華やかな虚飾(2)
初対面ながらすごい子だ、と呆然とする千希本人ではなく、周りの方が慌てていた。
「ミリア!」
「お母様、有象無象はどうでもいいのですけれど、可愛い陛下に関わることならば、私は黙ってはいられません」
有象無象とは夜会の貴族達に向けられているようだ。続く言葉は、シュリュセルとどうやら親しいらしいことを伺わせた。後に聞いたことだが、ミリアリーネとシュリュセルは、兄弟のように仲が良く、特にミリアリーネはシュリュセルを目に入れても痛くない程に可愛がっているのだそうだ。
――銀の険しい眼差しが、千希を射る。
「貴女、何ですか先程のへらへらとした情けない笑い方は! 仮にも淑女ならば、もっと背筋を張り、毅然とした態度で優雅に微笑みなさい!」
「え…っと…?」
「貴女があまりに隙を見せることは陛下の評価にも繋がりますのよ、それをわかっていてのことなのかしら?」
「……あの、」
「聞けば、お忙しい使徒様に教えを乞うているとのことなのに、あの体たらくは何です! このままでは、陛下にとっても使徒様にとっても、名折れに繋がりかねませんわ!」
流石に付け焼刃の礼儀作法ではお気に召さなかったようである。
炎の如く激しい剣幕に、もう声も上げられない。
それから少女は一つ一つ千希の至らぬ点を挙げていき、最後にこうのたまった。
「貴女が選ばれたことには貴女自身には何の責任もありません、全ては双女神のご意思です。けれど、選ばれたからには果たさねばならぬ義務が生じます、その責務をきちんと自覚し、礼儀も弁えぬ輩には完璧な作法を以て応じねばなりません。優雅な身のこなしは淑女の鎧、貴女が侮られることは陛下が軽んじられているのだと意識なさい!」
まさに、正論。
生身の人間ではないということで差別の対象になるならば、それ以外のことでは付け入る隙を与えるなと言いたいのだろう。
叩きつけられるかのような言葉の数々に、ぼけっとしていた千希だったが、目線で「返事は!?」と促されていることに気付き、こくこくと首を縦に振った。
『わ、わかりました…』
ふう、と息を吐くと、令嬢はすっと一歩引き、シュリュセルに向けて頭を下げた。
「失礼致しました、陛下。少々熱くなって礼儀を損ねましたわ」
「い、いや…」
ぱちぱちと目を瞬かせるシュリュセルの斜め後ろで、表情すら変わっていないがエクエスも瞳に驚きの色を浮かべていた。
「ミリア、いくら何でも巫女様がお可哀そうよ。まだ作法のお勉強をなさってから間もないとのことなのに……申し訳ありません、シュリュセル様、巫女様。娘が礼を欠いた行いを致しました」
メルリーリアは困ったように、娘の不作法を謝った。
それに対して、まだびっくりしているらしいシュリュセルはどこか生返事を返したのと反対に、千希はいいえとんでもないと恐縮していた。
「いいえ、お母様。どうやら、この方は淑女たるものそれ位の心がけが必要だということを理解していらっしゃらないようでしたわ。夜会の場でやる気の無さがにじみ出ておりました。抜けた方々は気付かないかもしれませんが、分かる者にはわかります――いくらやる気が無かろうとも、それを露にしてはいけません! わかりましたか!」
『はいっ!』
ぴん、と背筋を伸ばして元気よく返事をした。
気分は「はい! お嬢様!」と言いたいところだが、また怒られそうなので胸の内に留めておく。それ位の良識はあった。
最初こそ緊張していたが、いつぞや味わったことのある人間関係の嫌な部分の縮図をあの夜会の場に見て、何だ貴族ってこんなものかと途中からやる気をなくしていたことに当然気づかれていたらしい。
すみません、精進します。
「……ご自分の立場をしっかり理解なさい。貴女がいつまでも見苦しい状態でしたら、再びご忠告させて頂きますわ」
つまり、さっさと自分の置かれた状況をきっちり把握して、せめて作法だけでも文句のつけようがないようにしないとまた喝入れるぞ、ということですね。わかりました。
メルリーリアさんは公爵家に嫁いだ為、ミリアリーネ嬢は公爵令嬢だそうです。
血筋からするとお姫様でもあるわけです。
佐藤千希は感激致しました。物語に出てくるようなお姫様が本当にいるのだと。
可憐でか弱い女の子も好きですが、気の強い、護られているだけでないお姫様はもっと好きです。
一方的に責められているにも関わらず、妙に熱い眼差しを送ってくる半透明な巫女が理解できず、令嬢は思わずたじろいだが、憧憬の目を向けていた千希はそのことに気付かなかった。
彼女は年頃の女の子の例に違わず、可愛いもの、綺麗なものが好きである。ただ少し、嗜好が大衆とは異なる点があるが。
今のところ一番のお気に入りはシュリュセルとミリアリーネになったようだ。
その後、シュリュセルがミリアリーネに近づいて、こう言ったことで、彼女達には奇妙な間柄が出来上がることになる。
「ミリア、カズキはいろいろとふなれなことがおおいんだ、できればなかよくしてたすけてやってくれないか」
子犬のような上目遣いでお願いをされた令嬢は、にっこりと微笑んでこう返した。
お任せください、と。
夜会の場に戻った一同は再び貴族達に取り囲まれたが、千希の側にはぴったりとミリアリーネが付いていて、仲良くなりましたと言わんばかりのオーラを振りまいた。
どうやら元王族でもあるメルリーリアと現王の従姉にあたるミリアリーネは、かなりの権力を持っているようで、コラルリウム公爵家の後ろ盾を得るということは、何かと煩い輩を黙らせるには効果的であったのだった。
そうして千希には、こちらに来て初の友人――と呼べるのかどうか今一わからない――らしき相手が出来る。
貴女の為ではなく、シュリュセル様の為ですからね、勘違いしないでくださいませ、何てツンデレっぽいことを言いながら、二人目の礼儀作法の先生と化した少女は、ウィオラと共に仲良く千希を扱くようになるのだった。
ちなみに、シュリュセルが夜会の場を少し外していた間、そこを取り持っていた者の一人はウィオラで、ミリアリーネから事情を聞いて快く千希の改善計画に了承した。夜会で不満が溜まったのか、いつも以上にお仕置きの時にどこか生き生きした様子だったことは、軽く千希のトラウマになりかけた。
思えば竜の一族なのでメルリーリアも外見はとても若々しく、とても子どもを持つ母には見えなかったが、見た目千希と同じくらいでも、ミリアリーネも年齢的には……? と思ったが、ウィオラの時のように愚行を犯すことはしなかった。
実際は、本人があっさりと五十二歳だと年齢を口にして、母は竜族でも父は竜人、お陰で妙な年の取り方をしているが、人で言うとまだ十四歳程だ、と説明された。
竜人のように少年期に入るまでは人と同じように年を取り、その後は竜のように十年に一度年を取っているという。
竜族の女性は百を超えるまで年は答えるが、それ以上になると時に失礼にあたるのでこちらから年を尋ねないようにするのがマナーらしい。
とりあえず、女性は若く見えても年を聞くなと。しっかりと心に刻みました。
……すっかり忘れていたけれど、日本人は童顔に見られがちだ。
十七だと言うとひどく驚かれていた。外見的意味の年齢でも年下だと思われていたらしい。……複雑である。
人生初の煌びやかな夜会で、ツンデレ系美少女とお近づきになった夜だった。
実はミリアすごくお気に入り。ツンデレお姫様ってよくないですか。