えるんだ、と見ていた千希に鋭い一瞥を投げかけ、主へと告げる。
「ええ、儀式は神の認めを受ける場ですから。成功をお祈りしております」
言外に、シュリュセル様は失敗するわけがないんだからてめえ失敗するんじゃねーぞ、的なことを私に言ってますよね。
でも何が何だかわからないのですが。
儀式って何ですか。
そもそも竜とか巫女とかどうなってるの。
儀式は十日後に行われるらしい。
その間、私には行儀作法等を教えてくださる教師が付くことになった。
先生はとてもたおやかな美女で、まともな人に漸く会えたと喜んだのも束の間、授業は果てしなくスパルタでしたとさ。
「この世界、フロースロスには四つの大陸が花びらのように円を描いて散っています。中心にある海は限られた者しか通ることのできない神域です。一つの大陸が一つの国。四方の国々は、この国アクアのように、それぞれ司るものが異なっています。アクアは水、イグニスは火、アエルは風、テッラは大地を象徴し、それぞれの国の王である竜はその属性に縛られています。民の性質もそれぞれが奉ずるものに近くなるようですね。世界には王の直系の血筋にしか竜が存在しません。眷属と言われる私達は竜人という種族ではありますが、竜の姿を持たないので――聞いていますか?」
『はい、もちろんです…!』
「では、理解はできていますか?」
『…は、半分くらい…』
言った瞬間、凄まじい痺れが全身を襲った。
『ぬkぉbsぃ!?』
珍妙な悲鳴が漏れた。冷たい微笑と共に、麗しき美貌の先生は淡々と言う。
「理解しなさい。同じことは言いません。これでもあなたのために噛み砕いて説明しているのです」
魔法とやらは厄介だ、と肉体がないから体罰とかはないかなと安心していた自分が馬鹿らしくなった。
何せ、実体のないものでも攻撃を喰らうのだ。何故痛覚を感じるのか不思議でたまらない。
そんなことを口にしたらまた授業内容が増えるので、今はお預けにしておく。
「竜は竜体と人形の二つの姿を持ちますが、私達竜人は人間と同じ姿しか持ちません。ですが、知力や体力、魔力などは人間とは格段に違います」
生憎この場にシュリュセルはいない。いないからこそお仕置きは厳しい。
何度目かわからないお仕置きを喰らって、千希は必死で話を聞いていた。それこそ、人生で一番真面目に。
「竜人に関することはひとまずここまでとして、肝心の『巫女』の説明に入りましょう」
端的に説明するとこうだった。
竜の王には何故か魂の波長が合う人間が必要である。
その半身、片割れというべき存在がいなければ、王として認められない。
何しろ、その半身がいなければ神に王として認められるための儀式が行えないそうなのだ。
その半身が、『王の巫女』である、と。
この国は水の竜の国で、その王様であるシュリュセルはずっと巫女を探していたそうなのだが中々見つからずに途方に暮れていた所に、唐突にほいほい私が現れた、と。
……わからん。
なぜ、異世界人の自分がそんな存在なのか、全く以て理解不能である。
今まで生身の人間以外が巫女であったことはないそうなので、先生もその理由はわからないらしい。
果たして、その謎が解ける日は来るのだろうか。
――とにかく、なんだか面倒なことになりそうだ。