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    竜王の巫女(2)



――正直言って、こうもあっさり受け入れられると、逆に焦る。


竜体のシュリュセルの背に乗って、人々の熱狂的な歓迎ムードに、千希は若干引いていた。

明らかに普通の人間と違う相手を何故こうも易々と受け入れられるものなのか。

それが国民性だと言われればそれまでだけれど、先日、貴族達から奇異なモノを見る眼差しを向けられた身としては、素直に納得がいかない。

今朝は、練習の成果を見せる時だとどきどきしていたが、平素の巫女服を身に纏い、シュリュセルの背に跨った千希は、ウィオラとエクエスの両者から、「民があからさまに拒否することはない」とお墨付きを頂いていた。

その理由を深く尋ねる暇は無かったから、ひたすらびびりまくりながら、何とかシュリュセルに紹介された時は、猫を十匹ばかり被って表情を固め、スパルタ授業を思い出して礼を取ったのだ。

最初こそ市井の人々は驚きを見せたけれど、王の言葉で割合すんなり納得していた。勿論、中には納得いかず、千希に否定的な感情を覚えた者もいただろう。いて当然だ。しかし、ほとんど忌憚なく彼女を受け入れてくれた人々の方が、圧倒的に多い。

今日は、アクアの王都カエルレウムの大広場で、城下の人々への王と巫女のお披露目だった。流石に王都の全ての人々が集まれるわけではないが、大勢の群衆が広場にごった返していたことには驚いた。城下の人にとっては仕事を公然とサボれる日、らしい。代わりに、城の人々は働き詰めらしいが。

今日から三日間、シュリュセルと千希の民へのお披露目は続く。さすがに国中を回ることは出来ないが、アクアの代表的な三つの都市だけは飛んで行こうというわけだ。

竜の飛ぶスピードは、本気を出せば新幹線なんて目じゃないかもしれない。かなり手加減をしてくれて、シュリュセルは千希を乗せている場合はとてもゆっくりと飛んでくれるので、普段は車程度の速さだが。

高所の恐怖と大勢の前という恐怖で、内心あわわわわとうろたえていた千希だったが、幸い落ちることはなかったのでほっとした。

聞いた通り、シュリュセルは魔法を使って彼女の周りに結界を張っていてくれたらしい。安全ネット以上に信頼できる。それ以前に、恐らく落ちても地上すれすれでふわふわ漂っているのではないですか、と冷静にウィオラに言われて、あ、そうかもと軽く納得してしまったものだ。

……笑顔の溢れる都。どこの国でも、貧困に喘ぐ民というものは存在するもの。

けれど、アクアでは飢えで亡くなる人が少ない。それだけ国の機関が優秀で、制度が整っているということだが――人々の熱狂的なシュリュセルへの支持が、そのことに絡んで意味することを、千希はまだ知らなかった。

シュリュセル・アクアレギアスは、決して驕らぬ王。『清廉なる青銀』と謳う吟遊詩人がいるように、彼は卑屈でもなく、傲慢でもなかった。

自らの手で出来ることなどたかが知れていると察していた為に、努力を惜しまず、信頼できる側近達を適度に頼った。運が良かったのは、シュリュセルの周りには能力の高い人間が多くいたということだろう。

先代の竜王が崩御して、十年。その間に、もともと悪政を強いられていたわけではないが、どうしても貧富の差が顕著になりすぎて、貧民街が出来てしまっていた社会を、シュリュセルはどうにか改善しようと奮起した。

異国の革新的な方法があれば参考にし、この国に適用するにはどのように変えていけば受け入れられるかをほぼ不眠不休で臣下達と討論し続け、強靭な肉体を持つ竜でありながら耐えきれず、時には三日程気を失うようにして眠り続けたこともある。

幼い竜の統治を心配していた民も多かったが、シュリュセルの国を想う一途な姿勢とそのひたむきで熱心な取り組み、少しずつ緩やかに安定していく情勢に、人々は新たな王への思慕を高めていったのだ。

国民が気がかりであったのが、巫女の不在。巫女がいなくては、シュリュセルは正式な王にはなれない。本人がそれを気にしているのがわかっていたから、余計にはらはらしていたのだが、その日初めて見たシュリュセルの立派な竜体と、多少異色ではあっても確かに神に認められた『王の巫女ウィータ』の存在に、ほっと安堵したのだった。

それらの事情をまだ知らないから、千希は頭の中を疑問符で一杯にしていた。


「カズキ。みんな、わたしたちをうけいれてくれている。よかったな」


ひっそりと囁かれたシュリュセルの声。その嬉しげな声を聞くと、彼も国民を信頼していることが伝わってきた。

彼が嬉しいのであれば、千希とて今、民の反応にこだわるよりも、その気持ちに素直に賛同してあげたい。

そうだね、と返して、二人で喜びを共有し、暫くの間、王都の人々の歓声に応えていた。スパルタ授業が役に立ったので、その様子は国民からすると、穏やかで優しい巫女さま、に見えたらしい。

ある美少女が言っていそうだ、「ほら、はったりも役に立つでしょう」と。まさに礼儀作法は淑女の鎧だった。



――はじめは、自分が経験したことの無い程に高い場所で、飛行機の内部でもなく外界と接しながら空を飛んでいることに耐えるだけで精一杯で、民の前で挨拶をした時もまた、不安に駆られていて、周囲を見回す余裕などなかった。

ふっと気分が軽くなった途端――目に飛び込んできたのは、言葉を失う程の自然の美。

確かに、ずっとシュリュセルの背中にしか目を向けていなかったという理由はある。しかし何故、これ程までに鮮やかで美しい風景が目に入っていなかったのかと、自分の頭に問い掛けたくなる位に、アクアという国は美しかった。

映像で見たことがある、地球の欧州の国々に少し似た外観をしているかもしれない。

けれど、建物は少し似た所が合っても、その全容は明らかに違っていた。

あちらこちらに点在する、大小様々な、湖や泉。陽の光を浴びて煌めく水面は、何とも見る者の目を奪い、澄み渡る蒼さを湛え、時には翡翠のように色を変えるものもあった。

それぞれの水源から伸びる枝分かれした水の流れが、白い石畳の広がる王都を中心として、規則的に固まって存在する街や集落へと行き渡り、田畑へも行き渡っていることが見て取れた。

水害に遭えばひとたまりもないだろうに、川のような水流の周りに、堤防などが見られないように思う。あれ? 前に、堤防設備について話していたことがあったように思うけれど――設営が遅れているのだろうか?

そう内心で疑問に感じた所で、想像していた堤防こそないが、代わりに、それらは全て、透明な硝子のようなもので覆われていることに気付いた。実際には硝子ではなく、魔法の応用によるもので、アクアの水流は全て、断面が半円形の筒のように風の膜が覆っており、光の屈折により硝子のように輝いて見えるのだ。以前耳にした堤防とは、地球で指すようなものとは異なり、その風膜のことを示していたのである。それが全て自然への配慮である、といったこと全てを、千希はまた後に知る。

あちらこちらに在る森は瑞々しい緑を誇り、肥沃な大地を育てている。

一言で表すならば、アクアは自然との共存を選んだ国、だった。

これが自分の相方が愛し、護ろうと努力を続けている国。

シュリュセルの誇り。

これほど美しい土地を、愛せないはずはないと、感嘆の中で思った。

地球という世界から弾かれ、異なる世界へ辿り着き、不思議な立場を手にした少女に、第二の故郷と思えるような場所が出来た瞬間だった。




時間に換算すると、民の前にいたのは二時間にも満たない程。

シュリュセルが暇を告げ、優美に滑空して城へ帰ると、そこでは何故か人々が慌ただしそうにしていた。


「……どうした?」


人の姿よりもエネルギーの消費が大きいらしく、それを回復させるために、と用意されていた果物の類を竜体のまま、中庭で頬張るシュリュセル――竜の体でも人形の時と食べるものは同じらしい――は、使用人達の忙しない様子に首を傾げた。

迎えていたエクエスが、甲斐甲斐しくシュリュセルの食事を手伝いながら、嘆息する。


「――隣国から、魔伝がありました」


魔伝、とは電話とも手紙とも言えるもの。

魔法によって大した時間の差もなく届けられる書簡が、紐解けば文を連ねた者の声で話し出すのだ。

一瞬、美味しそうに果物をかじっていたシュリュセルの動きが止まる。

竜が座って前足で食事をしているという何とも言えない光景を、飛行の疲れでぐったりと床に寝そべりつつ、微笑ましそうに見ていた千希は、床から若干浮いたその姿勢のまま、どうしたのだろうと顔を上げた。


「恐らくもうおわかりだとは思いますけど、イグニスからです。七日後にいらっしゃるそうですよ」


はー、と、いつになく疲れたように息を吐くウィオラが、突然現れてそう言った。

三者三様に、どこかどんよりと憂鬱そうな気配を漂わせている。


『あの…?』


一体どうしたのかと恐る恐る声をかけた千希に、ウィオラが淡々と答えた。

曰く、七日後に、隣国イグニスの王がやってくる、と。

シュリュセルが王位に就いたことに祝辞を述べにくるらしい。

この三人がこれ程までに嫌そうにしているということは、どんな人物が来るのだろうと、千希は冷や汗を掻いたのだった。

お久しぶりです、すみません。

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